第35話



「むむむっ……」


 騎士団をともなって訪れたエルデンハイムにて、アインベルク魔術師団長は額に皺を寄せていた。


「この反応だと、ふむぅ」


 次期女王候補を出迎えるべくやってきたものの、どうやら彼らは進むべき方向を変えたようでこの街で待っていても出会える可能性は低そうだった。直線方向で安易に騎士団を動かしたのは軽率であったかもしれない。


「ガルム古戦場で何があったか解りませんが……まあ、近い方に向きを変えたということでしょうか。もしくは偶然旧街道を見つけたか」


 ただ、旧街道もスタンピード後に強い魔物たちが出没するようになって道半ばで封鎖状態になったと聞いている。大深林の一部として飲み込まれ森になる、という変化まではいかなかったが、それでもかなりの危険地帯になっていた。


 そのため事情を知らない旅人が紛れ込まないように街道への入り口から警告はされている。


 現在、アインベルクが滞在しているエルデンハイムとディッテニィダンジョン攻略の際に拠点にしたアルセルの街との間にある小さな村。

 もともとはガルムの街とアルセルの街の間を繋いでいた中継地の村ヘイベル。


 レリア姫はどうやらそちらに向かっているようだった。


 大深林の奥から、だんだんと騎士団や冒険者が踏み込んでいる地へと着実に進んでいるようでアインベルクは少し安心していた。


 追跡の魔法が間違った反応を示した訳でも、誰かがペンダントを奪って移動している訳でもなさそうだ。


 今のところ、不自然な動きはないように思える。


 ただ、ディッテニィダンジョンで調査を続けていた騎士団への聞き込みからすると水、食料が厳しかった話なのだが、その辺りをどうやって解決したのかは疑問が残る。が、レリアが近くまで来た以上、迎えに上がるほかない。


「ともかく、向かうとしましょうか、ヘイベルの村へと」


 大所帯という訳ではないが、やはり騎士団を動かし滞在するとなると食料、水の補給問題が出てくるので、おいそれと身軽に動けなくなるのが難点だ。


 アインベルクも、自分の能力に疑いを持っているわけではないが、勘違いでしたでは済まないことなので慎重に動いている。


「すぐにでも向かいたいところですが、撤収を含めて、明日の朝にでも向かうことにしましょうか。村への伝達もお願いできますか? 馬を走らせてなるべく早く、ええ。それとここを引き払う準備も。それと隣国に誤解なきよう……何も無かったことを報告していただくとしましょうか……」


 ちろりと、村人の一人に視線を向ける。


 わざわざ、隣国との境界近くの村に少数とはいえ騎士団が来たとなると、すわ侵攻かと疑い情報収集に勤しむものだっているだろう。


「あれこれと処理しなければいけないことが多くて、困りますねぇ。やはり研究所で研究している方が気が楽なのですが……」


 きらりと片眼鏡を光らせ踵を返すアインベルク。


「この調子だと、まだまだ希望は叶いそうにないですねぇ……まったく」


 忙しげに指示を出して、ヘイベルの村へと急ぐのだった。



***



「……」


「……」


 想いを交わし、夢中になった結果、泉の近くに野営し、朝を迎えることになった。


 セイは、残り少ない時間を惜しむようにゆっくりと二人での食事を楽しむ。


 旅の終わりが近いということが禁句になったかのように時折ぎこちなく、それでも表面上は仲良く明るく時間が過ぎていく。


「じゃあ、そろそろ……向かうか、レリア」


 朝食を片付けて、焚火を始末して、そしてレリアに手を差し伸べる。


「そうだな……セイ」


 差し伸べられた手をとりながら目を伏せるレリア。身支度を済ませて、想いを抱え、そして立ち上がる。


 ただのレリアとしての時間はもう終わるのだ。


 ごつごつした彼の指先を手で感じながらも、立ち上がった後も少しだけ甘えるように握り締めて、そして手放す。


「帰らないとな……」


「ああ、そうだな」


 二人の足取りは躊躇いが感じられた。けれど決して振り返らず肩を並べ泉を後にした。


「……」


 そんな二人を銀色の鎧の騎士、リビングアーマーが一度引き止める。

 二人の行く手に立ちふさがってみせた。


「? 帰るのか……そうか」


 ただならぬ雰囲気と気配にセイがそう推察する。残りの者は魔力を消耗して先に砦跡に帰っていた。


 銀色の鎧の騎士は、セイの言葉を肯定するように頷いた後に、まだ何かあるのか首を横に振ってそれだけでないことを主張する。


「頷いて首を横に振る……一体何だろう」


 そう思うと紋章入りの短剣をセイに差し出してきた。


「?」


 疑問に思いつつも差し出されるままに受け取るセイ。その短剣の紋章を見てレリアが声を上げる。


「その紋章は……そうか、貴殿が……アルカサル家ゆかりのお方だったとは」


「アルカサル家……確か今の将軍の名前が……」


「ルエル・アルカサル。……不甲斐ない私の代わりに国を取り仕切ってもらっている」


 かの将軍と予言に踊らされるなと言葉を交わしたのはいつのことだったろうか、随分前の話のように思えてくる。


「何かあれば頼れと言っているのかもしれないな。受け取っておけセイ」


 余計な探りなど入れられた時、後ろ盾のない冒険者などどうにでもなるだろうと考える貴族もいないとも限らない。


 レリアはセイが貴族関連で巻き込まれたときに、自分が表立って動くことはおそらく出来ないであろうと考え、セイに短剣を受け取るように提案する。

 一国の女王が一個人の冒険者のために力を尽くすなど、訳ありであると全力で言っているようなものだ。

 国を守る立場として、それは出来ない話なのだ。


 銀色の鎧の騎士もこくこくと頷いてみせて、レリアの言葉を肯定してみせる。


「解った……」


 セイが短剣を受け取る。

 そして彼は自分の短剣を交換とばかりに差し出した。


 何故と不思議そうに見つめる二人に、アルカサルの短剣を盗んだと疑われた時に、しっかりと双方意思で交換した証拠として渡すんだとセイは説明する。


「……そうか」


 紋章も何も入っていないただの短剣を渡してそれを銀の鎧の騎士が持っているから何だというのだ、と言われるであろうに、とレリアはセイの説明を信じなかった。


 彼らしい、照れ隠しみたいなものだろうと解釈してその行為は否定はしないで見守る。


「今までありがとう」


「……代々仕えてくれているその忠義に多大なる感謝を……」


 セイ、レリアと二人とも感謝の言葉を口にして銀色の鎧の騎士と別々の道を歩き始めた。

目的地はもうすぐそこに迫っていた。


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