第34話 姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく



「……すっかり身体を冷やしてしまったではないか」


「確かに……だいぶん冷えてしまったな」


 身体を洗い終わって、二人とも泉から上がって身体の水滴を拭っていた。


 セイはレリアにタオルを渡してから、自分も別のタオルで身体を拭きだす。


「まったく……」


 文句を言いながらもどこか楽しそうにしているレリア。


 彼女はセイが広げた亜麻のシートに肌を隠さないまま横たわった。


 木の間から差し込む日の光を浴びながら気持ち良さそうに身体を伸ばすレリア。


 大深林の旅の中であちこちに細かい傷が刻まれてしまっているが、白く整った肢体は非常に魅力に溢れていた。

 光の眩しさに目を細めつつ手で日差しを遮りながら、セイの方に視線を向ける。


 身体は冷えたと口にしながら、彼女の頬は別の熱で上気して赤くなっていた。その視線も熱く潤みセイに絡んでくる。


「本当に冷えてしまった……なあ……」


 レリアに手を差し伸べられてセイが応じてその手を取る。


 ぴくん、とセイの下の方が期待に跳ねる。レリアがそれを目の当たりにして驚きで目を丸くする。


「そんなに動いたりするんだな。……お腹に当たるくらいということは私でしっかりと興奮してくれたんだな。ふふっ、恥ずかしいが嬉しいぞセイ」


「……なあレリア、私で、なんて言っているがお前は本当にいい女だよ。……そんなお前に髪を切らせるまで決意させたことは本当に悪いと思っている」


「ふふっ、そうだな……だが、本当に悪いと思っているならそんな獣みたいな目で私を見たりしないだろう。んっ……熱い視線に火傷しそうだぞ」


 セイに差し伸べた手と反対側の手をそっとレリアは自分の下半身へと這わせる。


「冷えた分……熱くさせるさ」


 セイはそれ以上は言葉は要らないとばかりに彼女に覆いかぶさり、身体を重ねた。



***



 二人の情事の傍ら、最後の護衛騎士であるリビングアーマーは変わらず辺りを警戒していた。


『若き二人が結ばれるということは実に素晴らしいことですが……この身ゆえに、遠慮なく、その聞こえる距離で始められるとこちらが恥ずかしいところですな。まさかこのベイル・アルカサルともあろうものが……いや、寝所の警護を任された栄誉と思えば構うまいが……』


 英雄王が幻影で言葉を発していたように彼もまた当然ではあるが意識はある。


 セイたちに言葉を伝えようとするとどうしても魔力を多く消費して長く護衛できないので、なるべく先まで付き従えれるように消費を抑えながらやってきていた。


 ここに来るまでの二人の遣り取りに、男女の仲を感じていたが、ついに始めたようで、艶やかな声が森に響いている。


 大分、街に近付いてきているが、幸いにも冒険者らしき気配もなく、ベイルという強力なリビングアーマーの存在に迂闊に近付いてくる魔物も今のところ居ないようで、余計な邪魔もなく二人の時間を過ごすことが出来るだろう。


『……老いてかつ肉体は失われたとて……何というべきか……』


 それでも気を引き締めて警護にあたっているのだが、自己処理もご無沙汰とか言ってただけになかなかの解放ぶりに、肉体はないというのにベイルも昂ぶってきそうだった。


『若いというのは実に眩しく羨ましいものだ……』


 銀色の騎士の兜の間に見える目のような青白い光が、目のように細められる。遠くを見るように、在りし日の青春を見るように、懐かしみ振り返るように……。


『とはいえ、男女の結び契りが初めての姫様に、綺麗な身体をもっと見ていたいし、もっと艶やかな姿もみたいからと、自らすることを要求するとかあの男の無茶振りもほどがある。次期女王候補で、現状でも第一王女様だというのに……まったく。けれどそれに恥ずかしがりながらも懸命に応えようとする姫様も姫様ですぞ……』


 呼吸器官がないので吐けない溜め息を心の中で吐く。


『かと思ったら、今度は姫様の方から積極的に奉仕いたしますとか……。英雄王様の記憶を継いだとはいえ、まだ乙女だというのに恥ずかしがりながらも口でなどとは……羨ましい。……ごほん、もとい、けしからんですぞ』


 ちゅん、ちゅんとベイルの魔力オーラをものともしないのか、小鳥が止まり鳴きはじめる。ほどなく、番の鳥がやってきて二羽仲良く飛び立っていく。


『実に、眩しい。そして羨ましいですぞぉぉぉぉぉ』


 青白い目のような光が大きく膨れ上がりそして元に戻る。息をしていないが大きく叫んだという心に呼応してから肩が大きく揺れ息切れしたかのように見えた。


『それからも、ちょっと汚れたから泉で洗ってくる、とか、初めてだから、身を整えさせくれ、とか、同じ石鹸を使ったから、二人とも同じ匂いがするな、とか。延々と聞かされるのは正直辛いですぞぉぉぉぉぉぉぉぉ』


 心では叫びつつ、多少肩が揺れたりしているものの周りからは厳格に周囲を警戒している風に見える銀色の鎧の騎士、リビングアーマー、ベイル。


『今はただの女だとか……ただの女じゃない、今は俺の女だとか、ああ青春ですな』


 二人の言葉に存在しない胸を熱くする。


『今この時だけは言わせてくれ……愛してる……ですか。今この時だけ……そう、今この時だけ……なのですな』


 この大深林を抜ければ冒険者と女王陛下、けれど今はただの男と女。

 解っているからこそ、言葉を口にし相手を求めている。


『……しかしまだこの試練は続きそうですな。二回戦で終われば良いのですが……その次も始めそうな雰囲気ですな。いや休憩を挟んででも……するでしょうな』


 二人の睦言が届くが、息を整えながらも唇を重ねてまた再開するようで、ベイルは滾りつつも溜息を吐いた。彼らの気持ちを考えると仕方ないとは思えど、それでも、である。


『肉体を持たぬこの身としては……この滾った思いをどう処理すべきなのか……まったく。持て余しますぞ、性欲というものを……』


 リビングアーマーになってこのような悩みに直面するとはまったく考えてこなかった悩みと向き合いながら、警戒を続ける。


『姫様……興味があるからと後ろからすることを要求するとか……。今この時だけの泡沫と考えて想いをぶつけているのかもしれませんが……とても、うらやまけしからんですぞぉぉぉぉぉ』


 そんな心の叫び声を響かせながら午後が過ぎていった。


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