第33話



「なあ、セイ……実はお前が私を大深林に飛ばした黒幕なんじゃないかと今思えてきたのだが……何だその準備の良さは」


 自分が触って遺跡の機構を起動させた訳で、そういうことはありえない……多分、と思いながらも、セイのストレージからひょいひょいと出てくる洗身用品に驚きの声を上げる。


「この辺は別にいいだろう? まあ、女性用下着だ衣服だ生理用の布とかも入ってるから……そう思われても仕方ないかもしれないが、違うぞ」


 何やら自分の荷物をがさごそと漁るセイ。

 色々想定していた分、種類が多いので、ぱっと取り出せない。


「たぶんレリアの身分だったら使ったことあるだろうが、海の方の都市で仕入れた石鹸もあるが使うか?」


 海藻灰と植物油を使った高級品を渡す。商品は違うが王宮でも使ったことのあるレリアにとっては馴染みのある石鹸だ。


 セイとしてはいい石鹸だということは解っていたが、もったいなくて使えなかったものだった。


「あ、ああ……ありがとう」


「じゃあ浴びるか」


 そう言いながらセイは装備を外していく。そんなセイの様子にレリアも躊躇いながらも装備を外し肌を露にしていった。


 ちらりとレリアの方に視線を走らせるものの、彼女が自分と同じように脱ぎ始めたのを見て視線を外し自分の衣服を脱ぐのに専念する。


 レリアはそんなセイの露になった背中やお尻をちらちらと窺いながら、彼の同じように肌を晒していく。


 男女二人……泉で水浴びの為に生まれたままの姿。


 期待するとははしたないが、レリアの心臓の鼓動は確実に高まっていた。

 自分が口にしたセイへの報酬……そして彼の誓い。

 旅が終わろうとしているこのタイミングで水が浴びられる泉を見つけられるという偶然、いやこれは運命なのかもしれない。


「……」


 流石にそれは思い込みというものかとレリアは頭を振る。

 セイへの報酬としてこの身を差し出すと言ったのは自分だし、何よりもう人が住んでいるところの近くまで来ていることはひしひしと感じている。


 ただの男と女の旅人で居られる時間ももう無いだろう。


 女王候補としての資格を失うかもしれないが、それでも今この時、彼と共に居たいという気持ちに偽りは無い。


 隠し事が多くて、臆病で、意地悪で、あんな食料を持っていながらあと少ししか食料が持たないとか平気で言える奴だが、共に旅をして決して嫌ではなかった。


 心は決まっている。だからこそ戦いと旅の汚れをしっかりと洗い流しておかないといけないと、とレリアは渡された石鹸を手にした。


「ああ……そう、だな……」


 セイに続くようにレリアも水浴びを始めた。



***



 じろじろ見るのはどうかと思うが、レリアが傍で水浴びをして身体を清めている。少し視線を向けて確認すると、鎧に覆われていた肌が露になっていた。白い肌そして女性らしい膨らみ。差し込む日差しの中、その裸は鮮烈にセイの心に焼きつく。


 美しく優しい彼女の髪を無惨にも切らせてしまったことが悔やむことだが、乱雑に広がる髪さえ彼女の力強さを表しているように思えて魅力的だった。


「……」


 長い間、自分で慰めることも出来ないでいたので正直堪らないというか溜まっているというべきか、だが何とか耐える。耐えつつ自分の身を綺麗にすることに集中する。


 パシャパシャと自らの身体に水を掛けて身体の汚れを落としていく。


 ごしごしとへちまのような洗身具を使って垢を落としてさっぱりとさせていた。


「なあ……セイ」


 がっつかないように煩悩を抑えて身を整えることに集中していたセイに、レリアから声が掛かる。

 まだ水が跳ねる音がしているし、彼女もまだ身体を洗っている途中だと思うのだが、いいのだろうかと思いながら視線を向ける。


「もう少しで帰れるのだな……」


 セイの視線に一瞬身体を隠そうとしたものの、すぐに硬直した身体を緩めて身体を洗いながら話を続けるレリア。


「そうだな……」


 眩しい姿を目の当たりにして興奮しながらも抑えてセイも同じように身体を清める。石鹸を泡立てて全身に行き渡らせる。

 こうして旅の垢を落とすというのもまた気持ちいい。


「油断しないでこのまま行けば街か村があると思う。魔物の強さも大深林の深い場所に比べると確実に弱いし、ほどなく、だと思う」


「そうか……」


 パシャッと身体に水を掛けて、レリアが動きを止める。

 セイは彼女の視線を背中に受けながら、考える。


「だったらお礼……しておかないとな。考え事は後で構わないだろう」


 セイの言葉を待ちながらも、レリアは彼が答えを口にする前に言葉を重ねた。


「身体、洗ってやろうか」


「……レリア」


 パシャパシャと近付いてくる裸体の彼女に期待と興奮しながらも、口に出来ない言葉。


 白い肌が視界と思考を埋め尽くす。彼女もまた口にしたくない言葉を先延ばしにして目の前の男と忘れられない想いを重ねようと考えていた。


「ほら、貸してみろ。背中を擦ってやるからな」


 白くきめ細かい露になった肌を隠そうとしないで、セイの手からへちまを奪ってそのまま彼の背中を流し始める。


「あ、ああっ……」


 剣を持ち鍛錬で励んだ跡だろうか、少し硬くなっているものの、美しく細い指先がへちまスポンジと共に背中をくすぐる。

 かと思うとへちまを持っていないもう片手がセイの背中の感触を確かめるように平手で押し当てられる。


「やはり男の背中……だな」


 ぺたぺたと少しだけ肩甲骨辺りを確かめた後、両手でセイの背中をへちまで擦り出す。

水音と、肌がぶつかる音、そして背中をしっかりと擦ってくれる彼女の言葉と息遣い。

彼女の存在が間近にあり、手を伸ばせば、今は届く。


「ん……しょっと……ふふっ」


 へちまが背中に当たる感触と彼女の手の感触。彼女は今どんな顔をして自分の背中を流しているのだろうか。

 優しく一所懸命にしてくれていることは間違いない。


「もう少し……こんな時間を共に……いや、なんでもない」


 空を見上げて独り言のように呟くレリア。光り差し込む、普通の森林から見える空。


 もうここはあのじめじめとした大深林ではないと感じさせるような空気。


「手が止まっているぞ。終わったのなら、今度は俺がレリアの背中を洗ってやるぞ」


「あ、こらっ」


 くるりと振り返り彼女の生まれたままの姿を目の当たりにしながらへちまのスポンジを掴む。そうはさせまいと彼女が手を逃がす。


 もつれ合う男女。泉に大きな水音が響き。その後に笑い声が続く。


「ほら……もう」


 一度、唇を重ねて離れスポンジを手にする。


「……」


 彼女の視線が自分の身体の下の方に向いている。ご無沙汰だった上に刺激を受けているのだから、仕方ない。

 かといってこのまま始めるのは違う気がして、照れながらも彼女の身体を起こして今度はセイが彼女の背中を流し始めた。


「くすぐったいぞ、セイ」


 レリアも二人のゆったりと戯れる時間を大切にしたいのか、目を丸くしたものの言葉では触れずに彼に背中を任せる。


「慣れていないんだ、我慢してくれ」


「言い訳はいいからしっかりと頼むぞ」


「専門職のようにはいかないからな……それにこんな綺麗な肌をうっかりと痛めつけたりしたくないしな」


 鍛えられつつもしっかりと女性らしさも備えたレリアの姿に見惚れながらも、背中を洗うセイ。


「んっ、ああっ……こらっ」


 レリアはセイがスポンジで背中を擦るたびにくすぐったさを感じて声を漏らす。

遠慮しすぎた為か、それとも彼女が敏感なのか解らないがこのまま続けられるのは少し不味いと彼女は感じる。


 このまま続けられたらくすぐったさが段々と違う感覚に置き換わっていくに違いないという予感。


「洗うならもっとしっかりと力を入れてくれ。そうでないと……」


「そうでないと? ……どうなるんだ」


「いいから続けてくれ。身体が冷えてしまうだろう」


「そうだな……」


 冷えたなら温めればいいと言いたい所だが、セイはレリアの言うとおりに彼女の身体を洗うことに専念した。


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