第32話



「そこっ!」


 レリアが剣を振るう。魔力を帯びた剣が相手を捉え斬り裂く。


 銀の鎧の騎士団が逃したオークを難なくレリアが排除する。魔素の濃さが反映しているのか、筋肉質で動きも早いオークを的確に捉えて斬っている。剣の振りも安定しており、持っている剣の力を十分に引き出している。


 妖精と戦っていた時よりも遥かに洗練された剣捌きを見せるレリアにセイが驚く。


「レリア……後ろっ」


 とセイが声を掛ける前に動くレリア。


「……まるで後ろにも目がついているみたいな動きだ」


 背後の草むらから飛び掛ってきた狼の魔物も振り向くこともなく避けてから斬り伏せる。今までの彼女とまったく違う別人のような動きだった。


 この調子だと彼女に任せて大丈夫だと判断して、セイは自衛に専念する。

 むしろセイが彼女に注意される立場になっているな、と思う。


「どうやら終わったようだな……」


 レリアが呟きながら自分の手を見つめている。

 自分でもここまで戦えることに思うところがあるのだろうが、考えているのはそれほど長い時間ではなく、すぐに表情を引き締めて、セイの方へ視線を向けた。


 セイの驚きの表情に満足したように破顔し緊張を緩める。


 やがてリビングアーマーたちも、周辺の魔物を排除したのだろう、戻ってくる。


「……せっかくだから魔石だけでも回収しておくか」


 周りが動いてくれたおかげで特に仕事のなかったセイが、手早く倒した魔物から素材を集めだした。

 あまり時間は掛けたくないので、いいところ、高そうなものをじっくりと吟味するということはせずに取れるものを手にする。


「……」


 レリアはそんなセイを守るように傍らで彼の手際を見つつ周囲を警戒する。

 そのため、安心してセイは素材集めに集中できた。


 主だったものを回収して再び帰路へと足を向ける。


 二人の様子にリビングアーマー軍団も再び道を均しながら旧街道を進みだす。


「そんなに……いや、違うな……うん……」


 セイと肩を並べて歩くレリア。

 何かセイに言いたげだったが、自分で異論が出たのか途中で止める。


「どうした?」


「いや、セイは冒険者なのだな、と思ってな……それよりも見ただろう。私はちゃんとお前を守れたぞ」


 優しさと悲しさが混じったような視線をセイに向けていたが、どうだという表情に変わる。

言った通りだろうとセイが信じていなかったことを少しだけ咎めてくる。


 セイは自分の不明を素直に謝り、そしてレリアに感謝の言葉を述べた。


「解ったならそれでいい」


 ふふん、と得意げな表情。だが次の瞬間には顔を引き締めて真剣な面持ちでセイに顔を向ける。


「……セイ、お前は与えられた力に後ろめたさを感じているのかもしれないが、私は大切な者を守るためなら格好などにこだわらないつもりだ。無論、何でもかんでも、とは言わないが……。お前のストレージをなるべく使わないで他と同じように苦労し歩もうとする姿勢も立派だと思う。けれど私は……未熟な私に出来る機会を与えられたなら、恥じることなく力を振るう」


「……」


「そんな顔をするな、責めているわけでも何でもない。ただ聞いてほしいだけだ……。セイ、私がさきほどの戦いで今までと違う動きをしていたことを不思議に思っているのだろう。まあ察していると思うが、あれは英雄王の力だ。王の記憶が私に剣技を授けているのだ。どう身体を動かせばいいのかという反復練習や実戦の上で学べる動きまでだんだんと馴染んできているからこそ出来る動きだ。……正直、ずるいし、誰かがこういう形で力を得たと聞いたなら嫉妬するし非難するだろう、そんな手段で力を手に入れて恥ずかしくないのかと」


 レリアのそんな手段で……とはセイの力のことも一緒に触れているのだろう意味ありげな視線を彼に向ける。


「ふふっ……羨ましいという気持ちも確かだし、手に入れたならそれをあえて隠して嫉妬や面倒事を避けたいというのも解る」


「……レリア」


「お前のその能力は本当に便利だ。これは紛れもない私の感想だ。今までとまったく違う食事が出てきて夢かと思うくらいだ。と同時に何故お前が、そんなのを与えられたのか、と燻る気持ちが内にあるのもまた確かだ。これは否定しようがない」


 レリアが苦笑いを見せる。醜い感情と蓋をせずに真っ直ぐにセイに伝えてくるのは彼を知っているから、信じているからだろうか。


「けれど実際に剣を振るってお前を守れて、それでいいと感じた。確かに悪魔と取引したわけではないが、身の丈にそぐわない力を与えられた気がする。だが、その……」


「与えられた手札で生きるしかないということ……か。与えられた手札に悪魔との取引まで入れるとややこしくなるが……」


「力を得ることで、出来ることがあるなら、変に周りに遠慮することはない、と私は思った。それをお前に伝えたくなっただけだ」


 実際に自分も力を手にして、両方の感想を持ったレリアなりのセイへの励ましなのだろう、とセイは受け取った。


「そうだな……ありがとうレリア。今日のお昼は一品増やしておくよ」


「……そういうところだぞ。本当にっ、もう……仕方のないやつだ」


 レリアはセイの言葉に微笑み前を向いた。


「本当に……仕方のない」


 少しだけ寂しそうな表情だったがセイは彼女のそれには気付かなかった。

 帰路の旅は順調に進んでいた。



***



 二人の旅は終わりを迎えようとしていた。


「……」


「……」


 供をする銀色の鎧の騎士、リビングアーマーも一体のみとなっていた。


 この旅で成長した二人で辺りの魔物は十分対処できる。野営も、数が揃っているうちにしっかりと休息を取っていたし、そもそも道を均しながらの行軍だったので、大深林を駆ける様に移動していた時に比べるとそれほど過酷ではなかった。


「なあ、セイ……そのお前はまた薬草取りに戻るのか? その……」


「どうしたレリア」


「いや、何でもない」


 そんな煮え切らない遣り取りをしつつも歩みは止めない。

 魔物たちは、二人と銀色の鎧の騎士で対処しつつ進む。


「……レリア、泉があるな。今日はここで昼食にして水浴びもするか?」


 長い間二人はろくに身を清めることも出来ないで過ごしていた。しかも木が茂る湿度の高い大深林を抜けてきたのだ。


 正直、互いに少し距離を置いたほうがいいかもと思う程度に互いに臭っている。


 まだ、セイは冒険者ということで、こういう状況には慣れているのだが、騎士として訓練を積んで来たとはいえ年頃の女性がまともに身を清めらない状況でいるというのは大変だろう。


「そうだな……うむ……」


「ひさしぶりの身体を洗えるな……えっと、周辺の警戒頼めるか?」


 セイがそういって銀色の鎧の騎士にお願いすると彼は頷いて剣を高く上げた。


 いちいち大げさな気がするが、それくらいの方がはっきりして良いだろうともレリアは感じていた。


「湧き水の泉か……水量はぼちぼちか。じゃあ、入るか」


 セイがレリアの方を見る。レリアは頷いて彼とともに泉へと足を向けた。


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