第31話



「おかしい、おかしいじゃないか……何だこれは」


 レリアが朝食を前にして怒っている。


 異空間収納を隠さなくなったセイが、こんなこともあろうかとしっかりと準備をしていたという食事を展開しているためだ。


 鍋を幾つか取り出して、取り分けられた上で焚火で温められたスープ。ふわふわの白パン。そして初日に差し出してくれたような瑞々しい果物。

 二人きりで大深林に転移してきた日よりも新鮮で良い食事が並んでいる。


「ここのところ、干し肉かじりながら何とか流し込んでたからな。うん、ひさしぶりのご馳走だ、わぁい」


 わざとらしくセイが喜んでみせる。


「……わぁい、ではないだろう!」


 せっかくセイが用意してくれた食事を無駄にはしたくないと暴れることはしなかったものの、ここのところ心を痛めていた食糧問題が解決したことに怒るレリア。

 解決というか、やりすぎ感が出ているところが憎たらしい、と感じる。


「……レリア……こんな食事が用意できる冒険者がいるなら……無理矢理にでも言うことを聞かせて、何て思う者が居ても不思議じゃないだろう?」


 セイは複雑な表情でレリアを見ている。


 この大深林を彷徨って何日になるだろうか。そんな日数経っても鮮度の良い果物を口に出来るのは確かに得がたい。


「……あ、変なものは入っていないから安心して」


「お前のことだから、実はこっそり媚薬とか用意してたんだ、とか言っても不思議じゃなさそうだがな」


 そういいながらレリアは怒った姿勢は崩さずにスープを口にする。


「ふふっ」


「何を笑っているんだ、やっぱりお前……何かを仕掛けたのか」


 そういいながらもレリアは具入りのスープをぱくぱくと食べる手を止めない。

 セイが笑いながら同じ食事を口にする。


「仕掛けてても、今の君なら何でも許してくれそうで……ふふっ」


 彼女の信頼の示し方にセイは笑顔になる。


「な、何を……言ってるんだセイは。本当に気持ちが悪い、笑うなっ!」


 怒りながらも、食事の手は止めないレリア。


『……』


 二人を見守る銀色の鎧の騎士たちはやれやれといった雰囲気で兜と兜を向かい合わせていた。


「……本当に……」


 スープを口に運ぶ。

 温かいスープは、具材が柔らかくなるまでしっかりと煮込まれており、穏やかな味付けがされていて空腹に染みる。


 基本は塩だけだろうが、しっかりと煮込まれているために野菜の甘みや旨みがしっかりと出ている。こんなスープを用意していられるだけの容量を持っているのは確かに手に入れたくなるのも解る。


 だが、無理矢理手に入れたとして、良くも悪くも彼一人に総てが集約されるのだ、そう上手くはいかない。

 危機管理の観点からするとそんな危険なことはなかなか出来ない。


 軍隊だと、行軍途中に彼を誘拐あるいは殺害されれば用意していた糧食が台無しになるとすれば……。

 情報さえ掴んでいれば、彼一人さえ何とかすればいいということだから。


 ストレージに預けられた荷物がどうなるのか、殺して確かめる訳にはいかないが、一気に出てきたらそれはそれで混乱するし、失われるならどうしようもない。


 あるいは、そんな状況に彼が居たくないと脱走を企てたらどうするのか。


 それでも自分ならば手懐けられると驕る者は出てくるだろうし彼が隠してきたのも解らないでもない。


「なるほどな……恐れるのも良く解る」


 白パンを口にする。焼かれてからそれほど時間が経っていないように感じられ、しっとりとした乾燥していない柔らかいパン。この大深林に入ってから一度も口にしてないものである。

 それが今彼の手によって用意されているという事実。


「……そして、お前を手に入れたくなるものが居るのも解る」


「そうだろう」


 スープを口にするセイ。塩気と野菜の旨みの優しい味だ。


「隠したくなるのも解るが……お前一人でもこそこそと隠れて……いや、それは出来なかったか、ただでさえ話を渋るお前に私は怒りを覚えていたしな、さらに隠し事を増やしているようにいるなら斬りかかっていたかもしれないな」


「まったく使ってなかった訳じゃないんだけど……」


 彼女に飲ませたミント水などもその類なのだが、基本的には頼らないようにしている。

 隠したいのはもちろんであるが、ひょっこり手にした能力だけに自分の物ではないと何処かで思っているのだろう。


「……本当に隠したいと思っているなら私を見捨てて行けばいいものを、中途半端だな……けれど嫌いじゃないし、私は助けられたことは確かだ。それでも、セイ……お前はその力を与えられた……その自分の本当の力じゃないとか思っているのかもしれないが……人は生を受ける時、平等だなんてありえない。同じ時で同じ食事で同じ親で同じ境遇でなんてことはないだろう。だから、その……羨ましいことに間違いないが、お前がそのことに後ろめたさを感じる必要はないと、私は断言する」


 デザートのカットフルーツを口にして、立ち上がるレリア。自分の手を何度か開いたり閉じたりして何かを確かめているかと思ったら踵を返す。


「……少し剣を振ってくる」


 レリアは愛用の剣を英雄王の愛剣に持ち替えていた。そのため、慣らしがいるのだろうと考えてセイは頷いて彼女を送り出した。


 そして彼女の剣慣らしの間にセイは食器を片付けて立ち去る準備を済ませるのだった。



***



「……いつかまた、この地に帰り、鎮魂の儀を執り行うことを誓います。それまでは質素ですがこの形でお待ちください」


 英雄王の墓標にそう誓うレリア。

 見よう見まねでセイもレリアと同じように祈りを捧げる。


 ガシャン、とレリアの言葉に呼応するように剣を掲げる銀の鎧の騎士たち。


「では行こうか……案内を頼む」


 居並ぶ騎士たちに声を掛け、軍団を引き連れ帰還へと歩みを進める。


 先頭を進む騎士たちは草や木を排除しながら後続の為に道を作っていく。彼らの進むは旧街道。


 かつて主とともに歩んだ道。


 どうしても、荒れ果てた道をざっくりととはいえ整えながら進むため歩みは遅いが、いずれここに戻ってくるためにも道が整うことに反対する理由はなく、軍団の歩みを彼らに委ねたままゆっくりと導かれるままガルム古戦場を後にする。


「魔物たちに荒らされていて途切れているところもあるが……」


 街道を行き来していた人々に踏み固めれた地面はところどころ雑木で崩れているものの、まだ道としての形を保っていた。


「このまま進めば、戻れそうだな……」


 レリアが辺りを警戒しながら進む。軍団に守られているとはいえ油断は禁物である。大深林を抜けつつあるとはいえ、まだまだ先は長い。


「そうだな、いつまでこの軍団が維持できるか解らないが、道を辿っていけば何とか抜けられそうだな」


 砦跡を襲ってきた骸骨兵は、主に夜になって動き出すアンデッド寄りの魔物だったが、銀の鎧の騎士団は魔力によって存在が維持されていて昼間でも動ける。


 そのために道を切り開いている騎士たちは魔力の残量が少なくなってきた者から、ぽつぽつと脱落しているようだった。

 限界まで動き続けるというよりも、再び主たちが帰還したときの為に無理をせずに場所を守れるように帰途に着くといった調子だ。


 昼食、夕食、野営と進むにつれてレリアたちを守る護衛騎士たちも数を減らしていく。


「……数が減ってきたな……」


 魔物の襲撃はそれほどない上に周囲を守る銀色の鎧の騎士団が難なく排除しているので、危険は今のところないが、確実に戦力は減ってきていた。


 そんなセイの言葉に、彼が不安を感じているのかと思ったのだろうレリアが彼に向かってどん、と胸を叩きそうな勢いで口を開く。


「そうだな……だが、大丈夫だ。お前は私が守ってみせる」


 足手纏いでいざとなったら打ち捨てるなどと会話していたのが遥か昔の話のように、レリアが頼もしい言葉を口にする。


「ああ、頼む」


 そう口にしながら、まだ大深林を抜け切っていないし、レリアの力が何処まで通用するかについては懐疑的であった。

 そんなセイの態度に敏感にレリアは気付いたのか頬を膨らませて拗ねる。


「信じていないな、本当だからな」


「信じているさ」


「……そういうところだぞ、本当。……本当に、本当だからな」


「ああ、頼むぞレリア……」


「……まかせろ、セイ」


 焚火を前に肩を寄せ合いながらそんな話をしつつ眠りに就く二人。

 銀の鎧の騎士たち……リビングアーマーたちはそんな二人をしっかりと守るべく気を引き締めた。


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