第30話



「……うっ……んっ……」


 しばらくして、英雄王の意識から解放されたレリアが目を覚ます。

 ぱちぱちと辺りの景色の暗さに戸惑いながらも状況を把握しようと、鈍っている頭を回転させる。


「起きたかレリア」


 すぐ傍、耳元で吐息で耳をくすぐられる距離で彼の、セイの声がした。


「な、な、な、なっ……」


 驚き。そして慌てる。あまりの衝撃に一気に覚醒して辺りを見回そうとするとすぐ横にセイの顔。しかもどうやら自分はそんな彼に身体を預けていたらしい。


「……んんっ……」


 そのことに気付いて、彼にしな垂れていた上体を真っ直ぐに起こして、それからぺたぺたと自分の身体……といっても鎧を着ているのだが、それを探る。


「したのか!」


 顔を赤くしながら心の底からの一言。


 身体に異常はなさそうだが、すでに辺りは暗くなっており、自分の記憶も途切れている。

 何かされていたとしても不思議ではないし、レリアの言葉も解らないでもない。


「……なあ、レリア。意識が戻ってすぐ出てくる言葉がそれなのはやっぱり欲求不満なんだろう。まあ人のことは言えないが……とりあえず、してない。記憶を辿ればそれどころじゃなかったことも思い出すだろう」


 二人で転移させられてもう何日経っただろうか。疲れからそういう気になれないと思っていたものの、男子たるもの……である。


「幾ら……そのアレでも、意識がない相手に無理矢理したりはしない。そこは解ってくれ」


「意識がある相手なら無理矢理したりすることもあるってことだな!」


「……いいから落ち着いて記憶を辿ってくれ」


 ザイードの話だと記憶もある程度残っているとのことだったが……彼女の様子からはそんな風には思えない。


「記憶……私の記憶……うっ頭が……」


「おい、大丈夫か」


「こ、この右腕に封印されし暗黒竜が……ああ、駄目だ封印が解けてしまう。くっ静まれ私の右腕っ……」


 レリアが自分の右腕を左腕で押さえつける。


「…………」


 記憶って……誰の記憶なんだろう、と。いやもしかすると本当なのかもしれないと、周りの鎧の騎士たちに視線を向けると、ガシャンと剣を突き立てるだけだった。ザイード王の若い頃の記憶だったりするのかもしれない。


「……はっ、私は一体何を思い出していたのだろうか……」


 レリアが正気に戻る。あまりに真剣だったので本当かと少しセイも信じかけたところだったが、どうやら違うらしい。


「その記憶は多分思い出さなくて良いやつだと思う。というかある意味その記憶ごと封印するのが正しい対処じゃないかな……」


 この魔法世界だと、ありそうでないようなやつだけに判断が困るのが難点だ。


「……ザイード……英雄王」


 記憶を辿れたのか、はっとなってレリアが辺りを見回す。


「ということで、瓦礫を取り除いたのがこちらになります」


 思い出したのなら話は早いと、白銀の鎧を示す。


「ほうほうこれはこれは……って違うだろうセイ。もっと順を追って説明してくれ」


 がどうやらセイの想定した記憶の辿りと違うようで、レリアは困惑していた。


「……彼は記憶が残っているといったが、そうでもないのか」


「彼?」


 ザイードを彼と呼ぶセイの言葉を不思議そうな表情で聞き返すレリア。


「レリアの身体を介してザイード・カルネージュ英雄王と話をしてたんだ。その彼に頼まれて瓦礫の中から彼の遺体を見つけ出したのさ」


「なっ……」


 目を丸くするレリアにセイは彼女がおそらく意識を失ってであろう場面から振り返って語った。


 レリアは驚きつつも真剣にセイの話を聞いた。


「それで、レリアにお願いがあるんだが……彼の弔いをやってくれないか」


「……」


「報酬として剣でも鎧でも持って帰っていいと本人に許可も頂いたし、ちょうどいいんじゃないかな?」


「そうだな……」


 既に準備はセイが整えていた。


 魔物か? と紹介したときに驚いた鎧の騎士たちにも手伝ってもらって骨を埋める穴も掘っている。

 鎧から骨を取り出して細かいのは先に穴に入れていた。鎧は……汚れ防止の魔法が掛けられているのか、驚くほど綺麗だった。


 周辺警戒以外の鎧の騎士たちも集結して弔いの時を待ち構えていた。


「……レリア・カルネージュが祈りを捧げる。偉大なる英雄王ザイード・カルネージュの安寧を願って……」


 遺骨と鎧や剣を前にレリアは膝を折り祈りを捧げた。


 セイには聞き取れない祈りの言葉を呟く。彼女の身体がぼうっ、と取り憑かれた時と同じように青白く光る。


「!?」


 刹那、慌てるセイだが、様子は違うようで彼女は一心不乱に祈りの言葉を呟き続けていた。


「……神聖魔法みたいなものか……」


 青白い光はだんだんと光の強さを増して、色も白くなっていく。

 レリアの祈りの呟きも熱を帯びてくる。


 邪魔してはいけないと、ただセイは見守るだけだった。


「うぉっまぶし……」


 一際大きく光が弾け、レリアの祈りが終わる。


「……」


 黙ったままレリアは遺骨を抱え、掘った穴の中へ遺骨を入れる。


 セイはレリアに目でいいのかと合図し確認を取ってからその穴を埋めた。


「本来なら、司祭がするべきことなのだが……未熟な私が祈りを捧げ、英雄王様の魂を導くことを許して欲しい」


 夜空を見上げてレリアが呟く。

 セイの提案がなければ、レリアに任せることなくセイがその役目を担っていたと思うので、そういうところはザイードはさほど拘ってなかったと伝えたいところだったが、彼は口を噤んだままだった。


 そういう余計なことは言わなくていいのだ。


「……」


「……」


 弔いを終えて焚火のところへ戻る二人。


「セイにはまた大きな借りが出来てしまったな。……もし、無事に戻れたら報酬を弾んでやりたいところだが……もう食料もろくに残っていないし帰れるかどうかも解らない……私の我が儘に付き合ってくれて本当にありがとう」


 しんみりとした調子でレリアが切り出した。


「お前一人なら、この大深林も無事に切り抜けられそうな気がするから……その好きなものを持っていくが良い。私はここで英雄王様と志を共にしようと思っている」


「……」


「そ、その……こんな水浴びもろくに出来ないでいる私だが……お前が望むのなら、いや違うな。最後の我が儘として私を抱いて欲しい……薄汚れて臭うしムードも何もないが……」


 ガシャンと周りの騎士たちが視線を逸らす。


 こんな鎧の騎士たちに囲まれてっていうのも確かにムードも何もないのだが、それでも騎士たちなりに気を使ってくれたのだろうか。


「あのレリア……非常に申し訳ないのだけど……その」


「駄目か……私は行きずりで抱き捨てる価値もないか……」


「レリアっ!」


「きゅ、きゅうに……んぐっ」


 腐るレリアに強引に唇を重ねるセイ。目を丸くするレリア。


「な、何を……いや、やる気になってくれたのか。そうか、ならば鎧を脱がねばならないな」


 セイの口付けを肯定と捉えていきなりやる気を出してくるレリア。


「すぐそっちに持っていかなくて良い。ともかく落ち着いて俺の話を聞け!」


「……違うのか。解った話を聞けばいいのだな。聞いたら、してくれるのか?」


「一旦そこから離れて。というか話を聞いたら、多分それどこじゃなくなる気がする。ともかく落ち着いて……これでも飲んで」


 と、セイは荷物からミント水を取り出してレリアに渡した。


「ああ、感謝する……ん? どういうことだ」


 何気なく渡されたミント水に口をつけてから疑問に思うレリア。セイは何処からこの水を取り出したんだと。


「……そのレリア、食料なんだがあるんだ。まだ……」


 言いにくそうにそう白状するセイ。


「どういうことだ……私に嘘を吐いていたということか?」


 レリアの声音が怒気を帯びる。


「そうやって自分だけは安心して、私を心配しながら……弱っていく私を見て喜んでいたんだな。お前は……お前は……くっ……」


「違うんだ……レリア、泣かないでほしい。その……ごめん」


 ぽろぽろと涙を流し悔しそうにするレリアを前に言葉を飲み込み謝罪する。


「謝ったってことはやはりお前は……」


「……出来れば使いたくはなかったんだ、この力は……。戦争とかに便利だろう……ここの瓦礫を取り除くのにも使ったけど、なかなかのチート能力だからね」


「チート? 良くは解らないが……マジックバッグの拡張版みたいなものだろう。稀有ではあるが……そこまで」


「収納に際しての制約がバッグよりも緩いから。たとえば物によっては触れてなくても収納できたり、だから今回は瓦礫が崩れないように順番を意識して手の届かない上の方から収納しつつ作業を進められたんだ」


「……」


「当然ながら、そんな力あるなら……手に入れたくなるよね。だからなるべく使わないでここまで来てたんだ。隠せているかどうかは正直微妙だと思うけど、ライとかは……ああ、今回の探索に誘ってくれたパーティーリーダーなんだけど、アイツは気付いている気がする」


 空を見上げるセイ。今頃どうしてるだろうか。事情聴取とかで拘束されるにしろ、もう解放されているだろうか。


「セイは……その力を持って出世とか考えてなかったのか?」


「利用されて使い潰されるだけな気がするな。後ろ盾もないもない冒険者が一人行方不明になったところで誰も気に留めやしないし……」


「そんなことは……そうだな、十分ありうるか……」


 セイの言葉を否定しようとしたが、レリアはすぐに考えを改める。


「だけど……それにこだわって君を失いたくはなかった。……もっともそれでも言い出せないままだったから、君を苦しめてばかりだったけど……」


「そうだな……」


「君は苦しい中でも俺の依頼のお礼を考えて、身体だって差し出そうとして……」

「……それは……うむ……」


 正直なところ、男女の営みにとても興味があって、助からないなら一度くらい体験してもとか考えていたなんてレリアは言えなかった。


「そんな君を見ていると、この力を隠すために君を失うのは違うと思ったんだ。……そういうことでは試したと受け取られても仕方ないと思う」


 助ける価値がなければ見捨てた、とそういう類のことを口にしているのだから、ほぼ同義である。積極的に働きかけてないだけで、生殺与奪をずっと彼が握って上から見ていたことに変わりはない。


「そうだな……」


「そんな俺でも良かったらとは恥知らずだけど、それでも……なあ、レリア一緒に帰ろう。……俺に依頼を全うさせてくれないか」


「……だが、ここからどうやって」


『そのことですが……私の部下に案内させますよ。呑み込まれたとはいえここは元は境界の町そして砦でしたから、まだ道は辿れます』


 二人の会話に割り込んでくる穏やかな声。直接頭に響きわたる、落ち着いた優しい声に驚くセイ。


「この声は……ザイードか?」


『正解、よく解ったね、セイ』


 目を丸くするレリア。

 弔いも祈りも済んだのに彼はまだこの地に留まっているのだろうかと思ったのだが、あまり時間がないとザイードが口にしたことで否定された。


『逆に祈りを受けてもなお少しだけ猶予をいただけたようなので』


 直接頭に語りかけられたことに驚きつつも、その口調はさきほどまでザイードが憑いていたレリアの口から発せられたのと同じようなものだった。


 頭の中に響く落ち着いた男性の声は、レリアを通しての声を聞いたときにセイが想像した通りの声色だった。優しく穏やかで包み込むような大きさを感じる男性の声。


「部下に案内を頼めるのか。……そうか、それは助かる」


『私の遠い娘よ……あなたの祈りに感謝いたします。ようやくここから私も解放されます……』


「英雄王様……私は……」


『大丈夫、貴方はしっかりと民を導いていけますよ……ふふっ。ですから、彼とともに大深林を行きなさい。私に付き合ってくれていた騎士団たちを護衛として付き従わせますので』


 二人の座っている位置から焚火をはさんで向かい側、つまり焚火越しにザイードはゆらりと幻影かその姿を見せて微笑んでいた。

 レリアと同じティールブルーと思われる髪と瞳。鎧を身に纏い穏やかな表情で二人を見守っていた。


「はい、ありがとうございます……」


 ゆらりと幻影が揺らぐ。色々聞きたいことはあったが、時間がないことを察したレリアはただ感謝するだけだった。


『本当にありがとう……二人とも』


 ぱちぱちと爆ぜる焚火の火花とともにすうっと姿が天へと昇っていく。姿はやがて青白い光となり消えていく。


「……」


「……」


 ガシャン、と周りを守っている騎士たちが一斉に剣を掲げ主の昇天を見送った。

 レリアの肩を抱き寄せるセイ。セイに寄りかかるレリア。


 肩を寄せ合って二人、静かに焚火を見守りながら眠りについた。


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