第29話
「……」
黄昏時が迫り来る中、落ち着いて狙撃の準備をする。
ショートボウを取り出して、近付く骸骨兵の動きを観察。
「夜目は利かないんだがな……」
薄暗くなってきた森の奥を見て愚痴る。
出来ることなら短期決戦で片付けて、何とか隙を見てレリアを奪還したいところなのだが……。
せめて、焚火なりの灯りを起こしておけば狙撃の見通しも違うのだが、なし崩し的に持ち込まれた戦闘だけに詮無いことだ。
「……そういえば、猫耳族の女商人に進められたものがあったな……あれを矢の先につけたら威力が上がったりするのだろうか」
赤い髪をたなびかせて、頭にバンダナを巻いた緑色の瞳の猫耳族の女商人。
何というかとてもお調子者で、彼女におだてられてつい色々買ってしまった。
掘り出し物があると勧められたのだが、確か……白の聖女の聖水とか言っていただろうか。
「ものは試しだ……やってみるか」
荷物を取り出して女商人に半ば押し付けられるように買わされた白の聖女の聖水を取り出し、瓶の蓋を開ける。
矢じりに聖水をつけてみたところまできて、どうも変だとセイが異変に気付く。
瓶から溢れ漂い、そして鼻に届く臭い。
「……アンモニア臭……聖水って……そっちかよ、あの女商人! 騙してはないかもしれないが……」
骸骨兵の内の一体が、砦跡の丘に先んじて登ってきたのを視界に捉えたので、セイは咄嗟に矢を番え、放つ。聖水をつけた矢は咄嗟にしては珍しく見事に骸骨兵に命中した。
ギギギと骨と骨が軋む音を響かせて、骸骨兵が崩れていく。
「……ひょっとして聖水だけど聖水の効果もあったりするのか……これ」
臭い漂う聖水を前に頭を抱えるセイ。効果があるなら……正直気が引けるが使うべきだろうと次の矢を番えた。
黄昏時だけにいつまで戦えるか、迷っている暇はない。使えるというなら使おうではないかと思いそのまま続ける。
「何十体と来てるのか……」
戦いでは何百何千の兵士が戦っていたと伝えられている。今この時、何十体、何百体と今居る砦跡に押し寄せてきたとしても不思議ではない。
呆けている暇なんてない。
錆びた鎧にキシキシと悲鳴を上げさせながら、骸骨兵が砦跡を攻めてくる。
暗くなってきた森に、頭蓋骨のみになった頭のあるはずのない瞳の場所に、青白い意志あるいは遺志の光を点して立ち上がり、向かってきた。
キシキシという音は何十と重なり、さながら軍隊のような威圧感をかもし出す。
「……」
レリアの方へ目をやると、銀色の鎧のリビングメイルに囲まれながら立っている。
戦いの行く末をじっと見守るように。
「ともかく、撃退しないと始まらないか」
頭を抱えたいが、構わずに今は戦いに専念すべきと思い、セイは何度も聖水に矢じりをつけて番え、放つ。
初発は上手く当たったものの、そんなことが何度も続くはずもない。けれど、前より明確に狙ったところに飛んでいく気がする。
濃い魔素にレベルアップした、ということだろうか。
「……ま、何にせよ倒せるのはありがたい」
ああ、またレリアに考え事ばかりして、と怒られてしまうな、と思いながら次の矢を手に取る。
三体は倒したものの、まだまだ敵は近付いてくる。
キシキシという音の数はそれほど減っていない。だんだんと砦跡に近付いてきている。
青白いオーラに包まれているレリアがさっと手を上げ下ろす。
その号令に従って砦の鎧のリビングアーマーたちが迎撃に走る。
こちらのリビングアーマーは魔力コーティングか何かで鎧はあまり錆びてなく立派だった。ただ、中身は何処へ行ったのか魔力体のゴーストのようで兜の内側、瞳の位置がぼうっと青白く光っているが中身は無い様に見える。
「……デュラハンみたいなものか」
肉体はおそらくは失っているもののセイを蹴り飛ばしたようにしっかりと物理攻撃もしてくるので敵に回すと非常にやっかいだろう。
ガシャンガシャンと激しい鎧の音を響かせながら骸骨兵と激突する。その勢いに骸骨兵は押されて中の骨が砕けて鎧もばらばらになる。
「数は負けているが、強さはこっちの銀色の鎧兵の方が圧倒的だな……」
隣国との競り合いとはいえ、当時英雄王と呼ばれていた国王自ら指揮を執っていたのだ。騎士団も相当な練度で装備も充実していたのだろう、記録を見てもこちらが圧倒していてそのまま戦の趨勢が決まると思われていた。
しかしそこに別の要素が加わり一気に戦場は混沌と化した。
別の要素、すなわち魔物たちのスタンピードの侵攻先となったのだ、この戦場が。
方法は記録には残っていなくて、判明していても表向きには情報公開されることも無いだろうが……ともかく、隣国が何らかの手段で引き込んだのではないかと言われている。
その導かれたスタンピードに呑みこまれて英雄王を始め多くの戦力が失われ、隣国もまた大きな被害を出した。
ある程度魔物の侵攻を止めて、大深林を切り開いていたというのに欲を出した隣国のちょっかいとスタンピードによる被害で、せっかく切り開かれた人の勢力範囲は大きく削らしまって、セイ達が今闘っているガルム古戦場は大深林の一部として現在は記載されることになっている。
「……これだけの実力の差があるなら繰り返される理由はなんだ? 倒せないボスクラスが居るとか……いや、それならもっと消耗が激しいはずだ」
鎧が錆びてぼろぼろの骸骨兵なら、まあ復活してきて何度も戦いを挑んできても不思議じゃない。けれどこの砦跡を守っている銀色の鎧の騎士たちは違うはずだ。繰り返されたら消耗してただの鎧に戻ってしまうはずだ。
あるいは朽ちて中の骨が砕けて無くなってもここに留まるだけの強い意志があるのかもしれないが……。
とにかく数だけは骸骨兵は多いようでセイは聖水(笑)を使いつつ、砦跡に迫る骸骨兵を矢で撃退している。
ぼうぅぼうっぼうっ、と青白い炎が浮かび上がる。つまりは火の玉……魔法世界とはいえ不気味であったが、篝火代わりに暗くなった砦跡を照らしている。
辺りはすっかり暗くなっていた。
そんな不気味な雰囲気の中でも戦闘は続き、やがて骸骨兵が大方撃退され森が静まり返る。
「……」
息を吐いて緊張から開放されるセイ。
ショートボウをしまい込んで砦跡の壊れた壁石の上から降りる。
それから銀色の鎧のリビングアーマーたちが整列している所へ歩いて行く。
中央に立ち尽くす姫騎士レリアを守るように居並んだ彼らの横を抜けて彼女の傍に近付く。
「…………」
レリアの目は時折瞬きはしてるものの、視線が遠くに向けられており、一体彼女が何を見ているのか解らない。
「レリア……」
青白いオーラに包まれた彼女の身体に触れようとした途端、彼女が口を開いた。
「すまないが私の願いを聞いてくれないか、渡り人よ」
声はレリアの声だったが、口調といい別人の語り掛けがされる。
セイは辺りを見回すが物言わぬ鎧以外誰かが居る感じでもない。間違いなくレリアの口から発せられた言葉だと思い彼女の見る。
「戸惑うのも無理はないと思うが、私の話を聞いてはくれまいか……」
穏やかな口調で語りかけてくる。
「私はこの地に魂を縛られているザイード、ザイード・カルネージュというものだ。……君たちには英雄王と呼ばれているだろうかな。ふふっ自分で英雄王と口にするのは恥ずかしいな。そんな働きをしたことはないのだけれど、それは今はいいか。セイ……君だったろうか、君に頼みたいことがあるんだ」
「……英雄王」
青白いオーラに包まれたレリアは確かに王の風格を備えているように思えた。彼女の顔つきも少々違って見える。
「……ザイードで構わないんだけどな……。ともかく渡り人である君にお願いがあるんだが、どうだろう? ああ、君は冒険者だから何か報酬が居るのか……そうだね、上手くいったら彼らの剣を持っていくといい。無論私の剣や盾でも構わないんだが」
レリアのように笑いつつも彼女とは違う雰囲気。
「お願い……依頼はなんだ? 出来ることかどうか判らないが」
「私の鎧を瓦礫の下から取り出して弔って欲しい。異空間収納を持つ君なら出来ると思うから、頼みたい」
「……出来るかどうか判らないが、場所はどこだ?」
セイの顔がきっと引き締まる。
教えたわけではないのに、さらりとストレージの存在を指摘されて警戒する。
「そんな怖い顔しないで。……普通に矢を取り出していたから常用してたと思ったけど、隠していたのかな?」
さも当然そうに言って首を傾げる。
「そうだな……隠すつもりだったが、貴方の子孫の娘が良く出来た……いや、上に立つものとしては失格かもしれないが、良い女すぎて些細なことにこだわっていたのがバカらしくなった」
「それは良かった……のかな。娘を褒められるのは悪くないけれど、ふふっ」
ザイードが笑う。レリアの身体で笑っているその表情は親の表情で、レリアが旅の中で見せていたどの顔とも違う気がした。
彼女もいずれこんな風に笑うこともあるのだろうかと、少しだけ心に掛かる。
「しかしこうも簡単にばれてしまうとはな……」
渡り人と最初にセイに語りかけた時点で、普通とは違う目を持っていると思っていたが。
「そうだね……こういう姿……いやこういう存在になってしまったからこそ解ることもあるみたいだね。君は色々と特別に視えるよ」
「……特別、ね」
平凡でもいい、権力争いとかじゃなくて心穏やかに過ごしたいと思っていたセイにとっては複雑な言葉だった。
「出来れば……いや、うん……これはいいだろう。それよりも頼めるかな、私の弔いを」
何かを言いかけて、止めて話を戻すザイード。
セイは頷いてザイードから鎧の場所を聞きだす。そこはさきほど登っていた壁石の近くで、同じように瓦礫が山となっている。
「少しずつだな」
セイはストレージから松明を取り出して、いくつか銀色の鎧の騎士たちに持ってもらう。言葉は発しないものの彼らは快く承知してくれた……とセイは思った。
その松明と、青白い火の玉に照らされて、雪崩れてこないように瓦礫を収納し、別の場所に捨てていく。
時々、ザイードに聞きながら、作業を進めていく。
「こういう便利な使われ方されて、消耗して捨てられる気がしてな……黙っていようと思ってたんだ」
作業半ばにぽつりとザイードに話すセイ。
「……そうだね、これは戦にも便利な力だし、君がそう考えるのも間違いじゃない。けれど唯一無二ではないから……」
「ああ、マジックバッグをレリアも持っていた。容量はそんなに多くはないだろうが……そんな貴重品もぽんと礼として差し出そうとするとかどうかしてるぞ」
「そうだね、いい娘だろう」
「……褒めてないんだが」
レリアの顔で微笑まれると調子が狂う。ザイードの微笑みはレリアとは違う表情ではあるのだが、やはり身体が同じということでどうしても戸惑ってしまうのだ。
「もう少しで終わるが……弔いはレリアと一緒に行いたいんだが構わないか?」
「ああ、構わないよ」
それからは黙々と作業を進めていくと立派な鎧が瓦礫の中から出てきた。瓦礫に潰されているかと思ったが、しっかりとつぶれることもなく形を留めている。中の身体は朽ちて骨だけになっていたが、逆に周りの騎士たちが骨がなくなっていたのに対して彼の骨が残っていることは少し不思議だった。
「……私は部下と違って身動きできなかったからね」
砦跡、主君の周りを守るために動いたために骨もなくなってしまったのかもしれない、ということか。
「さて、そろそろ私は戻るとするよ……身体を借りている以上、記憶もある程度残っているだろうけど……娘を頼んだよ」
そういうとレリアから青白いオーラが抜け消えていく。
「おっと」
糸の切れた人形のように脱力したレリアを慌てて抱きとめる。さすがに脱力した大人一人を支えるのは力が要る。
ゆっくりと腰を落としながら彼女を近くの瓦礫を背もたれに寄りかからせる。
「……」
意識がすぐには戻らないものの、呼吸が正常なのを確かめるとセイは慌てずに、近くで火を熾す。
松明を灯していたので、その火を使って火をつけそのまま松明ごと焚火にする。
残っていた松明も騎士から受け取って焚火に加えた。
それからしばらくはレリアの隣に座り、瓦礫に身体を預けているのもしんどいかもしれないと彼女を抱き寄せ、自分に寄りかからせる。
そして彼女の規則的な呼吸音を聴きながら静かに焚火を見つめていた。
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