第28話
小高い丘の砦跡を手分けして調べている二人。
レリアは所々、犠牲になった騎士や、巻き込まれた国民のために祈りを捧げながら丘をまわる。セイは丘の下のひしゃげた鎧を見たりもしながらあちこち歩き回っていた。
「……何だか、嫌な気配がするな」
ふとセイがレリアにそう告げる。あちこち調査していたが、随分と時間が経ってしまっていた。
「嫌な気配か……鎧の魔力が高まっている、とかか?」
自分は解らないがセイがそういうなら何かあるのだろうと、レリアは辺りを見回す。彼女の目が捉えたのは視界の一部に揺らいでいるということ。蜃気楼のように空気を歪め、見える光景を変化させている。
あちこちにちらばっている焦げた鎧に何かが集まっているようにも視える。
まだ濃い魔素が彼らに力を与えているのだろうか。
「鎧の魔力?」
「ゆらりと……セイには見えていないのか?」
レリアとセイでは見えているものが違うのだろうか。
彼の目にはレリアの口にした事象は映らない。セイが感じたのはただの予感で、彼女のように何かを視て捉えているわけではない。慌てて辺りを見回してみるが、解らない。
「魔力の気配……は俺には解らないが」
彼にはレリアの感じたような揺らぎは視てとれない。だが、冒険していたときに感じていた危険センサーは何かに触れているようで思わず彼はショートソードを抜いた。
妖精の悪戯、もしくは幻惑に今度はセイが捕われてしまったのか、と一瞬考えたが、すぐに否定される。
砦の外で鎧の音がし始めたのだ。
「え?」
そのことにレリアも驚く。慌てて彼女は先程までゆらぎを感じていた鎧を確認し直す。
セイも彼女の傍に寄りながら彼女の向いている、見ている物を確認する。そこでは銀色の鎧がゆらりと音もなく浮き上がって騎士の形を取り始めていた。
それだけでなくガシャン、ガシャン、と砦跡の外からも別の鎧のものと思われる音が近付いてくる。
「ひょっとして囲まれた?」
目の前の銀色の立派な鎧のリビングメイルはまだ歩き出していない。ただ、膨大な魔力を帯びていて、ゆらりと何の支えもなく浮きがって騎士の形に鎧が集まり収まって辺りを見回し始める。何もないはずの頭部の兜の奥に魔力のような目のような青い光が見える。
「……」
ばっちり視線はあっているもののこちらは警戒レベルで、殺意を向けられるような感じではない。
セイの危険センサーは砦の外からの鎧の音、外のリビングメイルに強く反応しているようだった。
「王国の騎士……」
レリアはゆらりと浮かび上がった銀色の鎧の騎士に視線を奪われていた。
魔力のオーラは今はセイにも見えるくらいに膨れ上がっていた。
遺跡近くで魔物の気配には反応できなかったレリアが先に気付いたのは不思議だったが、セイはレリアの呟きに王家の血筋か、鎧に反応する何かがあるのかとか適当に考えつつ、どうするべきか考えていた。
今は興味がないようにもしくは警戒するだけに留まっている砦の銀色の鎧の騎士もいつ凶暴化するか解らない。
何より森のほうから聞こえてくる鎧もだんだん音が大きく、数も多くなっているようだった。
「レリア、逃げる……のは、無理か?」
森の方を観察して警戒しているうちに砦跡の銀色の鎧の騎士も、その数を何体にも増やしていた。どの銀色の鎧の騎士、リビングメイルも鎧に保護魔法が掛かっているのか汚れも少なく立派で全体に帯びた魔力は膨大でセイでは太刀打ち出来そうもなかった。
それらが誰かを迎えるように整列して砦跡に並んでいた。
「…………」
レリアはただただそんな銀の鎧の騎士たちに視線を奪われ見とれているようにセイには見えた。
が、それも違うとすぐに解る。
彼女の身体も銀色の鎧の騎士と同じようにセイに見えるレベルの膨大な魔力が集まって可視化された魔力のオーラに包まれた。
「レリア?」
声を掛けてみるもののセイの声に意識を向けることもなく立ち尽くすレリア。
纏っている雰囲気が先程までの彼女とまったく違う。
何より魔力のオーラとは別で、彼女の鎧の下、胸元辺りが光っている。碧緑色の光が鎧の隙間から漏れ溢れていた。
場所から考えるに、身に着けていた何かしらのペンダントが反応しているのだろうか。
それは王家に伝わる英雄王ゆかりの物だったりするのかもしれない。あるいは鎧の内側に何かを魔法石を埋め込まれていてそれが反応しているのかもしれない。
「で、どうしろと……」
まだ、日は落ちていないが随分と傾いてきてあちこちが暗くなってきている。
夜の森は危険すぎる。かといって、レリアは迂闊に触れられないオーラを纏っていて言葉を掛けていいかすら悩む。
彼女を見捨てて逃げるのが判断としては一番なのかもしれない。
砦の外の鎧の数も複数体居ることは確実だ。ガシャンガシャンと最初に聞こえた鎧の音の方向とは別の方から複数の歩みの音が聞こえる。
「報酬を諦めて……がリスクを避けてきた冒険者としては正解なんだろうけど、な」
ショートソードを鞘に収め、砦に残っているブロードソードを手に取ろうとする。腐蝕防止の魔法が掛かっているのか錆びもなくまだ使えそうだった。
小型の魔物相手ならともかく、リビングメイル相手に自分の獲物だとリーチが足りなすぎる。
だが、そんなセイの動きに銀色の鎧の騎士のリビングメイルの一体が動き、彼の行動を阻止する。
手にしようとしていたブロードソードを先んじて手にして、セイに対しては蹴りを入れてくる。
「……げほっ……いきなりか」
慌ててショートソードを抜いて構えるが、セイに対して蹴りを入れてきた銀色の鎧のリビングメイルは何もしない。
ただ、手にしたブロードソードを地面に突き立てて両手で構えているだけだった。
「? 自分の剣を勝手に盗るなってことか?」
セイの言葉に、そのリビングメイルが頷いたように見える。
蹴りを入れてきたもののそれ以上何もしてこないし、居並ぶリビングメイルも特に動きがない。味方と安易に考えたくないが、今の脅威は砦跡に近付いてくるリビングメイルたちの方だろう。
「……ひょっとしなくても王国軍なのか」
砦に居並ぶ銀色の鎧のリビングメイル。その中央にはレリアの姿。
「黄泉の国から戦士たちが帰ってきた、続け! 戦士たち……じゃねんだぞ」
王家の鎧かペンダントか何かに反応したのか、あるいは繰り返され再現される争いの姿の英雄王の位置にレリアが取り込まれたのか、考えを深く巡らせている暇はないが、彼女が正気でないことは確かだった。
彼女の全身を包む青白いオーラは、周りの旧王国の騎士たちと同じで彼女もあちら側に行ってしまったのかと錯覚してしまう。
「衝突は避けられそうもないから、一歩引いて隙を見てレリアを引き離せるか、どうかだな……」
旧王国の騎士たちのリビングメイルはセイには関心をあまり示さないようで、よほどでない限り敵対はしないと思われる。
だが、セイの行動としてこの戦争のリプレイから王の位置に居るであろうレリアを攫うとなると……そのよほどに確実に該当するであろう。
「今なら、逃げられ……そうもないか」
金属の音は周りからしていた。こんもりと盛り上がった土地、この砦跡を囲むように朽ちた鎧を纏った骸骨の兵士達が何体も姿を現している。
「こっちは隣国の兵士か。そしてどちらも魔物……まあ少なくとも生者ではなくなってしまっていてこの数まるでスタンピード……は強引か。そういうこじつけはともかくこの舞台の再現は呪いみたいなものか」
居並ぶ旧王国のリビングメイルを横に、かろうじて残っていた壁石と、崩れて積み重なった瓦礫の上に陣取る。
二階部分跡は比較的平たく、荷物を展開することが出来そうだった。
「戦争を始めるしかなさそうだ」
セイはそういって覚悟を決めた。
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