第19話



 セイの提案で早めの休憩を適当な場所で取る。


 木陰、というかまあ背の高い木が生えているところなので、そこまで考える必要はないがそれでも虫などが居そうな場所は避けて足を止める。


「ふぅ……」


 気持ちがはやって、ペースを乱しがちだったレリアは一息ついていた。


「……レリア、もし用を足しに行くなら目の届く範囲でして欲しい」


「はっ?」


 休憩で水分補給しながら真面目に切り出すセイ。


 レリアは目を丸くしてセイを見る。


 凄く真剣な表情と口調で何てことを言ってくるんだ、この男はと軽蔑するが、セイはいたって真面目に続けた。


「セーフエリアの遺跡から離れた以上、安心できる場所は基本的にないと思って間違いない。もっともそのセーフエリアの遺跡でも交代で休んでいたように油断は出来ない」


「それは解るが……」


「恥ずかしがって距離を取って危ない事態になるのを避けるためだと思って頼む」


「……」


 真面目な話をしているのだが、どうしてもレリアはセイの言葉に頷きがたい。

 真面目な顔をして話しているだけにかえって胡散臭く感じてしまうのだ。


「し、下心はないのだろうな。そ、その男はそういう場面を見て興奮するものも居ると聞いたことがあるが……」


「下心というかスケベ心はある。そして恥ずかしがる姿も非常に良いと思っている」


 セイは正直に答える。普段ならまず言わないような正直さだが、必要なところは晒し出す。相手はドン引きするだろうけど。


「っこ、このっ……」


「軽蔑するだろうが、それでも、少しでも可能性を高くしたい、生き残るために」


「理由は解るが、くうっ……わ、私の無防備なところを狙うつもりじゃあるまいな」


 排泄時は何かと無防備になる。排泄に集中するために咄嗟の事態への反応が遅れることだってある。だから半分は言い分も解るのだが……セイだって男なのだ。そして自分は女なのだ。


「……いや、それは流石に……しない、と思う」


 セイの視線が逸れる。即答せずに躊躇ったのがまた何というかセイもしっかり男なんだとレリアは思った。


「何で即答じゃないんだ……まったく、これだから男という奴は……」


 そういいながら、自分がしっかりと女として欲望の対象として見られていたことに何処か安堵していた。

 ここに飛ばされてからの数日間、良くも悪くも紳士だったから。まあ鎧を脱がしたときに照れたりもあったので、彼が抑えていたということなのだろうが……。


「何が起こるか解らないから……レリア」


 下心があるのも確かだが、防止策があるならレリアを危険な目に遭わせないためにも、軽蔑されても構わなかった。


「……」


 セイの言葉にレリアは顔を赤らめて視線を逸らすと、そのまま立ち上がって茂みの中に入っていった。


水音が少し離れた場所からやがてセイの耳に届いた。



***



「くっ……改めて意識させられると、ものすごく辱めを受けた気になる」


 服装の乱れを整えながらレリアが茂みから戻ってくる。


 彼の指示に従って用を済ませたが、非常に屈辱的な気分だった。顔も熱いし、赤くなっていること間違いないだろう。


「す、すまない」


 セイも気まずそうな表情をしている。それだけでなく何処か落ち着きがないようにも見える。

 音を聞きながら色々なことを考えて興奮したのかもしれない。状況が状況でなかったら飛び掛ってくるかもしれない、などとレリアは考えながら彼の傍へと戻った。


「謝るな。必要だと思ったのならもっと堂々としろ、と言っても無理だろうが……私にこれだけ恥を掻かせるんだ。下心だけでないと表向きにもっと取り繕え、まったく」


 セイの動揺する姿を見ながらレリアが怒る。視線を向けると彼は股の辺りを手で隠していた。


「……っ」


「……」


「そういうところだぞ!」


 レリアはセイの行動に思わず怒鳴り、はっとなって口を押さえる。

 今のところ話し声で魔物が寄ってきたことはないが、辺りに響くほどの声だ。何らかの反応があるかもしれない。


「移動しよう」


 休息場所を定めたばかりだというのにこんな事態になるとは思わなかった。


 セイが間違った提案をしてきたとは思わなかったが、互いに色々溜まっているようで変な反応を引き出すのに十分な刺激を与えてしまったようだ。


「あ、ああ……」


 そう言いながらセイが立ち上がり、辺りを見回す。途中、レリアがしゃがんだ茂みの付近で視線が止まる。


 雫が草に乗って粒になってたり、周囲に比べて水気が多くなっている地面だったりがレリアの方からも見て取れる。


「……お前という奴は……本当に」


「い、移動しようか」


「まったく……」


 今夜の野営にいささか不安を覚えるレリアであった。



***



 その後、野営までは問題なく二人は大深林を進んでいった。

 見られた見たは何とか収まって、元のペースで移動をすることが出来た。

 問題は今度は大きいほうを互いにするということになったということだった。


「……」


「……」


 二人とも用を足した後気まずそうにしている。


「すまない。何というか……うん」


 セイも近くで用を足す恥ずかしさに、自分の提案の不味さに気付いたようだ。ただ、必要なことだけに撤回も出来ないので、しばらくは互いに悶えながら用を足すことになりそうである。男ということで、小の方はそれほど羞恥を感じなかったのだが……さすがに大だと色々と考えてしまう。


「……耐えろ。私も改めて口にされると恥ずかしくて死んでしまいたくなるから、黙ってろ」


「解った……」


 近くで人が居る中、踏ん張るというのはなかなか辛いものがある。二人とも、ならお互い様的な感情処理も出来るのだが、周辺警戒をもう一人が行わないといけないのでどうしても順番に、互いに互いの踏ん張りを耳にすることになる。


 興奮する人も居るだろうが、顔を合わせたときの気まずさが勝った。何より自分の踏ん張りも晒しているだけに、緊張して時間が掛かったのも余計に気まずかった。


「……男女パーティの難しさ、こういうところもあるんだな……」


 野営の為に木の枝を集めながら一人呟くセイ。

 安全と危険。安全な用足しを考慮してたら、パーティメンバーが興奮して襲ってきた、という話を聞いたことがある。


 年頃の男女がお泊りで何日も過ごすのだ。間違いの一つや二つ起こっても仕方ないとは思うのだが、襲われた方はたまったものではない。

 何より、踏ん張りの無防備な瞬間を直接ではないにしろ近くで居られることの恥ずかしさ。男のセイでさえ、ちょっと……と思うのだ。


 レリアの恥ずかしさはもっとだろう。


 騎士として戦いに赴くことになれば、こういう恥ずかしさは捨てなければならない時も来るだろう。だが彼女はまだそういう事態に直面していないのだろう。


「……逆に聞かれることに快感を感じて目覚めるのが居るとかも聞いたことがあるが……ちょっと解るかもしれない」


 セイが用を足して帰った時に互いに顔を赤くして視線を逸らした。


 用足しの踏ん張り、排泄音を異性に聞かれてしまったという事実……戸惑う異性の表情。露出狂のおじさんの気分の一端に触れた気がした。

 自身の恥ずかしさと、異性の恥ずかしがる顔、両方が何かを刺激するのだ。


「気をつけないと……」


 二人ばらばらでこの大深林を突破できるとは思えない。


 変な暴走で仲違いすることは避けなければ、とセイは自分に言い聞かせた。


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