第20話



「ほうほうほうほうほう……これはこれは……ふむぅ」


 セイとレリアの二人が行方不明になってから数日。ディッテニィダンジョンは封鎖され、王国とギルドでの共同調査が進められていた。


 共同調査というものの、今まで問題が起こらなかった、問題なしとされていたダンジョンでの事故だけに、管轄管理をしていたギルド側の立場は弱く、実質王国側が主導権を持っていた。


 何より王国としても次期女王候補の失踪という大失態だけに、何とかしなければと人員を多く割いていた。


「実に興味深い……今までは不稼動ということでそこまで重要視されていなかったこの遺跡でそのようなことが起こるとは……なるほどなるほど」


 今は沈黙を守る石碑の前で興奮する男。サーラにモノクル森の木と言われたアインベルク魔術師団長その人である。

 黒よりの緑色の短髪が印象的で、橙色の目を光らせて、左にかけた片眼鏡で遺跡の魔術機構を観察していた。


「まだ、魔術発動の痕跡はありますが……時間が経っているだけに解析は無理そうですね。発動方向からすると……おそらくは大深林でしょうが、何処かはなんとも言えませんね」


 膨大な魔法回路はぱっとみても解らない。モノクルは優秀な魔道具で簡単な魔法回路の解析は可能だが、それではまったく及ばないような複雑な回路が組み込まれているようだった。ここまで複雑だと分解してもまず解らないだろうし、頑張ったところで救出に間に合うとは思えない。


「ずいぶんとやっかいなものに巻き込まれたようで」


 報告書に上がった天井の光の線。天井を見上げるが今は真っ黒な高い天井しかない。


 モノクルで見てみるもののこちらは単純ながら肝心のところが外部からの情報らしく得られるものはあまりなさそうである。


 石碑からの命令を受け取って光る仕組みだろう。けれど一単位がかなり小さく制御と製造の高度さがアインベルクの心を揺さぶった。


「ここも気になりますが、方向が解っているなら先に仕事を済ませてしまいましょう」


 研究に没頭したいところだが、そうもいかない。

 実に残念だと後ろ髪が引かれながらも調べるものは調べ終えたと外に出る。


 ばさりとマントを翻して、アインベルクは遺跡を眺める。


「ことが片付いたらまた来たいものですね、くっくっくっ……」


 遺跡に向かって宣言するように呟く。


 それから杖を取り出して、下で調べた魔術発動の痕跡方向を調べた。

 今は沈黙しているとはいえ、強力な魔術回路の中だ。通常の魔法自体が阻害されるようなことはないそうだが、わざわざ精度を落として探知魔法を使うこともない。


 遺跡だけでなく、ダンジョン自体も大きな魔術回路みたいなものだ、中でわざわざごちゃごちゃするよりも外に出た方が影響が少ない。


「……ダンジョンの魔術残滓からやはり大深林で間違いはなさそうですね。探知版をここに……」


 王族に持たせた特殊な魔道具を探知する板。魔力を多く使う上に全方向を探知しようとすると距離がかなり制限されため、先に魔術の残滓をアインベルクは調査していたのだ。

ぼうと淡い光を帯びる探知版。方向を定めて何度か探知の魔法を発動させる。


 鎖の先に魔法石をつけた、ペンデュラムを右手に持って垂らし探知版の上で反応をさせていた。

 何度か、探知版の光が強くなってだんだんとアインベルクの表情が険しくなっていく。

特殊な魔力の波動を力技で飛ばして反応を拾うということで、アクティブソナーのようなものらしい。


 力技というだけあって範囲を狭めて飛ばしたとしてもかなりの魔力を消費する。


「……ここか、随分と遠い」


 汗を掻きながら、ようやく返ってきた反応に安堵する。


 魔力の波動を送ってから反応が返ってくる時間からしておおよその距離が解るが、方角が大深林ということもあって、それがどれだけの精度のものかは解らないがともかく、下での解析に間違いはなかったことにアインベルクは安堵していた。


「地図を持ってきてください」


 調査に随行する兵士が持ってきた周辺の地図を見つめるアインベルク。


「おおよその距離からすると……ガルム古戦場跡近くへ向かっているのかもしれません」


 最初に遺跡の魔力残滓を観測して推測される方向とは、少々ずれている。おそらくレリア姫は脱出するべく大深林を移動しているようだ、とアインベルクは考える。


「そのままの方向で移動するなら……街道沿いのこの町辺りでしょうかね。無事に姫様が辿り着けるかは解りませんが、ともかく迎えの兵を向かわせましょう。サーラ姫様にもその様に報告を上げてください。私もこのエルデンハイムの町に向かうことにします」


 指示を出しながら、周辺地図の大部分を覆う大深林の広さに溜息を吐くアインベルク。


 食料や水の確保の困難さを考えると、エルデンハイムに辿り着けるかどうか解らない。

 捜索に行きたくても、魔物の多い大深林を切り開いて向かうには戦力が心もとない。


「……良い報告は……」


先の言葉を飲み込んでアインベルクは移動すべく指揮を執った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る