第17話



「さて……そろそろ話してもらおうか」


 結局、検証という名の嫌がらせは昼の時間まで掛かっていたようだ。どうりで吐き気と戦う時間が長かったはずだ。ただ単に実際長かったというだけのことだったのだ。


 レリアは鎧を装備して乱れを整えていた。

 酷い目にあったことで疑いと恨みの目をセイに向けている。当然のことといえば当然だろう。


「解った、体調は……大丈夫なようだな」


「おかげさまで、なっ」


 レリアが吐き捨てるように言うがセイはすまなそうにするもののそれ以上は踏み込まない。

 溜息を吐いて、彼女はセイに話すように促した。


「……この大深林は濃い魔素に覆われている。これは……さっきも体感したので解ると思うが、実はこのセーフエリアも例外じゃない、無論周辺に比べて濃さは緩和はされているが。おそらくだが結界の維持に消費されていて軽減されているんじゃないかと考えている。それでもここに来る前のダンジョンより濃い魔素だと俺は感じるんだが、レリアは鎧の効果で影響が軽減されているからそこまで感じないし平気なのかもしれない」


 辺りを見回しながら、説明をするセイ。遺跡が原形を留めるほど無事なのもその為じゃないかと予想される。


「この森の魔素は人に対して毒にも薬にもなりうる存在だと思う。レリア、俺が何度もこの指鳴らしの火付けに疑問を持っていたことを知っていると思うが。そもそも君に鎧を脱いでもらうときにも威力が上がっているんじゃないかという話をしたし……」


「……ああ、そうだな」


 そういいながらもその後の恥ずかしい遣り取りのほうに意識を奪われてしまっていて、指摘されてそういえばそういう話をしたなくらいの記憶だった。


「ただ、憶測だけで色々話すのは混乱を招くと思って黙っていたんだけど……」


「違うだろう、そういうことに関してまったく私を当てにしてない。自分だけで考えたほうがしっかりとした答えに辿り着ける、そう判断したのだろう?」


 セイの言葉を否定するレリア。それに対してセイはしばらく沈黙して考え、そしてレリアの言葉を肯定する。


「そうかもしれない。……正直、もっと残酷なことを言おうとしている……罵られることは覚悟している」


「もっと酷いこと……ははっ……」


 セイの言葉にレリアは乾いた笑いで返す。自分の無力さを自分で口にすることよりも酷いことを構えているなんて、本当に最低だ。何なんだこの男は。


「確認の為に話すけど、この指鳴らしの火付けが、ここで過ごすにつれて威力が強くなっている。……おそらくは大深林の濃い魔素の影響じゃないかと考えている。でだ、魔素とは戦いによって身体に馴染んで力となるものの元だと俺は考えている。本来なら討伐など実際に魔物と戦い倒したときに得られる力の要素の一部だと思っているのだが、この森においては過ごしているだけでそれが身体に取り込めている、と考えた。ここに来てから俺は一度も戦っていないが、確実にこの火付けの魔法の火力は上がっている」


「……寝ているだけで強くなれる、極端に言えばそういうことか」


 セイの言わんとすることを解釈するレリア。


「そうだね、そう考えてもらって構わない。で、その魔素の影響は魔法だけではなくて、身体の疲れの軽減……おそらくは強くなっているから疲れにくくなっていると考えているんだが……」


「もしかして……」


 疲れの軽減……一方的な気遣いは不要と怒ったあの時、彼は自分より全然疲労を感じていなかった、そういうことなのだろう。


「そう、君をゆっくり寝かせられたのはそういう理由なんだ」


「……」


「そこで、レリア、君の変化を確かめようとした。魔素の影響、鎧の軽減効果、そして鎧を纏わずに魔素の強いところに飛び込んだときの反応……どれを取っても残念な結果だった」


「残念か……」


 あの仕打ちをこうもさらっと言ってしまうとは何というか、酷い。だが、変に誤魔化されるよりはずっといいとレリアは感じていた。


「ここを脱出する場合、君は付いてこれない可能性が高い。装備に疲労軽減が付いているもののこの魔素の影響下で強化された俺には及ばない。それだけじゃない。鎧を脱いで魔素に晒された時の反応から考えるに、俺の真似をしても同じように強化されることはなさそうだ。条件がいい加減だし鵜呑みにしないほうがいいと思うが、この大深林の魔素との親和性、馴染み易さの違いかもしれない」


「……」


 同じように過ごしていても自然と差がついてしまうとは、本当に酷い話だ。ずるいといったところで誰かが訂正してくれるものでもないだろうし。

 個人の資質と切って捨てればそれまでの話だ。


「けれど、その魔素の影響は当然ながらこの森に存在する魔物たちにもあると考えている。同じように影響の大小はあるとも思う。この周りに目立つ魔物がいないのは濃すぎる魔素に耐えられる存在が数少ないため、じゃないかと」


「逆に耐えられる存在が居たら……」


 レリアがごくりと唾を飲む。


「逃げ、一択だろう。適応している存在がこの森の魔素を取り込んでどれほど強くなるか、想像もつかない。ただ、最初に見かけた泥人形の魔物のように耐えられるのと、魔素を取り込んで強くなるのとは別だとは思う」


「耐性と、吸収力、吸収限界はそれぞれ違う、ということか。ふむ」


 レリアは顎に手を上げて考える。セイは頷いてレリアの言葉を肯定した。


「そうは言ってもにわかに自分が強くなったところで魔物には叶わない可能性が高い。そもそも俺の聞き得た知識からして大深森の魔物は他の場所よりも強いという話しだし。……となるとだ、一人での野営も無理があると考える。で……」


 セイが口を噤みレリアの方を見る。


「……」


「…………」


「本当に酷い話しだし、本当に身勝手な話だ」


 口に出来ないセイに変わってレリアが口を開いた。

 なんらのレリアの救いも希望もない話。


 彼のペースに付いていけないことは間違いないし、足手纏いになりうることは確実だが、野営人員が欲しいので死ぬ気で付いてくるんだ。ああ、野垂れ死ぬかもしれないな。何か起こっても、助けられるかどうかは微妙だ。そういうことを告げているのだ、彼は。


「だが、総ては推測にすぎない。そうだろう」


 鋭い目でセイを睨みつけるレリア。


「……そうだな……」


 お前の言うことを信じない、ただ付いていってやってもいい。レリアの言葉はそういう意味だろう。何という男前な騎士なのだろうか。


「悪戯に検証に時間を掛けても何の希望にもならないのなら、進むべきだと思う。違うか?」


「……進むべき、か」


 セイはレリアの言葉を噛みしめる。今の手持ちの食料と水を考えるとあまり時間の猶予はない。疲労の蓄積も考えると決断は早いほうがいいと思われる。


 レリアの方はレリアの方で、先見の言葉を信じてきたのだから、これくらいの試練は乗り切って見せるべきだという思いがあった。新たな女王の誕生という話だが必ずしも自分のことを指している訳ではない。もしかすると自分はここで力尽きて妹のサーラが新たな女王になる、という意味かもしれない。


 それでも、レリアは躊躇うより進みたい、と願っていた。


「ただ待つのは性に合わない。進もうじゃないか、大深林を抜けるために、なあセイ」


 こんな状況でレリアは笑っていた。セイに笑顔を見せつけていた。

 こんなことを口に出来る、私は何もかもお前に負けているわけじゃないという意地なのかもしれない。


 蛮勇だと人は笑うだろうが、セイにとって彼女のその姿勢、その笑顔はとても輝いてみえて眩しかった。


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