第16話
「くっ」
無限に思える時間の後にだんだんと吐き気がおさまってきた。もう胃の中からは何も出ない。
セイはその間ずっと傍で居てくれたが、決して助けてはくれなかった。
セーフエリアの方に移動しようとすると、もう少し、もう少しだからと押し戻すくらいなのだ、助けるどころの話ではない。
「はぁっはぁっ……」
ようやく落ち着いてきたところで、レリアは身体を起こしてセイを睨みつける。涎や胃液でくしゃくしゃの顔を見られることなどもはや些細なことだ。こんな仕打ちをしてきた男を殴ってやらねば気がすまない。
「セイ!」
怒りの勢いで彼に食って掛かる。
「ようやく落ち着いてきたか……これを飲むといい」
だがセイはそんなレリアの抗議の叫びに怯むことなく飲み物を差し出してきた。何時の間に用意していたのか解らないが、木のコップに入った液体を差し出してきた。
見た感じ、特に色もついていなくてただの水のように思える。
「何だこれは」
「ハーブ水だ。いかがわしいものは入っていない」
「何だ、いかがしいものとは……まったく、私をここまで辱めておいてなおも取り繕うとするとは往生際が悪い」
余計な一言を添えるセイに怒りを殺がれるレリア。
「……そんな軽口が出るなら大丈夫みたいだね」
拗ねるレリアに笑ってみせるセイ。その笑顔にちょっとだけときめいた気がしたレリアだが、直前の鬼畜の所業を考えるとあっというまにそんなものは霞んでしまった。
「まったく……」
ミント系統のさわやかな飲み口。ほのかに甘みもつけてあって飲み易い。空っぽになった胃に染みる。
「で、何が解ったんだ……ここまで恥をかかせる価値があるものなのだろうな」
「……その、まだはっきりとはしないんだが、価値があるかどうか詰められるとおそらくはあるといえばあるし、ないといえばなくて……その、状況的には非常に宜しくない」
セイの視線が外れる。自身が口にしたようにこれから話すことはレリアにとって非常に酷なことなのだ。
「非常に宜しくない、だと?」
ぴくりとレリアの片眉が跳ね上がる。ここまで屈辱的な仕打ちをしておいて何の成果も得られませんでしたとか言うことはないだろうが、奥歯に物が挟まったようなはっきりとしない物言いに怒る。
「落ち着いて……今の状態はどう? まだ吐き気はある?」
首根っこを掴んできそうな勢いでせまるレリアを宥めながらまた質問をしてくるセイ。
レリアは、その質問に少し考えて自ら確かめるように身体をまさぐってから答える。
「吐き気はないとは言わないが大分治まった。だが、まだ頭がくらくらするし、身体も気だるいな」
セイの質問に真摯に答えるレリア。
「そうか……もう少し様子を見たいところだが、負担も大きいようだし引き返そうか。そこで話をしよう」
レリアの答えにセイは一思案して戻ろうと提案してきた。
「……本当に話してくれるんだろうな」
信用ならないとまでは言わないが、セイの思わせぶりな態度はやはり腹が立った。
自分の尊厳をここまで傷付けられたのだ、せめて納得のいく答えを貰わなければ、またはぐらかすようなら……と剣に手を掛ける。
「話す、話すから、剣に手を掛けるのやめて欲しいんだけど」
レリアの動きにぎょっとして慌てるセイ。
「解っているなら構わない」
二人は再び遺跡のほうに戻っていった。
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