第15話



「こ、この辺りでいいか?」


 先程までの勢いは何処に行ったのか恥ずかしがりながら辺りを見回す。


 辺りは樹高が高い木が多く薄暗いものの見通しは良く思ったより遠くまで目が届く。


 昨日までの探索でセイと二人きりということは解っているものの、もしかして誰かに見られていないか心配になっているレリア。


「そうだね。この辺りがセーフエリアの境界みたいだし、そこら辺りで脱いで境界の外に移動しようか」


 レリアの動揺を意に介さないかのように平然としているセイ。


 彼の方がセーフエリアに対して敏感なので、そうなのかとだけ返すレリア。


 自分の考察に夢中になって周りのことを気にかけないようなタイプなんだろうか。そういえば魔術師団長も似たような傾向があったなと思い出す。

 研究職にありがちな傾向なんだろう、たぶん。

 あのいかれた魔術師と話が合いそうな気がする、と詮無いことを考えるレリア。


 周りの目のことを気にしていたが、そもそもセイという男の前で脱ぐということに凄く緊張してそういうことでも考えないと逃げ出したくなっていたのだ。


 かちゃかちゃと留め金を外して鎧を脱ぐ。


「……」


 セイは少し離れたところで辺りを警戒しているようだった。こっちを覗いているようだったら何を見てるんだと怒ってやろうかと思っていたが、肩透かしだった。


 覗いて欲しいわけでないが、何というか女としての魅力を感じていないのかと思うと悲しくもある。


 それに自分の方だけ緊張してドキドキしているのも何か悔しい。


「どうだ?」


「……うるさい、もう少し待て」


 かと思うと、音でレリアが鎧を脱いでいることを察したセイの催促に驚く。咄嗟に怒りで返してしまう。


「うら若き乙女に鎧を脱ぐように命じて、どうだ、などと聞く男など何処に居るというのだ、まったく」


「……すまない」


「ふん……まあいい。でそっちに行けばいいのか」


 レリアは鎧を脱ぐと何か少し息が苦しくなった気がする。鎧に付与された各種効果が切れた結果なのだろうか。


「ああ、この辺りまで来てくれると助かる」


 ちらりとレリアの姿を見て、目を逸らすセイ。自分から頼んだこととはいえ鎧を脱いで薄着になったレリアを見て、とんでもない事を命じていると今更慌てているようだった。


「す、すまない……その、何だ。すまない……」


「……今更そっちが恥ずかしがるな……本当に仕方がない奴だ」


 レリアが呆れてそう反しながらセイが指定した場所まで歩いて移動する。が、境界を越えた辺りで急激な吐き気が襲ってきた。

 鎧を纏っていた時には感じなかった濃密な空気……これが彼の言っていた濃い魔素というものなのだろうか。


「うぇっ……くっ……」


 このままだと不味いとレリアがセーフエリアの方へ踵を返し戻ろうとしたところセイが立ち塞がってきた。


「苦しいのかレリア。だが少し耐えてくれ……頼む」


 しれっととんでもない事を言い放つセイ。さっきまで恥ずかしがっていたのは何処へやら肩を掴まれて境界の外へと押し出される。


 騎士として鍛えているので、何とか押し切って戻ることも出来そうだが、境界の外の魔素によるものだろうか、吐き気が出てきて力が入らない。


 このままだと無様な姿を……いや、鎧を脱いで薄着になっているので既に様にはなっていないのだが、この男の思惑通りになってしまうのが悔しかった。


「うっぷ」


 そういう思いを無視して濃密な魔素の空気は容赦なくレリアに吐き気を催させる。胃の中から突き上げてくる衝動についに耐えかねて彼女は膝をついて上体を倒してしまった。


「うあっ……ううっえっ……」


「ごめん、でも必要なことなんだ。もうしばらく耐えて」


 背中を摩りながらセイが容赦ないことを命じてくる。抗議したいが、吐き気に負けて言葉を口に出来ない。


 四つん這いになって、胃の痙攣と戦っているだけで精一杯である。


 セイは、レリアのそんな様子に罪悪感を覚えつつも、もういいとは言わないで謝りながら背中を摩り続けた。


「うぇっげぇぇっ」


 朝食べた携帯食をぶちまけて、なおもくる吐き気に悶える。あまりの吐き気に頭もぐるぐると酔った様に感覚がおかしくなっている。


 この状態だと、何をされても抵抗できまい。


「うえっ……うあ」


 レリアは四つん這いになって、胃の痙攣と戦っているだけで精一杯だった。セイはそんなレリアの傍で周りを警戒しながらも、彼女の吐き気が治まるか、危険な領域に踏み込まないか神経を尖らせながら見守り続けた。


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