第6話 名前を呼ぶから
男女2人きりの部屋。
まあ、一階には母がいたりはするけれど。
抱きしめられて、私は自分の手のやりどころに迷ってて。
でもあんまりにも智紀がぎゅって抱きしめてくるからこのまま後ろに倒れそう。
「・・・彼氏いない、でも、このままじゃ倒れる」
「ほんと?いないの?」
いない、って言ったら余計にぎゅってしてそれから少し離れて、私の顔に手を触れる。
この流れはだめだ。
このままじゃ流される。
このままじゃ・・・・
「だめ」
私は慌てて智紀から顔を逸らした。
あれは私でもわかる。キスされる流れだ。
「久しぶりに話して、思い出話して、懐かしんで、盛り上がった流れでそれは無い」
こんなの、同窓会で復活愛したカップルと変わらない。
私は何のためにこの気持ちを隠してきたのか、わからなくなる。
私の気持ちはどうなるの?
「は?今の流れは絶対キスだった。
てか、理菜、言い逃げは無し。俺も理菜が好き。」
さらっと私に「好き」の一言を言った智紀の顔は拗ねているように見える。
「彼氏いないなら俺の彼女にする。」
智紀のその声にドキリとした。
抗えないかと考えたが、瞳に溜まっていた涙が頬を伝った。
***
「高見って、河上の何?」
中学生の時、智紀の彼女になる前のふぶきから言われた。
「なんで河上は高見のこと『理菜』って呼ぶの?付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「付き合ってないよ。」
「ふーん、そっか。じゃあ私、河上と付き合っていいよね。」
「そりゃ2人がいいならいいんじゃない?」
「いいんだ。てっきり高見は河上が好きかと思ってたよ。
私も河上に名前呼びされたい。
最近沢山喋ったりメールしてるけど、名前呼びしてくれないもん。
でも、2人が付き合ってないなら良かった。
私、河上のこと好きなんだよね。」
ふぶきはそう言って私の近くを離れていった。
ふぶきは可愛い。頭も良くて、スタイルもよくて、智紀と一緒に学級委員をやってるのはお似合いだった。
仲も良さそうで、2人が笑いあってる姿はよく見た。
でもあの時、「私も好きなんだけど」「私も付き合いたいんだけど」「私の方がずっと一緒にいたのに」とか言えば、未来が変わっていたのだろうか。
あの時、「理菜」呼びは特別なんだと思った反面、それが原因で智紀とふぶきの関係が壊れるかもしれないと思ったら、身を引いた方がいいと思ってしまった。
***
流れた涙は智紀に拭われて、自然と手をつないで落ち着いて話を始めた。
「え、それも原因?それで俺から離れたわけ?」
「彼女持ちが彼女以外を名前呼びしたら誤解されるでしょ・・・」
「ちょっと待て理菜、俺、大橋とはわりとすぐに別れてるよね。
ずっと俺を避ける理由無くない?」
「・・・・あんたこそ自覚ないわけ?
智紀のこと好きな子、他にもいたよ!
A組の○○も、D組の○○だって!
大体卒業式の日にだって5人から告白されてたじゃん」
「え?なんで理菜がそんなこと知ってんの?俺はあの日、理菜のこと探してたのに!」
「探してたなんてよく言うよ・・・。
制服のボタン全部剥ぎ取られてたの見てたんだから。
大体ね、私が見た時にはもう既に第二ボタンは無かったじゃん。」
私がそう言うと智紀は私の顔をグッと自分に近づけて「ちょっともう言い訳いいから口塞ぐわ。」と言って私に口付けた。
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