第5話 好きで、
20歳になってまで、誰かに詰められて涙を流すなんて思っていなかった。
バイト先で上手くいかなくても、お客さんから酷いクレームがあっても平気なのに彼の前では上手く話せない。
「理菜は俺の事嫌い?」
智紀のその言葉に慌てて首を振った。
「・・・・・嫌いなら、家に上げないよ」
やっと言葉を振り絞って言った。
「ほんと?」
「うん。私・・・・」
私、智紀が好きだった。
・・・・今も、胸の奥が苦しくて仕方がない。
なのに、喉の奥で詰まって出てこない。
今でも忘れられない。好きで苦しくて。
「私・・・・」
私、智紀の話ちゃんと聞いてない。
「彼女できた」報告のあと、ずっと上の空で。
私は優しくなんて無いのに。
嫉妬して、気不味くて、そんな自分も嫌で・・・。
「・・・・ごめんね・・・」
やっと出た言葉は、言い訳より謝罪が先立った。
智紀が私の手をそっと撫でた。
それから、私の手を取って両手で包む。
「やだ。俺、許さない。」
ですよね。やっぱりそうですよね。
避けるなんて態度とったらそうなりますよね。
でもそうやって私の手を大切そうに撫でるのを辞めてもらいたい。
罪悪感と緊張でクラクラする。
「・・・許さなくていいから・・・
私は話すことないし・・・もう帰って。」
私の馬鹿野郎。
心の声とは裏腹に、私は言った。
もういっそ、私を嫌いになって忘れて欲しい。私の名前を呼ばないで欲しい。
・・・・そうしたら、私もいい加減に諦める。
「やだ。まだ帰らないよ。許さないとか思ってないし。」
「・・・私は・・・っ」
「俺さ、こんなに理菜に執着してる。
俺が納得できるまで諦められないんだよ。理菜のこと。
本当はもっと早く話したかった。でも理菜にこれ以上嫌われたくなくて、避けられたくなくて・・・!時間が経ったら話せるかもって思って・・・」
私を真っ直ぐに見つめている。
・・・・もうダメだ。
「・・・・好きなの」
この瞳からは逃げられない。
そう思って小さな声でぽつりと呟いた。
泣きたくないのに目からは涙が溢れ出る。
こんなことで泣きたくない。
避けてきたのも自分のせいなのに。
目の前が涙でぼんやりしている。でもそれのおかげで智紀の方に顔を向けることができた。
「・・・ずっと、好きで・・・智紀が・・・。
昔からずっと、なんなら今でも・・・。
でも、言えなくて・・・。
中2の時、ふぶきちゃんと付き合ったって聞いた時・・・すごくショックで悲しくて・・・
でも、智紀が選んだんだから応援しなくちゃって・・・
でも・・・素直に応援できなくて、二人見かける度に泣きそうになるし・・・泣いてるところとか見られたくないし・・・まともに顔もみれなくなって・・・・・それに・・・」
ここまで言葉を紡いだ時、「ごめん、やっぱ諦められない。理菜のこと。」と言って触っていた私の手を離してグッと自分の方に引き寄せた。
私は顔の近さと背中に温もりを感じて抱きしめられたことを感じた。
「ずっと虚無感あったんだ。
大橋と付き合って、彼女できて幸せなはずなのに満たされない感じ。
理菜と話そうって思っても避けられるし・・・」
「・・・なんで私に話そうになるのか全然わかんないよ・・・」
「理菜、覚えてないの?」
「え?」
「理菜はいつも、俺の話いっぱい聞いてくれたじゃん。理菜は俺の大事な話を人に言いふらしたり、茶化したりしないじゃん。
・・・俺はね、小さい頃から理菜のそうゆう所に救われてたんだ。」
「・・・他人が他人の話するほど拗れるものよ」
私はふう、と息を吐く。
抱きしめられた温もりに落ち着きを感じながら。
「・・・そろそろ離して」
「もうちょっとぎゅってしてたい。」
「・・・困るよ」
「・・・え、ごめん。そうだよね。理菜可愛くて我慢できなくて。
彼氏いたりするかもしれないしね。」
彼氏いたら家に上げないって。という冷静なツッコミが入れられるほど、私の心は落ち着きを取り戻していた。
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