第31話 一欠片の太陽
「ではどうする? もうこれしかないのだ。それに私が腕を失ったら、お前に看護でもしてもらおうか。そういう生活も悪くはない」
「ふざけるな! だったら俺がやる! 男なら腕を一本なくしても勲章だ!」
特攻役に立候補するも、マスターの時と同じ理由で却下される。だからといって、黙って見送ったりもできない。
やがて一人では対処しきれない里穂が悲鳴を上げる。ゼードの右腕による攻撃を、直撃ではないといえ食らってしまったのだ。彼女の窮地を救うため、千尋は手榴弾を持って走っていく。
「クソッ! 宝石さえあれば……!」
「新……」
隣で慰めるように新の肩に手を置いた祐希子が、急に「あれ?」と不思議そうな声を出した。
「どうした?」
「ええとね……なんか見慣れた車がこっちに来るような……あっ! あれ、もしかしてお祖父ちゃん!?」
「あの源三郎とかいう爺さんか!? どうしてここに――っていうか、タイミングが悪すぎる!」
引き返させようと新は車に向かう。途中で止まった車の運転席から例の中年のメイド女性が姿を見せた。
「祐希子お嬢様。源三郎様をお連れしました、ウフフ」
相変わらず動作がいちいち意味ありげだが、祐希子曰くそういう人らしいので気にしないでおく。
後部座席からは源三郎が降りてきて、挨拶もそこそこにメイドへ敵と戦うように告げる。
「爺さん、ボケてんのか! 普通の人間が妖魔と戦えるわけがないだろ!」
「問題ない。彼女は普通ではないからの」
源三郎の言葉に呼応するように、メイドの足首がカパッと開いた。ありえない角度に足が曲がり、本来あったはずの場所には代わりに銃口みたいなものが体内から出てきた。
顔に無数のハテナマークが浮かんでいるだろう新の前で、中年メイドは足からジェットを噴射して地面と水平に飛んで行く。
慌てて新はメイドから視線を逸らした。先ほどのままでは、スカートの中身が見えてしまう可能性があったからだ。源三郎と違って、目を輝かせて凝視する趣味はない。
それに中年メイドの下着云々よりも、真っ先に確認しなければならないことがある。
「あれは一体何だ! 何の冗談だ!」
「冗談ではなく事実じゃな。一般人からすれば退魔士なる存在も冗談みたいなもんじゃからな。自動人形がいたところで気にせんじゃろ」
「そういう問題じゃ――オートマタ?」
「自動で動く人形のことだよ。お祖父ちゃんは古くから続く人形技師の家系なんだ」
混乱しっぱなしの新に、源三郎の孫でもある祐希子が事情を説明してくれる。驚いていないので、彼女も中年メイドの正体を知っていたのだろう。
「よくできておるじゃろ。先に逝った婆さんも含めてのう」
「どうやら本当っぽいな」
「嘘は言わん」
「で、どうしてここへ来たんだ。まさか超能力で祐希子の窮地を知ったとか言わないだろうな」
そのまさかじゃと源三郎は笑う。
「超能力ではないがな。似たようなものじゃ」
「どうせ事務所内の隠しカメラだろ」
「まあの。それだけ祐希子が心配なのじゃ。……調整が必要になるやもしれぬしの」
「調整……って、まさか……」
新に見られた祐希子が、悲しげに微笑する。
新が絶句する中、源三郎が祐希子の意思を尊重した上で事情を告げる。
「幼い頃、祐希子の両親が事故死した話はしたの。そこにこの子もおったのじゃよ。瀕死でな、医者に助からぬと言われたよ。悪魔の所業だとは思った。けれどワシは孫娘の命だけはなんとしても救いたかった。火の消える直前であろうとも、祐希子はまだ生きておったのじゃから。そこで家に連れ帰り、肉体を補佐させるための機械を埋めたのじゃ」
「アタシはオートマタじゃなくて半人造人間。でもさ、筋力とかは普通の人間と変わらないんだよ。改造してくれたなら、そこらへんも考えてくれていいのにね!」
さほど長くなくとも、同じ事務所内で生活してきた新だからわかる。同情されたくなくて、努めて明るく振る舞っている。だからこそ、こちらも変に言葉を詰まらせるのはやめようと決める。
「まったくだ。乳も尻もバインバインにしておけば、今頃は金持ちの親父どもを騙せていたものを」
「だから! 何度も言ってるけど、アタシはそれなりにおっぱいあるの! っていうかバインバインでも金持ち騙したりしないし!」
「そうか。残念だ」
「何でだよ!?」
ポカポカと叩こうとする祐希子を左手で押さえ、新は新しい質問を源三郎にする。
「爺さんが人形技師なのはわかったが、よく人間と機械を融合できたな」
「残念ながらワシの技術では無理じゃった」
素直に暴露した源三郎は遠い目で空を見る。
「途方に暮れていた時、一人の男が尋ねてきたのじゃ。これを使えとな。差し出されたのは黄金に光る宝石じゃった。それが祐希子の中にある。同時に受け取ったのは、お前さんに渡した淑女の涙じゃ」
「祐希子はそれも知ってたのか?」新は尋ねる。
「高校に入った時かな。お祖父ちゃんに全部教えてもらったんだ。だからかな。あの家にいると、自分は機械だって強く認識しちゃって辛いんだ……それが一番なんだけど、でもね、前に新に話した理由も本当だよ」
涙ぐんだ祐希子に、申し訳なさそうに源三郎が頭を下げる。
「教えるのが少し早かったのかもしれん。じゃが高校生ともなれば、異性へ想いを抱くのも本格化してくるじゃろう。取り返しのつかない事態になる前にと思ったのじゃが……」
「大丈夫だよ。伝えられた時は恨んだりもしたけど、離れて暮らしてるうちにお祖父ちゃんの気持ちもわかるようになったんだ」
「そうか。一人になる時間も必要と思い、あえて連れ戻さなくてよかったわい。錦鯉さんにはお礼を言わねばならぬな」
「やめてくれ。俺は家出娘を一人居候させてやっただけだ」
口端を軽く上げて、祐希子の頭に軽く手を乗せる。
「それに機械だろうが人間だろうが、祐希子という存在に変わりはないだろう。何か問題でもあるのか?」
「ないっ!」ひまわりのような笑みが祐希子の顔に咲いた。「アタシはアタシだよ!」
「ほっほ。孫娘の輝かしい未来を守るためにも、ここはひとつ爺が頑張らせてもらうとしようかの。そこの人、手伝ってくれぬか」
指名されたマスターがライフルを所持したままで駆け寄る。トランクを開けた源三郎が、中の物を下ろしてくれと頼む。
新と祐希子も手伝いに行くと、そこに組み立て式の武器があった。
「これは……ガトリングガンですか?」
マスターの質問に源三郎が頷く。分解されているのにひと目で見抜くあたり、さすがは元ヤクザである。
「ワシの自作じゃ。妖魔にも効果のある銀の弾丸を使う。こいつなら、さすがにあの化物妖魔も倒せるじゃろ。撃つのは君に任せたい」
「わかりました。新さんは祐希子さんと一緒に店の地下に避難していてください。あそこは万が一のためにシェルターとなるよう作ったのです」
雰囲気の良いバーかと思っていたら、実態は銃すら隠し持つシェルターつきの小さな砦だった。普段なら笑えないが、今の状況であれば有り難い。
だがいくら宝石がなくて力になれないとはいえ、他の人間が戦っているのに逃げたくはなかった。素直に言うと、源三郎が新の肩を両手でがっしり掴んだ。
「君には祐希子を守ってもらいたいのじゃ。祐希子の体内にあるのは一欠片の太陽。堕石と対をなす天石と呼ばれるものじゃ。仮に祐希子が殺されて、その存在を知られたら大変なことになる。妖魔には扱えぬとはいえ、天石の魔力は凄まじい。奪われて解析なんぞをされたらたまらん。天石は堕石よりも見つからんと言われておる。長い年月を生きてきたワシでも、祐希子の中にある一つしか知らん」
恐らくだが、妖魔は天石を持っていないだろうとも源三郎は付け加える。それだけに奪われ、解析されて使用する方法を見つけられたら退魔士たちは手も足も出なくなるとも。
「一欠片の太陽の持つ膨大な魔力が、祐希子の肉体に機械を馴染ませ、いわば新たな命となってくれたのじゃ」
「ということは、強引に奪われたりすれば……」
「祐希子の命は尽きる。孫娘の心臓を動かしているのは、間違いなく一欠片の太陽じゃ。理解したのなら、早く祐希子を連れて避難してくれ」
しかし、わかったと新が応じる前に局面が動く。里穂が切り裂いたゼードの脇腹へ、千尋がピンを抜いた手榴弾を持った手を強引にねじ込んだ。
「姉貴!」
「私とて、何もせずに手を失うつもりはない!」
里穂が事前に苦無で切り裂いていたおかげで、手の抜き差しがスムーズに行えた。慌てて千尋が飛び退くと、ゼードの内部で手榴弾による爆発が生じた。
ダイヤモンド弾の威力で取れかかっていた左腕が、この衝撃で地面に落ちる。右腕一本となったゼードだが、それでもまだ力尽きない。
「コイツ、タフすぎだね! どうやったら死ぬんだい!」
「里穂、言い忘れていたが、さっきから言葉遣いが素に戻ってるぞ」
「マジでぇ? 里穂、超ピンチって感じィ」
口調を外見にお似合いのギャル風に戻すが、遠目からでもはっきりわかるほど里穂の顔には冷や汗が浮かんでいる。
千尋の玉砕覚悟の手榴弾攻撃でも駄目だったのだ。物理的な攻撃で倒すのは不可能かもしれない。
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