第30話 お守り

「ゴーストクライシスの指示で、新を監視することになってね。事務所近くにバーが開店したのは好都合だったよ」


「俺を監視? どういうことだ」


「理由はその銃さ。どこの組織にも属してないのに、威力抜群の得物を持ってる。妖魔の味方になったりはしないだろうけど、念のためってやつだね。あとは仲間にできそうならってところだよ。こっちはこっちで新しい生活を楽しんでたから、任務なんてほとんど放棄してたも同然だけどね」


 里穂の素性をまったく知らなかったのだから、新は勧誘を受けた経験がなかった。嘘は言っていないと判断して納得する。


「ゴーストクライシスも外れを引いたな。とんだ不良くのいちじゃねえか」


「そりゃそうさ。元はレディースの総長だったんだからね」


 ニヤリとする里穂の補足説明を、真顔で千尋が行う。


「言い寄った男どもを片っ端から血祭に上げるような女でな。手が付けられなかったぞ。遊び半分で暴走族を潰して回ったりもしてたな」


 聞けば聞くほどゾッとする武勇伝である。ジュエルガンを所持していても、新は普通の人間。千尋と互角の元レディース総長に絡まれたら、ただでは済まない。


「とうとう新にも正体がバレちゃったか。マスターは薄々気づいてたみたいだけどね。で、どうする? まだ里穂に童貞食って欲しい?」


「お金ないんで遠慮しときます。それに最初の相手は普通の人間がいいんで」


「どういう意味だコラァ!」


「ひいい! 姉貴! 猛獣が檻から出てんぞ。なんとかしろ!」


「生憎だが無理だな。その肉食獣は始末に負えない」


 ここで当の里穂から、衝撃的な発言が飛び出す。


「誰が肉食獣だ! 里穂はまだ処女だ!」


 売り言葉に買い言葉的な感じで暴露してしまったらしく、慌てて両手で口を押さえるも、もう遅い。しっかりと場にいる全員が聞いた。耳に出来ていないのは、いまだ地面を転がり回っているゼードくらいなものだ。


 コホンと軽く咳払いをして、新は里穂に近づく。


「俺でよかったら相手をしてやるぞ」


「童貞に上から目線で言われたくないよ!」


「そうは言っても、姉貴と同い年だろ? それで経験がないってのはなあ」


「悪いのか? 私も処女だぞ」


 新たな衝撃の事実が、千尋の口から発覚した。


 何故か勝ち誇る里穂。そして自分も処女だと顔を赤らめて張り合う祐希子。


 新たちがアホな会話をしている間に、気がつけばゼードも立ち上がっていた。里穂に潰された目も回復している。


「厄介だね。奴は自己修復できるようだ」


「心配はご無用だ」


 得意げにする新に、不安を吐露した里穂を始めとした全員の視線が集まる。


「こっちにはこれだけの数がいるからな。それに姉貴も来た。万全だ。さあ、昨夜みたいにとっておきの宝石を出してくれ。特別に分割払いで応じてやろう」


 手を伸ばした新に、千尋が何を言っているんだ的な目を向ける。


「あれは昨冬のボーナスをはたいた一品ものだ。他にはない。大体、私は宝石の類を好んで身に着けたりはしないからな」


「……なんてこった」


 絶望の呻きを漏らす新を不思議がる千尋に、こそこそと近づいた祐希子が事情を説明する、聞き終るや否や、千尋の目が恐ろしいほど吊り上がる。


「何だと! あれは里穂の冗談ではなかったのか!? この愚弟が! 役立たずにも程があるぞ!」


 怒鳴られつつ、新はこんなことなら昨夜の痴態を撮影しておけばよかったと後悔する。


「仕方がない。私と里穂で対応する。お前は祐希子と一緒に下がっていろ!」


「是非、そうしてくれ。私としても、くだらぬ攻撃で苦しませてくれた礼を、そちらの女にしたいのでなァ!」


 復活したゼードが怒りの咆哮を放つ。くのいちの末裔だという里穂はともかく、千尋までも正面から特攻する。


 相手が迎撃の姿勢を見せた瞬間、息の合ったコンビネーションで左右からの挟撃に切り替える。苦無を投げつける里穂に対し、千尋は直接攻撃でゼードを狙う。


 その二人を援護するように、会話中も店の中から武器を運んでいたマスターがライフルを構える。


「今朝は人がいなくて幸いしましたね。いたところで撮影か何かとしか思わないでしょうが」


 妖魔関連に慣れている新なのでわりと普通に見ていられるが、事情を知らない人間が見れば特撮映画でしかない。


「新さんは逃げてください。ここは私たちがなんとかします」


「奴の強さは尋常じゃない。勝ち目はあるのか?」


「なくとも戦います。これでようやく、あの二人に私は借りを返せる。新君の母親の最期を看取ったのは私なのです。彼女は消えゆく意識の中、最後まで貴方の名前を呼んでいました。もう一度だけ会いたい、抱きしめたいと。私はその権利を彼女から奪ってしまった。ヤクザといえどもね、情はあるものです。義理人情となれば特にね」


 その台詞だけで、マスターがここで命を捨てるつもりなのが理解できた。千尋や里穂が窮地に陥れば、躊躇いなく自分の身を盾にするだろう。


 千尋に罵られた通り、この場で役立たずなのは新だけだ。こんなに朝早くては宝石店もやっておらず、打つ手はない。わざわざ新を怒らせる発言をしたのは、千尋たちを見捨てやすくさせるためだ。血は繋がっていなくとも大切な姉だからこそ、彼女の考えが理解できた。


「新……どうしよう。さっきの力をアタシが使えればいいのに……!」


 唇を噛む祐希子。前方で繰り広げられている戦闘はやはりと言うべきか、千尋と里穂が不利だった。このままだと近いうちに二人は敗れる。


 逃げようとしても、誰かが足止めをしない限りはゼードに追いつかれる。合理的に考えれば、新と祐希子が逃げるのがより良い選択肢になる。奴を倒せる可能性があるのは、強力なジュエルガンを持つ新だけだ。


「だからといって姉貴たちを見捨てるわけには……くそっ! 何か他に手はないのか!」


 焦る新の腹部に、何か硬い感触が当たる。それはジャケットのサイドポケットへ入れたままにしていた、生前の玲子から貰ったお守りだった。


 取り出した新は中身を確認する。そこには明らかに高価そうなダイヤの粒があった。神々しいとも表現できる輝きが、勇気と希望を与えてくれる。


「確かにこれは最高のお守りだよ。使わせてもらうぜ。その代わり、両親のと一緒にアンタの仇も取ってやるよ。玖珠貫玲子!」


 ふわりと彼女の微笑む声が聞こえたような気がした。


「これ以上、俺の大切な家族や仲間をやらせない。くたばれ、クソ野郎!」


 狙いを定め、チャージを終えた銃の引き金を引く。強烈な反動が来るのを見越して、しっかりと両足で踏ん張りながら。


 昨夜のエメラルド弾に負けない発射音が全員の注目を集める中、朝の風景すら白く消すようにダイヤモンドが透明な直線を描いた。


 発射直後には命中しており、避けられない一撃にゼードが尋常じゃない悲鳴を上げる。着弾した左肩の一部が溶けるように消え、今にも腕が取れそうになっている。


 すぐさま千尋と里穂がその場を離れるも、二人の顔には恐怖と怒気が混在していた。


「愚弟が! 私たちもろとも滅ぼすつもりか!」


「チッピーの教育が悪いからじゃん! お仕置きでまたあのフリフリワンピース着せるし!」


「仕方ねえだろ。余裕がなかったんだよ。つーか、これでやれてなけりゃ、本気で逃げるしかねえぞ」


 心の底から死んでくれと願ったが、肉体の半分が溶けかかってはいるものの絶命には至らなかった。


「二度までもこの私をォォォ! ゴミクズどもがァァァ! いいだろう! 本気でぶっ殺してやるぅあァァァ!」


「チッ、殺しきれなかった!」


「だが弱ったのは確かだ。さっきのはもう一発ないのか?」


「あれは玖珠貫玲子が俺に残してくれたお守りに入っていたものだ。ピンチの時に助けてくれるってな。恐らく大切な宝石だったんだろ。それでも死なねえってんだから、化物すぎるだろうが!」


 咆える新の横から千尋と里穂の姿が消える。マスターがライフルを撃つと同時に、再びゼードに向かっていったのだ。


「もう少しバズーカやロケットランチャーを多めに仕入れておくべきでしたね。手榴弾はありますが、爆発と黒炎で敵の姿を見失うのは上策と言えません。結局はあの二人に頼るしかありませんね。不良だったのには気づいていましたが、まさか里穂さんがくのいちの末裔だったとは」


 独り言を口にしつつも、着実にライフルの弾丸をゼードに命中させる。退魔を目的とした攻撃には劣るが、人間の武器がまったく効かないわけではない。新の一撃でダメージを受けている状態ならなおさらだ。


 一旦退かれて体勢を立て直されると厄介なのだが、すでにゼードは魔界で逃亡者扱いされている。向こうの世界での勢力図がどういうものかは知りようもないが、侮られるのを極端に嫌がっているのを考慮すれば意地でも撤退はしないだろう。この戦いは、どちらかが死ぬまで終わらない様相を呈していた。


「マスター! さっきちらっと聞こえたが、手榴弾があるなら貸してくれ。奴の体の中に手ごと突っ込んで中から破壊する!」


 ゼードの攻撃を食らって、マスターの側まで転がり飛んできた千尋が、すぐさま起き上がりつつ要望した。


「無茶です。腕を失いますよ」


「私の腕一本で奴を倒せるなら安いものだ。新の一撃で体が崩れかかっている今が最大のチャンスなのだ。見ろ! 使いものにならなくなっていた左腕が徐々に回復している。両腕の自由を取り戻されたら、私と里穂だけでは足止めすら難しくなる。それほどの相手だ。犠牲なく勝てるとはマスターも思っていないはずだ」


「ならば、せめて私が!」


「それこそ無茶だ。元ヤクザだろうと、年齢による衰えだけはどうにもできない。今のマスターに私ほどの身体能力はない。私がやるしかないのだ」


 観念したのか、マスターがため息をつく。だが新は納得できていなかった。


「冗談じゃない。姉貴が腕を失うのを黙って見ていられるか!」

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