第29話 援軍
「それにしても、どうしてアイツ戻って来たんだよ。玲子さんが呼び出してたの?」
「自力で来たんだろ。奴が言ってたろ、魔界で笑い者になったって。その恨みを晴らしたいがために、他の妖魔の印象関係なしに自力でやって来たんだろうな。迷惑な奴だ」
話している間に、背後の事務所が崩れ落ちた。壊したのはもちろんゼードだ。
「チッ! もう復活しやがったのか」
羽を使って空を飛べる相手と、二足歩行しかできない人間の追いかけっこでは結果は見えている。呼吸をするたびに、空中飛行するゼードの姿が大きくなる。
「この私がお前たちを逃がすとでも? だがそちらの女は不思議な力を持っているな。嬲ったあとで解体して調べてやろう。いや、せっかく少しは冷静になれたんだ。女を先にしよう」
「させるかよ!」
祐希子を背後に隠して銃を構えるも、チャージはできていない。こんなことなら借金してでも補充しておくんだった。破れかぶれで新が突撃しようとすると、もの凄い速度で影が横を抜けていった。
「何だ?」
新が疑問の声を出すのと、ゼードが驚愕したのはほぼ同時だった。
飛び蹴りを放った何者かが、ゼードの胴体をそのまま足場代わりにしてジャンプしながら登っていく。頭の上まで到達すると体を捻り、手に持っていた鋭利な何かを脳天に突き刺そうとする。
ここまで僅か数秒足らずだったにもかかわらず、巨体に見合わない反射速度でゼードは何者かの攻撃を避けた。舌打ちした影が地面に降りる。
「里穂ちん!?」
「まったく。ユッキーも新もとんでもないもん連れてくんなっつーの」
「悪いな。せっかく忠告までしてもらってたのによ」
と不思議そうな顔をする祐希子を置き去りにして、新は里穂との会話を継続する。
「里穂の仕業だってわかってたんなら、この件から手を引いとけばよかったじゃん」
「仕方ねえだろ。PCに気づいたのは、玖珠貫玲子が殺された後だったんだ」
「マジで? もうちょっとこまめにメールとか確認しろっつーの」
呆れ果てた里穂は、タンクトップにホットパンツ姿ながらも両手に苦無を持っている。腰にも何本か携帯しており、新の見間違いでなければ手裏剣もある。
「ああ、これ? 実は里穂、くのいちの末裔だし。ついでにゴーストクライシスの一員だったりするけど……質問は後回しで超よろしくぅ」
進み出た里穂の前に、ゼードが降り立つ。
「貴様はそこの店の女か。前に会った時も思ったがいい体をしている。私が楽しんでやろう。そこの男も悔しがるだろうからな」
「……は? 里穂、テメーみてえなのと会ったこと――ん? この嫌な感じどっかで……あっ! アンタ、キザでクソムカつく宝石商か! 妖魔だって聞いたけど、それが本当の姿なわけ。へえ、人間の頃よりは好感持てるよ」
途中から里穂の顔つきと言葉遣いがいつもと変わる。軽そうな雰囲気はなく、むしろ全身から凶暴さが滲みだしている。
「なら大人しく股でも開いておけ。優しくはしてやらんがな」
「紳士ぶった善人面は芝居で、こっちのエロスケベが本性か。ますますお似合いだね。手加減する気持ちが芽生えないから助かるよ!」
くのいちの末裔だとか言うだけあって里穂のスピードは速い。だが真の姿となったゼードはそれ以上だった。
背後に回り込もうとした里穂のさらに後ろへ一瞬で移動し、大木のごとき腕から彼女の背中へパンチを繰り出した。
背中の方へくの字に体が折れ曲がり、里穂が吹き飛ぶ。体勢を立て直す前に再度移動したゼードが、今度は正面から彼女の鳩尾に拳をめり込ませた。
「ぐはっ、あ……」
「爪や牙であっさり殺してはつまらないからな。ゆっくり遊ばせてもらうさ。まずは服でも剥いでやろうか」
「はっ……三千万貰ってもお断りだね。忍術・炎吐!」
里穂がポケットから出したメモ紙みたいなのを丸めて口に含んだかと思ったら、なんと次の瞬間には炎を吐き出していた。業火というよりは火のブレスといった感じだが、不意をつかれて顔面に食らったゼードはたまらない。
「ぐああ! クソ女が! 遊んでやればいい気になりやがって!」
「ハン。言葉遣いもそっちの方がお似合いだよ。紳士になりたいんなら、話は別だけどね」
里穂の忍術で目を焼かれ、視界を奪われたゼードが乱雑に手を振り回す。力任せに繰り出しているため、地面に激突しては次々と穴を開ける。
新と祐希子が巻き込まれないように、里穂は二人を抱えて一旦下がってくれた。
「あの忍術は結構な威力のはずなんだけどね。目つぶし程度にしかならないか。でもチャンスは作った。新、例の銃でとどめをさしちまいな!」
「あー……見せ場を作ってくれたのに申し訳ないんだが、手持ちの宝石全部尽きてて撃てねえんだな、これが」
「はあ!? アホかい! 妖魔と戦えるのは宝石銃あってこそだろ! 手入れと補充を怠るって何を考えてんだい!」
「そういや手入れもしたことねえな。つーわけで、何か宝石あったら貸してくれ」
アクセサリーをじゃらじゃら身に着けているだけに期待したのだが、どうやら宝石を使ったのはないみたいだった。
打つ手なしになりかけたところで。勢いよくガーディアンの扉が開いた。
「新君、少し離れていてください」
「マスター! ――って、おい! それ、まさかバズーカ砲!?」
何でそんなものを持ってるんだと言う前に、ダイブして地面に突っ伏す。祐希子は同じように転がった里穂が身を挺して守ってくれている。
肩に担いだバスーカ砲をガーディアンのマスターが炸裂させる。轟音が轟き、悶えるゼードに着弾する。さすがの巨体も耐えられず、大地に背をつけた。
「今のうちに逃げてください。私は新さんを守らなければなりませんので」
「それは贖罪のつもりか?」
新たな声が場に加わった。顔を見なくとも、長い付き合いの新だけは瞬時に理解する。最初にチラリと見て、猫耳などをつけてないのを確認してから登場した千尋の姿をしっかり目視する。
「姉貴、どういう意味だ」
「それは私からお伝えしますよ。その前にこいつも撃っておきましょうか」
バズーカの次はロケットランチャーがマスターの肩に乗っていた。
「いつかのために用意しておいて正解でした。しかも憎い奴に撃ち込めるのですからね。私はね、新さんのご両親に借りがあるのです」
「借り?」
「はい。新君を襲った妖魔はご両親を殺したのと同一です。そしてあれは、私が以前に所属していた組の親父――組長が人を使って召還させたものなのです」
組というと、新たには一つしか思いつかない。祐希子だけでなくバーで働く里穂も驚いているが、予備があったのかいつものパンツスーツ姿の千尋だけは平然と受け止めていた。
「極悪組と言って、関東の小さな組でした。妖魔を使って勢力を増大させようと考えた組長は呼び出した奴に取引を持ちかけましたが、逆に殺されました。所用で外していた私だけが助かったのです。奴の足取りを調べ、仇を取ろうと挑みましたが返り討ちにあいましてね。あとは殺されるだけだったところを、新さんのご両親に助けられたのです。しかし……」
「そのせいで新の両親は死んだ。アンタを助けるために負った傷が足を引っ張り、命を賭して奴を追い払うのがやっとだった。責任を感じたそこの男はヤクザ稼業から足を洗い、新を見守って生きていくことにした。新が地方で探偵を始めたと知れば、近くでバーを開店する始末だ。もっとも実害はないので放置しておいたがな。おかげで今回も事務所が襲撃されていると連絡を貰えた。恨めばいいのか感謝すればいいのか」
苦笑する千尋に、マスターは躊躇いなく恨んで下さいと告げた。
「私が――ひいては組が存在していなければ、新さんのご両親は存命でした。恨まれて当然なのですよ」
マスターの肩から放たれたロケットランチャーが、引き続き地面で苦悶しているゼードにダメージを与える。
「それにしても前は名乗っていなかったせいで、ゼードなる者が当時の妖魔とは気付けませんでした。不覚です。重ね重ね申し訳ありません」
改めて謝罪するマスターに、立ち上がった新は必要ないと首を左右に振る。
「マスターだって仲の良い人たちを殺されてるんだろ。仇を取りたくなって当然だ。俺だってついさっき、守るべき祐希子が側にいるのも忘れて、無謀にも一人で戦いを挑んじまったからな」
「まったくだ。挙句に弾丸となる宝石を撃ち尽くしたらしい。アンタの弟とは思えないね」
里穂に睨まれた千尋は肩を竦める。私のせいか? と言いたげである。
「愚弟が迷惑をかけたことだけは確かか。それより、お前まで本性を晒していいのか? せっかく今まで黙っていてやったのに」
「黙っていたって、何を?」質問したのは祐希子だ。
「里穂は高校時代、関東一円を勢力下においていたレディースの総長だったのだ。とある一件で私とやりあうことになってな。決着はつかなかったのだが、妙に仲良くなってな。それ以来の付き合いだ」
人差し指で新は頬を掻く。どうやら千尋に関する噂の一つは事実だったようである。
あっさり正体を暴露されたにもかかわらず、里穂は千尋を怒ったりはしない。
「くのいちの末裔ってことで、小さい頃から祖母ちゃんに鍛えられてね。女の子らしいこともできずに修行修行の毎日さ。嫌気がさしてグレてみたはいいけど、あまり面白くもなくてね。千尋とやりあって満足したのもあって、自分を知ってる人間がいなさそうな土地で好きにやり直してみたいと思ったのさ。実家がゴーストクライシスを作った奴と繋がりがあって、そこへ所属するのを条件で家を出るのも許してもらった。あとは新も知ってる通りさ」
せっかく女に生まれたんだから、色々としてみたかった。そう言って里穂は笑ったが、事情を聞かされた新にはどうしてそれがギャルに繋がるのかという疑問しかない。
もっとも人には色々と事情があるので、あえて聞いたりはしないが。とにかく里穂がかつてレディースの総長で、くのいちの末裔なのは確定っぽかった。
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