第2話 宝石が弾丸代わりの銃

 猫が二倍どころか、祐希子に近い体格にまで膨れ上がる。


 目と口は横に伸び、可愛らしさは凶悪さに残らず差し替えられる。開いた口から伸びた牙が覗き、猫というより豹か虎を連想させた。


 全身に筋肉がつき、猫だった存在は二本の足でベンチから立ち上がる。満月を見て変身した狼男というのが、現状のイメージに一番近いかもしれない。


「妖しい魔と書いて妖魔。エロティックな雰囲気を漂わせてくれるサキュバスみたいなのがいたら大歓迎なんだが、少なくとも俺は遭遇した経験がない」


 新は標的を見据えながら、祐希子への説明を続ける。


「大抵はあの猫が化けたような怪物じみたのばかりだ。変化前の姿は忘れろ。そうでないと痛い目にあう。もう迷子の子猫じゃなくて凶悪な妖魔だからな」


「わかってるよ。アタシは新の助手だからね。今まではこういうケースだと連れてきてくれなかったけど、ようやくアタシの有り難さがわかってきたんだね」


「勘違いするな。お前は自称助手で、今回はただの偶然だ。猫が妖魔になると知ってれば連れてきていない」


 会話中も元猫は動かない。ただ周囲の空気は重苦しくなっており、声を張り上げているわけでもないのに、やたらと喉が渇いていた。


「元から妖魔が化けていたのか、何らかの要因で妖魔化したのか。事前に知ることができればいいんだが、見分け方はさすがに親父の残した日記にも書かれてなかった」


 言いながら新は、ジャケットの裏ポケットに仕込んでいた銃を抜く。


 その様子を見ていた祐希子が歓声じみた声を出した。


「それが代々妖魔退治を生業にしてきたっていう錦鯉家に伝わる銃? 確か一族でも銃に認められた者しか所有者になれないんだよね。千尋さんに話は聞いてたけど、ずいぶんとアンティークな感じのする銃だよね」


「古くて当然だろ。かなり昔の代物なんだ。ベースとなってるのはル・フォショウって銃さ」


 夜の暗がりの中でも、シルバーの銃身が存在感たっぷりに輝く。基本はル・フォショウだが、過去の錦鯉家の依頼により改造が施されていた。


 当時有名な技工士にやってもらったらしいが、名前は残ってない。過去の錦鯉家の実績や家系図といったものは父親の実家にあるのだが、生憎と新はそちらと縁が切れており、資料を見せてもらった経験は一度もなかった。


 実父である錦鯉進の仕事等に関して知ったのは、彼が愛用していた日記を見たからだった。


 父親と実母の錦鯉美奈子は、新が幼い頃に二人揃って亡くなった。


 長らく事故だと聞かされていたが、育ての親であり現在の探偵業をやるのに大反対した栗原京香が、二十歳を迎えた時に新へ両親の本当の死因を教えてくれた。


 日記等から得た情報で薄々は感づいていたのもあって、驚くより納得したのを、まだ数ヶ月前の話だがよく覚えている。


 事故ではなく妖魔に殺された両親。父親は探偵ではなかったが、国から要請を請けて妖魔退治をしていた。小さかったのでうろ覚えだが、新には仕事に行くとだけ言っていた。よく嫌だと泣いて困らせていたが。


 その父親が仕事だと出かける際、必ず所持していたのがジュエルガンだ。実家はどうか知らないが、新の知る限り両親も含めて退魔士としての特殊な能力は所持していない。


 恐らく現代においてそうした力を持つ人間は、さほど多くないだろうと予測できる。


 一般人と変わらない身体能力しかないのに、新が妖魔と互角以上に戦えるのはすべて手に持つ銃――ジュエルガンのおかげだった。


 過去の錦鯉家はやはり特殊な力を持っていたらしく、現代では解析不能な力が込められている。


 カートリッジ部分が変えられ、そこに弾丸ではなく宝石を詰めれば、宝石内にある魔を払う力が抽出されて退魔の弾丸へと変貌する。


 使い終わったら手元に戻ってくれれば売って金にも変えられるのだが、生憎と通常の弾丸同様に宝石自体も放出されてしまい、さらに大きな問題点もある。


「新、あの猫――じゃない。妖魔、動き出すよ!」


「仕方ない。ここは男らしく不意打ち一発で片をつけるぜ」


「それって男らしいの?」


「細かいことは気にするな。弾をよこせ」


 隣にいる祐希子へ要求するが、いつまで経っても伸ばした手のひらに銃弾代わりの宝石は乗せられなかった。


 今回はジュエルガンを使う機会もないだろうと、宝石ケースを彼女に持たせているので、用意してもらえないと文字通り宝の持ち腐れである。


 様子を確認すると、何故か祐希子は茹でられたザリガニよろしく顔を真っ赤にしていた。


「アタシに何を言わせようとしてんだよ! セクハラで訴えるぞ!」


 何言ってるんだと返そうとして、何故にそのような反応になったのかを理解する。先ほどの言葉に勘違いの反応を示したのである。


「お前のくだらない下ネタ脳構造に付き合ってる暇はねえんだよ。弾って言ったら宝石だろ! 仮にお前にあったとして、そんなの貰ってどうやって撃つんだよ。このボケタワシが!」


「う……! 紛らわしい言い方をする新が悪いんだよ! 変態所長!」


 祐希子は恥ずかしがり屋な推定処女の分際で、事あるごとに卑猥な方面の勘違いをするので、この手のやりとりは初めてではなかった。


 普段なら別にどうともならないのだが、肝心な場面で炸裂させられると頭痛が引き起こされる。


 眩暈がしなかっただけマシかと自分を慰めつつ、新は祐希子がケースの中から選んだ宝石を受け取ってカートリッジにセットする。


「ウェアキャットってとこか。人型に近くなってるから、雑魚ってわけでもなさそうだ。余計な出費は勘弁してくれよ」


 祈るように言いながらチャージが終わるのを待つ。


 宝石には数多くの種類があるが、どのようなものであれ発射可能となるまでの時間は同じ。およそ五秒で宝石の弾丸を放てる。


 普段はあっという間だが、敵に狙われていると永遠にも近く感じられる。


 チャージが終わり、照準を絞りつつ、弾丸とした宝石がハズレでないのを強く祈る。


 チャージ完了までの時間は同一でも、使用する宝石の格によって威力は大幅に上下する。高価な宝石をバンバン撃てば大抵の妖魔は簡単に仕留められるが、錦鯉探偵事務所のカツカツな台所事情では実現不可能な夢でしかない。


 最悪の場合はブレスレットを分解して、一つずつ詰め込んで使用する場合もある。商品自体もワゴンに入ってるのを狙うので、威力はお察しである。


「先制攻撃で仕留められないとこちらが不利になる。きちんと、そこそこのを選んだろうな」


 新が念押しすると、自信満々に祐希子が頷いた。


「鑑定書付きのアクアマリン。二十万円の品だよ」


「そこそこじゃなくて、手持ちの最高級品じゃねえか! 何考えてやがる!」


「だって、一撃で倒したいって言ってたし」

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