第3話 県警特務課の女課長
一旦チャージしたが最後、発射するまでカートリッジは開かない。つまり後戻りはできないのである。
十分にわかってはいたのだが、猫が妖魔になるという想定外のアクシデントのせいで、知らないうちに新も冷静さを欠いていた。
結果はご覧の有様だ。
「あとでお仕置きだからな、ボケタワシ! くそったれ妖魔め! てめえには勿体ない高級品だ。全身でたっぷり味わいやがれ!」
右手で持つジュエルガンに左手を沿えて引き金を引く。ズシッとした衝撃が伝わり、銃口から退魔エネルギーに包まれた宝石が弾丸として放射された。
どのような形、大きさであってもカートリッジに触れた時点で適した形状へ変わるため、弾丸――宝弾というべきか――は常に一定だった。
狙いは的確で、勢いも申し分なし。こちらに気づいていなかった猫妖魔の脇腹へまともに着弾する。
「よし、命……中?」
拳を握りしめた新の前方で、実に可愛らしいポシャッという音を立てて、命中と同時に宝石が消えた。
「うわ……宝石鉄砲っていうより豆鉄砲だね」
誰が上手いこと言えと、なんてツッコミを入れる余裕はない。ダメージはなくとも、明確な敵意と攻撃を浴びせられた妖魔がご立腹だからだ。
「何だよ、今のは!」
「アタシのせいじゃないからね! 偽物をつかまされた新が悪いんだよ!」
「それを言うな! ちくしょう。二十万だったんだぞ。どうなってやがる!」
これがジュエルガンを使用する場合に、大問題となるケースである。購入価格と宝石の威力が一致しない時がそれなりにあるのだ。
売っていた店に文句を言おうにも、使用後なので手元には残らない。さらにどうやって偽物と知ったのかと言われても上手く説明できない。泣き寝入りするしかなかった。
「ケースをよこせ!」
こちらをギロリと睨んだ猫妖魔が襲い掛かってくる前に、新は祐希子から宝石の入ったケースを受け取る。
「お前は避難してろ。悪いが、守りながら戦ってる余裕はない!」
「わかった。頑張ってね」
素直に忠告へ従った祐希子が、元陸上部で短距離走をしていたという足の速さを見せる。
ミニスカートがまくれ上がり、スパッツに包まれた太腿がお目見えする。鍛えられた筋肉によって、お尻からのラインが結構なボリュームになっている。上半身とは大違いな下半身を、実のところ彼女は気にしているみたいだった。
新というか男性目線になれば痩せすぎよりも、健康的で魅力を感じるのだが、女性目線ではそうならないらしい。
いつまでも逃げる自称助手の後姿を眺めている場合ではない。猫妖魔が彼女に狙いを定めたら大変だ。
新は適当に選んだ宝石をカートリッジに入れ、チャージが完了するなり威嚇の意味も込めて解き放つ。
「俺が相手してやるから、こっちへ来るんだ――」
――ドオンと。
先ほどとは桁違いな音が周囲に響いた。公園を彩る木々がもの凄い勢いで揺れ、せっかくついていた葉が次々と落ちる。
宝弾として使ったのは小型のトパーズ。出先の路地裏でたまたま見つけた寂れた古物商の店で、偽物だからと捨て値で売られていた処分品だった。
指輪どころかネックレスにしてもいい大きさなのに価格は五千円。軽い気持ちで購入したのだが、どうやらこちらはれっきとした本物だったようである。
純粋に宝石の価値へ反応するので、下手をしたら鑑定士以上に正確な判定を行える。強味となるか弱味となるかは微妙なところだが。
「マジか……うわあ、勿体ねえ! あれだけ強烈だったら、強い妖魔相手でも使えたぞ。嘘だろ、おい」
新がしゃがみ込んで頭を抱えていると、勝利を見届けた祐希子が駆け寄ってきた。
「何、落ち込んでるんだよ。妖魔は倒せたんだから喜びなよ」
「喜べるか。猫は妖魔だったから探し主に渡すのは不可能。要するに依頼は失敗。二十万の宝石は偽物で、希少な本物はそうと知らずに使っちまった。あらゆる意味で大損だよ」
落ち込むを激しくしたあと、新は顔をガバッと上げた。
「そうだ。お前、自称でも助手だってんなら宝石鑑定士の資格でも取ってこいよ。あるのか知らねえけど」
「自分で取れば? あ、いつまでもここにいていいの? 騒ぎになってるっぽいよ」
深夜の公園で爆発じみた騒音を盛大に響かせたのだ。驚いた住民が飛び起きるのも当然だった。
誰かが通報するのは明らかで、このまま留まっていれば確実に職業質問を受ける。
面倒事はごめんなので、さっさと退散を決める。幸いにして妖魔は倒せば存在を消滅する。公園内には猫妖魔の影も形もない。
代わりに小さなクレーターらしきものができているが、知らないふりをしよう。人知れず妖魔の手から近辺を守ったことにもなるので、きっと許してもらえるだろう。
※
「起きているか、愚弟」
開かれたドアの音が目覚ましとなり、新は眠っていた二人掛け用のソファから跳ね起きる。
一階建ての事務所はワンフロアで、接客用兼食卓のテーブルが近くにある。危うく肘をぶつけそうになったことに文句を言いつつ、毛布代わりにしていたジャケットを羽織って、ノックもせずに中へ入ってきた女性を確認する。
数歩入ったところで立ち止まり、肘に手のひらを当てる形で腕を組み、険のある目で見下ろされると背すじに冷たいものが走る。
新よりもほんの少しとはいえ、身長が高いのも影響しているかもしれない。整いすぎている顔立ちは氷細工のような印象を与え、切れ長の目がそれに拍車をかける。誰が見ても、冗談を言うようなタイプではないと判断するだろう。
黒のパンツスーツを着こなし、紐を外せば肩甲骨辺りまでの長さのストレートヘアを後ろで一本に結っている。
スタイルは良いのだが、色気は不要と言わんばかりに凛としており、新は女性が厳格さを全身から漂わせる理由を誰より知っていた。
「朝早くから警察官の、それも県警特務課の女課長様がこんな辺鄙な探偵事務所に何の御用で?」
「ほう。よくそんな軽口が叩けるものだな」
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