二.あぢさはふ
付き添う女房も当然なく、
(――――昔は、こうではなかったのに)
茜子も、梓子と同じくらい祝福されて生まれてきた。妾腹でも男児に恵まれず、また朝廷の
そんな優しい世界の終焉は、袴着を終え、帯解きを間近に控えた数え七歳のこと。茜子は突然の熱病に魘され、十日以上生死の境を彷徨った。加持祈祷の甲斐あってか熱は去ったが、いかなる後遺症か、左瞼が大きく腫れ上がり、目も開けられないようになってしまったのだ。
宮中の諍いを離れ、半ば忘れられたようにひっそりと暮らす八千種第を襲った不幸はそこで終わらなかった。茜子の快復と入れ替わるように、今度は梓子が高熱に倒れた。そしてやはり半月近く昏睡が続き、熱が下がっても、三つ巴の羽根のような黒い痣が胸元から消えなかった。
一命こそ取り留めたものの、それぞれ違う形で痕の残ってしまった姉妹に、
けれど、悲しみが喜びに転じるまでに、然程時間はかからなかった。
『お父様。肩に
『今、門の向こうを鬼が通ったわ。大丈夫、わたくしのいる限り、この邸に悪しきものは入れません』
『明日は未の刻からひどい雨になりますわ。お母様、物詣は日を改められませ』
病の気を祓い、鬼――――隠れたるものどもを見透かし、時に未来さえ見通す。死の淵を垣間見た梓子は、修験者や法師のような通力をその身に宿していた。
それが次第に評判を呼び、やがてその声は朝廷にも届いた。あいにく、失脚した親王の末子である尚方はようやく
そうしてついに、乾の大社の若君に見初められた。
だが邸の内外で梓子の評価が上がるほど、同時に茜子の価値は下がっていった。
父母の期待とは裏腹に、茜子にはどのような通力も宿らず、瞼も癒えなかった。持て囃されることに慣れた梓子は事あるごとに茜子を邪険に扱うようになったが、まだ不出来な妹として娘として扱ってもらえていた。
しかし昨年末、ある出来事を契機に病状が突然悪化した茜子は、「化けものの左目」と罵倒される二目と見られない姿に変わり果ててしまい、「その目を隠せ」「対屋から出るな」と、納屋として使われていた東北対に有無を言わさず放り込まれた。
それでも、茜子は恵まれているほうだ。市井の者であれば、病を得た途端に河原や路傍に捨てられ、そのまま骸と成り果てる。幽閉でも貴族の邸で暮らし続けられるのだから、辛いなどと言ってはいけない。
春告鳥の
(わたしと姉様の、何が違ったのかしら)
(二人とも病に侵されなければ、慎ましい暮らしのままでも、今も仲の良い姉妹、仲睦まじい家族でいられた?)
或いは――――先に病に倒れたのが、梓子のほうであったなら。
無意識に思い浮かんだ、父以上の浅ましさに、茜子はハッと我に返り己を恥じる。輪をかけて虚しい心地で、鏡を筥にしまい直した。
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