第24話

「島村、遅かったじゃないか」

「おう、待ちくたびれちまったよ」

 帰ってくるなり俺を出迎えたのは、リビングでくつろぎながらテレビを見ていた拓郎と河童だった。


 人のテレビで勝手に何を見ているのかと思えば、『世界の珍しい動物大全』なる動物番組らしい。

「なあ島村。テングザルって知ってるか? あいつマジで天狗みたいに鼻が長いんだぜ。長すぎて食事の邪魔になるらしいんだけど、何のために付いてるんだろうな」

「知らねえよ」


「すげえな。世の中には変わった動物がいっぱいいんだなぁ」

 河童はしみじみと言うが、こいつ以上に珍しい動物を俺は知らない。


 それにしても、この河童にしろ先ほどの仮面カイザーにしろ、そしてカニマンになった拓郎にしろ、昨日から俺は奇妙な人物たちに立て続けに出会っている。

 この3人に何らかの関連性があるのかは正直全くわからない。ただ、俺にはこれがただの偶然ではないように思えてならなかった。


「おい、何ぼさっとしてんだよ。オムライス早く作ってくれよ」

 河童に急かされ俺は調理に取り掛かる。オムライスは自分の中でも比較的自信のあるメニューではあるのだが、相手が河童となると果たして口にあうかどうかはわからない。

 そもそも、助けてあげたのに我が物顔で家に居座る河童に要望通りオムライスを作ってやる義理もないのだが、人だろうが河童だろうが誰かに食事を作るという行為が、俺は嫌いではなかった。


「それじゃあ、色々話したいんだけれど」

 調理を終え、ようやく話し合いの機会を持つことができたのは十時過ぎであった。


「そうだよ。なんで俺は河童になってんだよ」

 威勢よく喚いたのは河童だった。

「まあまあ、落ち着けよ河童」

 宥める拓郎を、きっと睨みつける。

「まずさ、その河童って呼び方やめろ。俺は川崎だ」

「『かわ』は河童の『かわ』?」

「河童じゃない方の『かわ』」

「三本川の方ね」

 拓郎は空中に指で縦線を三本描く。


「じゃあ河童改め川崎はさ」

「ちょっと待て、お前ら歳いくつだよ」

「俺は十九。で、島村は四月生まれだからもう20歳。あ、2人とも大学2年ね」

「学生かよ。言っとくけど俺は23だからな。いいか? 目上の相手を呼ぶときはちゃんと「さん」付けろ。人生の先輩としてのアドバイスだ」

「器の小さい河童だなぁ」

 拓郎がぼやく。

 河童だから器というより皿じゃないのか? と、どうでもいい事を考えた。


「とりあえず話を進めましょう。川崎さんは元々人間で、気づいたら河童になってしまっていた。ってことでいいんですよね?」

「そうだよ。全く意味が分からねえ」

「河童になった心当たりとかは?」

「あるわけねえだろ、そんなもん」


 そりゃそうだよなと思いながら、念のため拓郎の主張する説についても聞いてみることにする。

「あの、何か河童っぽいもの食べたりはしませんでしたか?」

「河童っぽいものってなんだよ」

「例えばきゅうりとか、かっぱえびせんとか」

「そんなん、誰でも食ったことあるだろ」

 川崎は白い目を向けてくる。こんな馬鹿げた質問をした自分が恥ずかしくなった。

 じゃあ『かにじる』は? とは敢えて聞く必要も感じられなかった。


「おい。一応聞いとくけど、本当にお前ら俺を川から引き揚げただけなんだよな?」

「何だよ川崎、俺たちを疑ってるのかよ」

「当り前だろ。気を失ってるうちにお前たちに拾われて、気付いてたら河童になってたんだからよ」

「まあそりゃそうか」

 納得したように拓郎は頷く。

 こうなると、川崎が河童になったのは、気を失ってから俺たちに発見されるまでの間ということになる。


「というか川崎は何で溺れてたんだ? 泳げないの?」

「うるせえな。水泳は苦手なんだよ」

「河童なのに?」

「河童じゃねえって言ってんだろ。それにな、プールは駄目だったけど、俺中学の時野球で全国行ってるからな」

 川崎はプライドが高いのか、よくわからない自慢話を口にした。


「ええと、じゃあ元人間で元野球少年の川崎さんに聞きますけど」

 俺は逸れた話を軌道に戻す。

「そもそも、川に流されていたのはどういう経緯なんですか?」

 当然の疑問を口にすると、川崎は目を逸らす。


「覚えてない」

「え? じゃあ気を失う前、あなたは何をしていたんですか?」

「そんなもん、お前らには関係ねえだろ」

「それじゃあ原因も何もわからないじゃないですか」

「うるせえな、仕事だよ仕事」

 川崎は煩わしそうに言う。

「仕事が終わって帰る途中だったんだよ。覚えてるのはそれで最後だ」


「川崎って仕事は何してるんだ?」

 拓郎はまた横道に逸れることを言う。

「居酒屋で働いてんだよ。どうでもいいだろそんなこと」

「へえ、なんていう店?」

「お前らに言う義理はない」

「素っ気ないなぁ」


 困ったな、と思う。完全に手詰まりだ。

 川崎は俺たちが思っていた以上に、この状況について何も知らないらしい。

 カニマンについて情報を得られるどころか、ますます余計な問題が増えてしまったように思う。

『河童が皿の水をこぼしたよう』という諺があるらしいが、まさしく心境としてはそんなところであった。


 ふとテレビに視線を向けると、先ほどの動物番組はすでに終わっており、夜間のニュース番組が映し出されていた。

 見た事のある景色だなと思っていると、どうやら今日S市内の住宅街で空き巣被害があったらしい。


「おいおい、本当に物騒すぎないか? この街」

「あ、でも今日の犯人は捕まったらしいぞ」

 近隣住民の通報で犯人は犯行直後に捕まったらしく、S市内在住の20代の男とのことだった。警察の調べでは、ここ最近多発していた強盗事件もこの男が関係している可能性が高い、ということらしい。

 50万のリザードンも、これでようやく店舗に帰れるという訳だ。


「マジかよ」

 河童は唖然としたように言う。

「お、ようやく捕まったのか」

 俺はほっと胸をなでおろす。

 一S市民としての安堵したと同時に、なによりカニマンのマネージャーとして、こんな物騒な事件に首を突っ込まなくてよくなったという安心感があった。


「あ、でも今回は単独犯だったみたいだけど、普段は二人組で強盗とかやってたみたいだぞ」

 ニュースの続きを見ながら拓郎が言う。

「もう一人は捕まってないなら、そいつがまた悪さするんじゃないかな?」

「相方が捕まってるんだぜ? もう目立ったことは出来ないだろ」

「でも、こういうのって裏で糸引いてる奴らがいるって言うじゃん? 実行犯ってのはただ指示されているだけで。ほら、最近闇バイトとかも話題になってるじゃない」

「何だよ拓郎。お前、自分が犯人を捕まえられなかったのが残念なのか?」

「そういうわけじゃないけれど。ただ俺は心配なんだよ」


「俺、帰るわ」

 先ほどからやけに静かだと思っていたら、川崎は唐突にそう宣言して立ち上がった。


「え? 帰るってどこにですか」

「家に決まってんだろ」

「家にって、そんな恰好で帰れると思ってんですか?」

「うるせえな、一人暮らしだから問題ねえよ」

「外に出たら、誰かに見られるかもしれないですよ」

 何を強情になっているのか、俺のいうことには耳も貸さず河童は玄関に向かってすたすたと歩きだす。

「急に一体どうしたんですか」


 焦っていたのか、河童の身体に慣れていなかったのか、川崎の背中の甲羅が棚にぶつかった。その衝撃で、上に置いてあった籠が落ち、まとめてあった不要な雑紙が床に散乱した。


「ああ、もう何やってんだよ川崎」

 拓郎が散らばった雑紙を拾い集める。その中には、彼がこの前食べつくしたえび煎餅の空箱も含まれていた。


 川崎は舌打ちをして面倒くさそうに紙をひろっていた。だが、とある一枚のチラシを拾い上げたところで、目の色が変わった。

「おいお前ら、こいつについてなんか知ってんのか?」


「こいつ?」

 俺と拓郎はそのチラシを覗き込む。

 それは、一か月ほど前に失踪した女子学生の目撃情報を集めるためのビラだった。渡海から配られたものだ。


「あれ?」

 拓郎が女子学生の顔写真を見て声を上げる。

「この人、どこかで見たような……」

「そりゃ、同じ学部なんだから見たことくらいはあるんじゃないか?」

「ああ、そりゃそうか」


 拓郎は基本的に講義はちゃんと出席しているため、顔くらいは見覚えがあるのだろう。ただ、サボりがちな俺は同じ学部とはいえ顔すらピンとこなかったため、一通りビラに目を通したら捨ててしまっていたのだ。


 この女子学生が一体どうしたのかと思い名前を見ると、そこには『川崎優香』と書かれていた。


「川崎って……」

 俺と拓郎は顔を見合わせる。


 河童は鬼気迫る表情で、俺の両肩をがっちり掴んだ。

 爬虫類じみた顔から漏れている鼻息は荒く、ぎょろっとした眼で見つめられると、取って食われやしないかと心配になる。


「俺の妹なんだ。お前ら、あいつの知り合いなのか?」


 

 

 

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