第23話
スキンヘッドたち3人は一斉に顔を白くすると、よろよろとヴェルファイアに向かって歩き始めた。
各々、蹴り飛ばされた箇所が相当痛むのか、苦しそうに押さえている。「目には目を、歯には歯を」と言っていた威勢はどうしたんだよと思う。
ただ、子供の頃読んだ幼児向けの雑誌に『仮面カイザーのキックはプロレスラーの100万倍の威力があるぞ!』と書かれていたのを思い出し、それなら動けているだけ大したものではないかと考えを改める。
仮面カイザーは、そんな彼らを悠然と追っていた。
「ちょっと待ってください」
俺は仮面カイザーを呼び止める。
カニマンに助けられたときのように、ぼうっとしていてはいけない。
仮面カイザーは足を止め、表情の見えない顔をこちらに向けた。
「あの、俺島村って言います。助けてくれてありがとうございました」
俺が礼を言うと、仮面カイザーはゆっくり頷く。そしてまた、スキンヘッドたちを追いかけようとした。
「待ってください」
俺は再度彼を呼び止めた。仮面の下では嫌な顔をしていたかもしれない。
ただ、スキンヘッドたちなど逃げるなら逃がしておけばよい。俺は彼と話をしなければならなかった。
「あの、何故俺を助けてくれたんですか?」
「目の前で苦しんでいる人がいるなら救いの手を差し伸べる。人として当然のことじゃないか」
仮面カイザーは逃げ帰るスキンヘッドたちの後ろ姿を一瞥したが、俺との会話に応じるつもりになってくれたのか、その後俺の方へと歩み寄ってくる。
「申し遅れたね。俺の名前は仮面カイザー。不束者だが、この町で君のように困った人々の助けになるような活動を行っている」
仮面カイザーが手を差し出してくる。
「存じています」と彼の手を握り返す。
仮面カイザーと握手をするのは子供の頃に行ったヒーローショー以来だったが、あの時のいかにも着ぐるみといったゴムの感触と違い、今握っている手は人の皮膚に触れている温かみが感じられた。
「君、怪我はなかったかい?」
「おかげさまで」
「そうか、それはなによりだ」
仮面カイザーは高らかに笑う。その男らしい中に優しさが見え隠れする笑い方は、本物のようにも、熱心なファンが真似をしているようにも聞こえる。
「あの、こんな事を聞くのも失礼なんですが」
俺は恐る恐る尋ねる。
「あなたはその、本物の仮面カイザーなんですか? それとも……」
語尾を濁した俺の質問に対し、仮面カイザーは優しく頷いた。
「当然、俺はテレビの中から出てきたわけではない。画面の外から仮面カイザーの雄姿を見て憧れを抱いた者の一人だ」
そりゃそうだよな、と思う。
もしやなんて思ったのは、仮面カイザーの存在を無垢に信じていた童心が残っていたのか、あるいは、ここのところカニマンが出てきたり河童が出てきたりで現実非現実の感覚が狂っているのかもしれない。
仮面カイザーはこう続ける。
「だが、『天網恢恢疎にして漏らさず』。彼と同じ志はいつも胸に抱いているつもりだよ」
自分が仮面カイザーでないことを認めたうえで、そのようにありたいと語る彼の言葉には潔さを感じる。
実直な彼に好感を抱き始めている自分に気付いた。
「いつもこうやって、人助けをしているんですか?」
「人助け、なんて言われると恥ずかしくなってしまうけどね」
仮面カイザーは照れるように言う。
「今俺たちが生きている社会は、あのテレビの中の『仮面カイザー』の世界と同じように、いや、下手したらそれ以上に悪意に満ちている。そんな中で正しい人々が生きやすくなるよう手助けができればいい。俺はそう思っているんだ」
「俺もそう思います」
俺はそこで、自分が抱いた好感の正体を理解する。
俺が今話している、仮面カイザーを名乗る人物。
誠実で高潔で、モラルと人間愛に満ち溢れた人間であるという確信があった。
まさしく、俺がカニマンの正体が拓郎であると知る前に、彼に抱いていたイメージそのものであった。
内心で拓郎を非難する。
何が『気を付けろ』だ。彼はあいつなんかより、よっぽどヒーローとしての志を持っているではないか。
と、そこで俺の頭の中に閃くものがあった。
まさかと思ったが、カニマンとなった拓郎の存在、今日出会った河童の事、そして、あの屈強なスキンヘッドたちを一瞬で蹴散らした戦闘能力の高さ、それらをピースとしてパズルに当てはめると、どうしても確認せずにはいられなかった。
「仮面カイザーさん、一つお聞きしてもいいですか?」
「何かな?」
彼は柔和に応じる。
「おかしなことを言っていたら笑ってください。あなたはもしかして、本当に仮面カイザーになっているんじゃないですか?」
そう口にした直後、マスクで見えないはずの仮面カイザーの表情が、一瞬にして冷めるのを感じた。
彼は黙ったまま何も答えない。
確かに、今の聞き方ではあまりにも意味が分かりづらかったかもしれない。
「ええと、その、仮面カイザーのコスチュームを着たりしているわけじゃなく、身体そのものが本当に仮面カイザーの姿になっているんじゃないですか?」
仮面カイザーは依然として言葉を発さない。
ただ、じっと微動だにせず俺をじっと見つめていた。
面の皮、その内側の肉、そして骨の髄まで通り越して、そのさらに奥にある何かを見極めようとするような圧を感じた。
「あ、すみません。今の話は忘れてください」
咄嗟にそう言ったのは、馬鹿な事を聞いたと思ったからなのか、仮面カイザーのただならぬ迫力に気圧されたからなのかは、自分でもわからなかった。
「あなたは一体……」
仮面カイザーが小さくそう呟くのが聞こえた気がした。
「え?」
「いや、面白い事を言うものだと思ってね」
「本当にすみません」
「いいんだ。そうか、俺が本物の仮面カイザーか」
仮面カイザーは高らかに笑った。さっきまでの、優しさと力強さが同居した本家由来の笑い方だ。
「じゃあ、俺はこれにて失礼するよ」
君と話せてよかった、そう言って仮面カイザーは立ち去ろうとした。
「あの」
性懲りもなく俺は声をかける。あまりにも質問攻めすることを申し訳なく感じたが、どうせついでだと思った。拓郎の図々しさが
「最後に一つだけ聞かせてください」
「何かな?」
「カニマンと会ったことはありますか?」
拓郎の言っていた、『気を付けろ』という言葉が引っ掛かっていた。
ただ拓郎が人気を二分したくないが故に、彼を一方的に邪険にしているだけならそれでいい。ただ、もしかするとそれ以外にも何か理由があるのではないか、その疑念を確かめたかったのだ。
「カニマン……」
彼は小さく呟く。
返事がないのは、カニマンの存在自体にあまりピンときていないからだろう。
「あ、最近市内でよく出没する自称ヒーローなんですけど。一応、仮面カイザーと同じような活動をしてるみたいなんで、知ってるかなって」
俺は説明を補足する。
「ああ、知ってるよ」
「本当ですか?」
「ただ、残念ながら会ったことはないな。日々の活躍は俺も拝見している。特に昨日の火事の救出劇はすごかった。俺のような小市民から言わせてもらえば、彼もまた本物の仮面カイザーのような尊敬すべきヒーローだよ」
その謙虚な言葉に、俺の中で仮面カイザーに対する尊敬の念が一層強くなる。
俺は感謝を込めて、深く一礼した。
「君とはまた会えそうな気がする。カニマンともね」
仮面カイザーは去り際にそう言い残した。
そう言ってもらえるなんて、光栄なことこの上ない。
それに引き換え、不届きなのは拓郎だ。
これであいつの言っていることはまるっきり出鱈目だということがはっきりした。
あいつが仮面カイザーの事をどこで知ったのかは知らないが、一方的に因縁をつけて敵視しているだけなのだ。
マネージャーとして深く恥じるばかりである。
愛車の『ここあちゃん』に跨ると、俺は鼻歌で仮面カイザーのテーマソングを歌っていた。
お世辞にも上手ではないのだが、彼の雄姿を脳裏に浮かべながら軽快なメロディを夜道に響かせながら走るのは、とても心地が良かった。
袋の中のハーゲンダッツは、すっかり溶け切ってしまっていた。
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