第22話
「てめえ、よくも舐めたマネしてくれたな」
一番背の低いスキンヘッドが、威圧的な声で叫んだ。残りの二人が、それを見てにやにやと笑っている。
卵とハーゲンダッツを買った帰り道、俺は三人の屈強なスキンヘッドたちと、まさかの再会を果たしていた。
心の中で大きく溜め息をつく。
何故再びこんな事になったのか。
それはスキンヘッドたちが性懲りもなく危険運転をして俺を轢きそうになり、それに対して俺が性懲りもなく蹴りのポーズを取ってしまったからだ。
互いにまるで成長していないなと、逆に感心する。
そんな事を考えているうちに、俺は中背スキンヘッドに羽交い絞めにされてしまっていた。する方もされる方も慣れたものだから、前回よりもスムーズだ。
「俺は今からお前を殴る。目には目を、歯には歯を、ということだ」
大柄スキンヘッドは前回と全く同じ宣言をする。彼にとって、なんらかのルーティーンなのかもしれない。
拳を振り上げたところで、俺と目が合う。
そこで彼は「あ」と声を上げた。
「お前もしかして先週のガキか」
カニマンに邪魔された時の、と苦々しそうに言う。
「その節はどうも」
どうやら、向こうも俺の事を覚えていたらしい。「いやあ、あの時は大変だったな」なんて互いの苦労を偲びつつ、このまま見逃してくれないものかと淡い期待を抱く。
「ちょうどいい。前回の分も含めて倍返しだ」
大柄スキンヘッドは嬉しそうに拳を鳴らす。
ですよね、と答えるほかない。
「おい、今回はカニマン来てねえだろうな」
小柄スキンヘッドはそわそわしながら周りを見渡す。
いるわけがない。あいつは今、俺の家で河童と二人きりなのだから。
「いいんですか? 俺カニマンのマネージャーですよ」
駄目元で言ってみるが、スキンヘッドたちは「何言ってんだこいつ」と言って鼻で笑うだけだった。「おい拓郎、この仕事あんまりネームバリューないみたいだぞ」と心の中で文句を言う。
今度こそ、と大柄スキンヘッドが拳を再び振り上げる。
拓郎の助けは期待できないため、殴られることは甘んじて受け入れるほかない。
せめて卵は割れませんようにと祈る。
彼が現れたのはその時だった。
「天網恢恢疎にして漏らさず。天でも地でも地獄でも、悪のいるところ俺がいる」
どこからか声がした。
スキンヘッドたちではない。
もちろんカニマンでもない。
だが、それはよく知っているフレーズだった。
記憶の奥底をそっとスプーンで掬われたような、懐かしい響きがある。
直後、背中に衝撃があった。
体がふっと軽くなるのを感じる。
背後の気配が急に消えたのを感じ後ろを振り向くと、俺を羽交い絞めにしていた中背スキンヘッドが、十数メートル先のアスファルトに転がされている。
代わって背後に立っていたのは、俺のよく知っている姿だった。
もちろん、頭部が甲羅、腕が鋏の全身蟹人間ではない。
「仮面……カイザー……?」
彼を見た瞬間、幼き頃に抱いた憧憬が蘇る。
俺たちの世代なら誰もが憧れたヒーロー『仮面カイザー』が現れたのだ。
「おいおい、今度は何なんだよ」
歩道上で蹲っている中背スキンヘッドを見て、大柄スキンヘッドは身構えた。
「てめえもカニマンの仲間なのか?」
街灯のうすぼんやりした明かりが仮面カイザーを照らしている。
その姿は子供のころに見ていたあの彼と全く変わらないように見える。
イナゴを模したマスクの造形や体の模様など、すべてが本物そっくりの精巧さで、コスプレ用のスーツだとするならば、脱帽ものの出来である。
「悪党ども、言い残すことはあるか?」
仮面カイザーはスキンヘッドたちに顔を向ける。
発した言葉は、不思議なほどよく耳に馴染む。
これも彼がよく口にしていたフレーズだったが、言い方、声まで俺の知っている仮面カイザーにそっくりなのだ。
「おいガキ、こいつもてめえの知り合いかよ」
大柄スキンヘッドは困惑気味に言う。
その通りだ、だから尻尾巻いて早く逃げ出したほうが身のためだぜ。
それくらいのハッタリをかましてもよかったのだろうが、そうできなかったのは
俺自身も相当混乱していたからに他ならない。
無意識に俺は首を振っていた。
「そうか」
大柄スキンヘッドは安堵したように言う。
「おい、イナゴマン。てめえが誰かは知らねえが、俺たちに楯突いたことを後悔させてやるよ」
気付くと、小柄スキンヘッドは仮面カイザーの背後に回り込んでいた。
先週の敗戦から学習したのか、今回は二人がかりで挑むこととしたらしい。
挟み撃ちの形となっている。
「江戸の敵を長崎で討つ、ってわけじゃねえんだけどよ」
大柄スキンヘッドは拳を鳴らしながらじりじり距離を詰めていく。
「この前カニマンって野郎に痛い目見させられてるからな。てめえで倍返しさせてもらうぜ」
次の瞬間、大柄スキンヘッドと小柄スキンヘッドの二人が同時に動くのが見えた。仮面カイザーの視線は、完全に大柄スキンヘッド一人に向けられている。
小柄スキンヘッドがいつの間にか持っていた鉄パイプを、仮面カイザーの頭部に向けて振り下ろす。
避けろ、咄嗟にそう言おうとした。
しかしそんな必要はまるでなく、後ろに目でもついているかのように仮面カイザーは首を少し動かして鉄パイプを避けた。鉄パイプはそのまま大柄スキンヘッドの拳に当たる。
「痛え」
大柄スキンヘッドが苦悶の声を上げた次の瞬間には、仮面カイザーは体を反回転させ、大柄、そして小柄の順で同時に回し蹴りを繰り出した。
気付けば、中背含め三人のスキンヘッドが横一列綺麗にアスファルトの路面上に転がされていた。
仮面カイザーの方は息を切らした様子はまるでなく、平然とスキンヘッドたちを見下ろしている。
表情の読めないマスクの下で、彼がどんな顔をしているのかはまるでわからない。
『仮面カイザーには気を付けろ』
拓郎がそう言っていたのを、ふと思い出す。
なあ拓郎。こいつがそうなのか?
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