第21話

「おい、なんで俺河童になってるんだよ」

 元人間らしき河童は、自分の手を見て、それから背中の甲羅を確認する。

 ぶよぶよとした腹や二の腕の感触を確かめるように触り、最後に頭の上の皿を

こんこんと叩いた。

 しきりに、「嘘だろ」「マジかよ」と呟いている。


「な? だから言っただろ? 河童は今河童なんだって」

 拓郎がそう言うと、河童は俺たちをきつく睨んだ。


「お前ら、俺の身体に何しやがった」

「何って、俺たちは川で河童を助けてあげただけだよ。なあ、島村」

 拓郎の言葉に俺も頷く。


「じゃあ何だ? 俺はこんな体で気を失ったまま川に流されてたってのかよ」

「残念かもしれないけど、その通りだ」

「何だよそれ」

 河童は天を仰ぐように頭上を見上げた。


「まあいいや。とりあえず、何か食わしてくれよ」

「は?」


 しばらく放心状態だった河童が最初に口にした言葉がそれだった。

「腹が減ったんだ。お前らさっきなんか食ってたろ。食い物のにおいがしたぞ」


 自分の身体が河童になっていたというのに、真っ先に考えるのが食事の事なのか。

 驚くとともに、食欲というものの偉大さに感心させられる。


「ああ、島村がオムライス作ってくれたんだ」

 拓郎の返事に、河童の眉間にしわが寄る。


「おい、何で俺の分はないんだよ」

「なんでって、いつ起きるかもわからなかったですし。そもそも、河童はきゅうりの方が好きかと思って」


「そうそう、河童にはちゃんと冷やし中華買ってきてやるから」

 拓郎が言うと、河童はさらに不満げな顔をする。


「あのさ、河童なら皆が皆きゅうり好きって決めつけんなよ。イタリア人は全員陽気か? 年寄りならみんなゲートボールに熱中するのか? イスラム教徒なら誰も豚肉食べないのか? 違うだろ」

「少なくとも、イスラム教徒なら豚肉は駄目なんじゃ」

「とにかく、俺はオムライスの腹になっちまった。だから、俺の分も作ってくれよ」

「作れと言われても、もう卵がないんですが」

「じゃあ買ってくればいいだろうが」


 河童は平然と言う。これは『亭主関白かんぱく』ならぬ『亭主河童かっぱ』だな、なんてくだらない事を考えてしまう。


「あ、じゃあハーゲンダッツも頼むわ」

 拓郎もなぜかそれに便乗する。


「ちょっと待ってください。本当にそれでいいんですか?」

 流石に待ったをかけざるを得ない。

 俺としては河童に聞きたいことが山ほどあるし、河童だって色々確認しなければならないことが沢山あるはずだ。

 悠長に食事なんかしている場合ではない。


「オムライスがいいって言っただろ。二度も言わせんなよ。早く行ってこい」

「俺はリッチミルクね」

 二人はまるで見当違いな返事をする。

「そういうことではなくて」


 何か言い返そうとしたが、急かすように手を叩き始めた河童と拓郎を見て投げやりな気分になる。

 まあいいか。

 話なら食事しながらでもできるし、今更焦ったところで何も変わるまい。


 カニマンのマネージャーになってから、俺の中で思考を放棄する力、みたいなものが急速に育まれている気がする。


「ちょっとスーパー行ってくる」

 俺はそう言い残し家を出た。


「さて、暇だしテレビでも見るか」

「そうだな」

 去り際に室内から聞こえてきた能天気な声に、頭が痛くなった。

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