第19話

 寿司屋で河童巻きをテイクアウトしたことなら何回もあるが、ビニールシートに巻かれた河童をお持ち帰りしたのは初めての経験だった。

 いや、言ってしまえばこれもまた河童巻きの一種なのだろうか。


 家に帰ってきてから、俺たちはベッドに大量のビニール袋を敷き詰め、そこに河童を仰向けで寝かせていた。ビニールを敷いたのは、ねっとりとした体液でベッドを汚されたら堪らないからである。


「なんか気持ちよさそうだな」

 拓郎は河童の寝顔を見ながら言う。


「時々いびきかくんだよな、こいつ。気絶してるんだか安眠してるんだか」

「とりあえず、無事みたいでほっとしたわ」

「まあな。ただ、問題はこれからどうするかだ」

「なんにせよ、河童が起きてくれないとなぁ」

 拓郎の言う通り、河童が目を覚ましてくれない事には何もできない。


 身元も飼育方法も不明の河童だ。

 起きて話を聞けない限り、何か食べさせてやることも家に帰すこともできない。

 もっとも会話ができれば、だが。


「なあ拓郎。この河童、一体何者なんだと思う?」

「何者って。そりゃ河童だろ」

「そりゃわかってるよ。でも見ろ。こいつアロハシャツ着てんだぞ」


 眠る河童に視線を向ける。

 来ているのは黄色いアロハシャツで、甲羅の上から羽織っているため、かなり窮屈そうだ。


「パイナップル柄か。ハワイアンな河童だな。これ、どこで買ったんだろ」

「しかも、浮世絵柄のステテコまで履いてやがる」

「これは多分、ユニクロだな」

「そうだ。いや、ユニクロかは知らんけど。とにかく、こんな市販のアパレル用品を着こなしてる河童がいるのかって話だ」

「あ、多分スニーカーも俺のより高い奴だったぞ、あれ」

「つまり、こいつは人間のための服や靴を身につけている河童なんだ。河童の生活環境なんて知らないけど、流石にこれはおかしいだろ」


「だなぁ」

 拓郎は間延びした声を出す。言うほどおかしいとは思ってなさそうだ。

 少なくとも、俺が本当に言いたいことはまるで理解してないらしい。


「要するにな、俺が思うにこいつは人間なんじゃないかってことなんだ」

「人間? こいつが?」

 拓郎が笑う。妙に小ばかにした感じなのが癪に障る。


「何言ってんだよ島村。どう見ても河童だろ」

「いや、だから。今は河童になってるけど、元は人間なんじゃないかって言ってるんだ」

「つまり人間が河童になったって? そんなことあるわけないだろ」


「少なくとも、蟹になった人間なら一人知っている」

「あ」

 そこまで言って、ようやく拓郎も理解したらしい。


「つまり、この河童も俺と同じように、かにじるを飲んで河童になったってことか?」

「そういうことだ。いや、絶対かにじるは関係ないだろうけど」

「そうだな。河童になったんだから、かっぱえびせんとかか」

「だから何で飲み食いすることが前提なんだよ」

 それならせめてきゅうりだろ、と思う。


「とにかく、起きたら話をしてみよう。こいつが本当に人間なら会話できるはずだ」

「すげえな。河童と話した人間なんて、俺たちが初めてなんじゃないか?」

「だから河童じゃなくて人間かもしれないんだって」


 そう。俺の推測が正しければ、こいつは河童に変身できる人間だ。

 拓郎と同じように。


 だとするなら、だ。

 この変身能力について、原因やメカニズムを知っている可能性はあるのではないだろうか?


 カニマンへの変身が危険なものではないのか、体に悪影響を及ぼすものではないのか、そして普通の人間に戻ることができるのか、それを知っておく意義は大きい。


 さらには、なぜ拓郎がカニマンになったのかを知ることができるかもしれない。

 そういった意味では、この河童を発見したことは予期せぬ幸運な気がした。


「おい、どうしたんだよ拓郎」

 俺が思考に耽っているうち、拓郎は何やら怪訝な表情をして、河童の周りをうろついている。

 この不思議な生物を観察するように。


 なるほどと思う。

 どうやら、拓郎も俺と同じ事を考えているらしい。


 この河童に、自分がカニマンになった怪奇現象のヒントが隠されているのではないかと探っているわけだ。

 こいつも一応、自分の身体に疑念や危機感を感じてはいたんだな。

 そう思い安堵したところ、拓郎は真面目な顔で言った。


「なあ島村、河童って実は肛門が三つあるらしいんだよ。あれって本当なのかな?」

 勝手に見るのはまずいよなぁ、などとぶつぶつ言いながら拓郎は河童の臀部に顔を近づけている。


 おそらく、さっき拓郎が言おうとしてた河童についての面白い話というのもこれなのだろう。聞かなくて本当によかったと思った。

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