第17話
「なあ島村、知ってるか? かっぱえびせんって、昔はかっぱあられってお菓子だったらしいぜ」
ゆるやかに流れる水面を見つめながら、拓郎は呟いた。
落ち合ってから早一時間、俺と拓郎は川沿いの堤防を見回っていた。
見回りなんて言うと聞こえはいいが、ただ雑談をしながら自転車を漕いでいただけだ。普通の散歩と何も変わりはしない。
「かっぱえびせんって、何でかっぱなんだってずっと不思議だっただろ」
「確かに」
「あれは、そのかっぱあられの名残らしい。当時はちゃんと河童のイラストが入っていたんだとさ」
「はええ、一つ賢くなったわ」
パトロールに参加してわかったことは、俺たちのような暇を持て余した学生が見回りなんてする必要は全くないほど、街は平和だという事だ。
川面に竿を投げ込みじっと獲物を待つ釣り人、楽しそうにはしゃぎながらサッカーをしている小学生、仲睦まじく散歩をしている老夫婦などを見ていると、一体自分は今何をしているのだろうという気分になってくる。
「あ、そういえば拓郎」
さっき拓郎から電話がかかってきた際、彼が何かを言いかけていたことを思い出す。
「お前、さっき俺に何を話そうとしてたんだよ」
「ああ、それか」
拓郎の出す声は渋い。
「島村は仮面カイザーって見てた?」
「仮面カイザー? って、あのヒーロー番組の?」
「そうそう」
どんな話が出てくるのかと思いきや、仮面カイザーと来たかと拍子抜けする。
仮面カイザーというのは、俺たちが小学生になるかならないかくらいの幼いころに放送されていた児童向けヒーロー番組だ。
聖なるイナゴを食べてイナゴ人間となった主人公・仮面カイザーが、人々の自由と平和を守るために悪の組織の怪人と戦うというありきたりな筋書きではあったが、当時の子供たちからは絶大な人気を博していた。
俺も子供の頃はそれなりに夢中になっており、「天網恢恢疎にして漏らさず!」などと意味も分からないくせに叫んでいた記憶がある。
だが、その仮面カイザーがなぜ急に拓郎の口から出てくるのかはわからない。
「見てたは見てたけど、それが何だっていうんだよ」
「この辺で見かけることがあったら、気を付けろよ」
「すまん、意味が分からない」
そんな野生の熊やイノシシみたいに言われても。そもそも仮面カイザーを見かける、というのはどういうことなのか。
「なんかさ、最近市内に現れるらしいんだよ」
「仮面カイザーが?」
「仮面カイザーが」
横を振り向くと、拓郎は真面目な顔をしてそんなことを言っているものだから反応に困る。
「ええと、ショッピングモールでヒーローショーでもやってるのか? もしかして、一人で行くの恥ずかしいから誘ってる?」
「全然違うって。真面目に聞けよ島村」
だったら真面目に話をしてくれよ、と言いたくなる。
「街中に現れるんだよ。目撃情報がいくつか挙がってるらしい」
「何だよそれ。カニマンが出てくるわ仮面カイザーが出てくるわ、どうなってるんだこの町は」
「カニマンと一緒にするんじゃないよ」
拓郎は不服そうに言う。
「あ、もしかしてお前を倒しに来たんじゃないのか? ほら、カニマンって見た目怪人みたいだろ」
俺が茶化すように言ったのに対し、拓郎は「そんなわけないだろ」と真面目な顔で返してくる。
案外、カニマンとしての見た目については気にしているらしい。
「それで、その危険な仮面カイザーは人里に降りてきて何をするんだ?」
「チンピラ同士の喧嘩を止めたり、痴漢を撃退したり、まあ色々だな」
「なんだよ、いい奴じゃないか」
「まあ、そうだな。いい奴はいい奴だ」
「何だよその上から目線。どの立場から言ってるんだ」
「そりゃ」
拓郎は一度言葉を止め、言葉を探すような間があった。少ししてから、こんな事を抜かした。
「ヒーローの先輩としてだよ」
「はぁ」
俺らが子供のころからヒーローやっていた相手に、カニマンになってまだ一か月そこらの青二才がよくもまあと呆れる。
「それで、俺に何を気を付けろっていうんだよ。聞いた感じだと、別に悪いことをしているわけじゃないんだろ?」
「ああ、どうだろうな。悪事をはたらいている、とは言えないけどさ」
拓郎の言葉は歯切れが悪い。
「そりゃ仮面カイザーのコスプレして街中うろついてるんじゃ、人助けしても不審者であることに変わりはないけど」
お前だって似たようなものだろうに、と言ってやりたくなる。
「とにかく島村、万が一仮面カイザーを見かけるようなことがあったら、近づかずにまず俺に連絡してくれ」
「何だよその熊退治の専門業者みたいな言い方は。お前に連絡してどうするっていうんだ?」
「そうだな、俺が直々に説教してやる」
「説教?」
「ヒーローごっこなんて、くだらないことはやめろって言ってやるんだ」
「すごいな。そんな堂々とブーメラン投げる奴は初めてだ」
呆れを通して感心しそうになる。
「なんでそんなに、仮面カイザーのことを邪険にするんだよ」
「なんでって、そりゃあ」
拓郎の『ダークサイクロン』が急に止まった。俺も『ここあちゃん』にブレーキをかけ振り返ると、拓郎は少し気まずそうにして、口をまごつかせている。
結局、彼はこう言った。
「仮面カイザーが活躍すると、俺の影が薄くなるだろ」
「は?」
「カニマンより有名になられたら悔しいじゃないか」
その発言に驚きはしなかった。見損なう事もなかった。臆面もなくそんなことを言えることに感心してしまったまである。
ただ、カニマンのマネージャーをやめられないか考えてしまったことは間違いない。なんなら、仮面カイザーのマネージャーにでも転職してやろうか。
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