第15話
「変なこと言ってたら申し訳ないんだけど」
渡海は言う。
「さっき話してて、何かそんな気がして」
嘘だろ、と思う。
俺がカニマンと繋がっている。そう思わせるような事は何も言わなかったはずだ。
むしろ、山田と里中のお陰もあって口数は少なかったくらいだ。
態度に出ていたのだろうか。それにしても、こんな簡単にバレるものか?
「知ってるわけないだろ」
とりあえず否定しておかなければなるまい。どこで勘付かれたにしろ、こちらが返事に困れば疑惑は深まるばかりだ。
「正直言って、カニマンの事なんて昨日の火事があるまでほとんど知らなかったくらいだ」
どこまでとぼけていいものかも悩む。ただ渡海の口ぶりからして、確証があるわけではないのは確かだ。
俺は冷静を装って尋ねる。
「それより、なんでそんなこと思ったのさ」
「いや」
渡海は言葉を濁す。なんて説明するべきか迷っているようにも見える。どうやら、こちらが思っている以上に確信はないらしい。
「強いて言うなら、勘かな」
困ったように笑う渡海を見て、しらばっくれて問題なしと判断する。
「そうか、残念ながらその勘は外れだ」
「みたいだな。悪かった。これも忘れてくれ」
「絶対ないだろうけど、もし何かカニマンについて情報が手に入ったら、渡海には伝えるよ」
「本当か? 助かるよ」
渡海は安堵の表情を見せる。
「そんなにカニマンについて知りたいのか?」
「そうだな」
渡海は少し考えるようにしてから言う。
「知りたいというか、会って是非話がしたいんだ」
「ファンだから?」
「違う。大ファンだから」
こういう冗談も、渡海が言うと随分様になる物だなと感心する。拓郎が同じことを言っても、くだらない事言いやがって、としか思わないに違いない。
「そろそろ行くか」
渡海が食べ終えた食器を持って席を立つ。
「俺はこの後図書館で勉強するつもりだけど、島村はどうする?」
「俺は帰る」
「よければ一緒に行かないか? 図書館」
「いや、遠慮しとくよ」
「つれないなあ。餅井もいるかもしれないぜ?」
「拓郎?」
「ああ、彼、よく図書館で勉強してるぞ。って、それも知らなかったのか」
「そりゃ、いつも一緒にいるわけじゃないからな」
「島村は結構ドライなんだな」
「そんなことはないと思うけど」
「でも、餅井はいつも島村の話してるぞ」
「へえ、ああ、そう」
「ほら、その反応やっぱりドライだ」
渡海はくすりと笑った。
そんなこと言われたって、なんて答えたらいいのかわからない。「そうか、拓郎はそんなに俺の事を」なんて言っても気持ち悪いだけだろうに。
「あ、そうだ。今度、餅井と三人で飯でも食いに行こうぜ」
「行けたら行く」
「行かない奴の答えだろ。餅井も誘っとくから、絶対来いよ」
こういうのは大概実現しないんだよなと思った。ただ、本当に行けたら行こうと思っていたのも事実だ。
「じゃあまた」
お互いそう言って別れようとしたところ、渡海は思い出したように尋ねてきた。
「そういえばさ、カニマンの着てる服ってどこで売ってるんだろうな」
探しても全然見つからないんだ、と渡海は言う。
着ている服まで気にするとは、これは筋金入りだなと感心する。
拓郎がカニマンとして活動するときに一番よく着ているのは、確かアシックスのジャージだったはずだ。色も黒で珍しくもない。似たようなものは少し探せば見つかるはずだ。
「あんなの、どこにでもあるだろ。スポーツ用品の店とか見てくればいいじゃないか」
「そうか。そうだな、そうするよ」
納得したような顔でそう言うと、渡海は今度こそ図書館の方へ向け歩いて行った。
とりあえず、普段はあまりあのジャージを着ない方がいいと拓郎に忠告しておいた方がよさそうだ。
マネージャーとして、あの勘の鋭さは十分に用心するべきだと思った。
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