第13話
昼休み、俺はある自販機の前に立っていた。
普段なら足を運ぶことのない、薬学部棟の1階にある自動販売機だ。
「なんだよ、かにじる無くなってるじゃないか」
拓郎が、カニマンになった原因だと言い張る『かにじる』がどんなものか気になって足を運んでみたものの、すでにラインナップは変わっていたようだ。
無くなっているということは、味は推して知るべし、ということだったのだろう。
かにじるからの反動なのか、新商品と書かれた枠には『ストレス抹殺!!』という過激な謳い文句のエナジードリンクが置かれている。
無駄足だったなと思い引き返そうとしたところ、楽しげに談笑する声と共に学生が数人、階段から降りてくる。
男子一人と、女子が二人といったところだろうか。
女子たちの声はどこか媚びるようで、男も愉快気に応じている。なぜだか無性に気分が悪くなったので足早に立ち去ろうとすると、男の声が俺の名を呼んだ。
「あれ? 島村?」
呼ばれて振りかえると、その腹立たしい男子学生は、俺の知っている顔だった。
「
目が合うと、優男風の彼は純朴な少年のようにはにかんだ。
「なんだよ、こんなところで会うなんて珍しいな。何してんだよ」
渡海は手を挙げ近づいてくる。
「こっちのセリフだよ。お前こそ、なんでここに?」
彼、渡海雄二は俺と同じ法学部の学生だ。特別親しいという訳でもないため、彼が何の授業を取っているかは知らないが、まさか薬学部の講義を受けているというわけでもあるまい。
一緒にいた二人の女子学生には見覚えがない。まあそもそも、女子の知り合いがほとんどいないため当然ではあるのだが。
彼女たちも当然俺に見覚えはないし、なんなら関心もないらしく退屈そうな顔で携帯をいじり始めていた。
おそらくは薬学部の学生なのだろうが、渡海は交友関係が広いため、一緒に行動していることについては特に驚くこともない。
「俺は友達と昼飯食べる約束してたんだ」
渡海はそんな二人に視線を送る。「紹介するよ」と言うと、彼女らは渋々といった様子でいかにも形だけの挨拶をしてくれる。
「山田と里中は薬学部だからさ、こっちまで迎えに来てたんだ」
「渡海は本当に顔が広いな」
「サークルが一緒でさ。だから仲良くて、よく一緒にいるだけだよ」
同じサークルに入っているというだけで女の子二人とランチできるのはお前だからだ、と叫んでやりたいところであるが、淑女二人の手前、自重する。
「ということは、拓郎とも同じサークルってことか」
思い浮かんだ瞬間にはすでに口に出していたが、すぐに余計な一言だったなと気付く。
案の定、山田と里中二人の顔がひどく曇った。
あいつは既に辞めたと言っていたではないか。どういう経緯だったかは知る由もないが、完全に失言だったなと反省する。
「島村、餅井は辞めたんだ」
渡海が呟くように言った。
努めて平静を装っているような声だったが、僅かながらに憤りが込められているように感じられた。
もしかすると、拓郎はサークル内で何かやらかしたのかもしれない。
「ああ、そういえばそうらしいな」
俺だけでなくサークルの皆様にまでご迷惑をおかけしているとは、全くもって不届きな奴である。
「じゃあ、俺はこれで」
空気もいい感じに重くなってしまったので、今度こそ立ち去ろうとしたのだが、何故か渡海がそれに待ったをかけた。
「なあ、よければ島村も一緒昼食べに行かないか?」
「え?」
俺だけでなく、山田と里中も驚きの声を上げる。
「いや、逆に俺が一緒に行っていいわけ?」
「もちろん、というよりぜひ来てくれよ」
渡海はそう言うが、明らかに女子二人がそれを不服そうにしている。
「んん、どうだろう。ねえ?」
山田は困ったように首を傾げた。
「それはちょっと、迷惑じゃないかな」
里中も顔を引き攣らせてそう言う。誰に対して、とは敢えて言わないところがミソであろう。
だが、意外にも渡海は頑なだった。
「いいじゃない、いつも身内ばっかりってのも味気ないし」
「俺で味気が足されるかは自信ないけど」
「なあ、いいよな?」
渡海が同意を求めると、二人はノーとは言えないらしい。
「まあ、雄二がいいなら……」
「よし、じゃあ決まりだな」
俺がまだいいと言っていないにもかかわらず、勝手に決まってしまった。
なんかデジャヴだな、と思っていると、拓郎が勝手に俺をマネージャーにしようとした時と似ているな、と気付く。
それでも拓郎の時と違い、結局のこのこと付いていってしまったのは、女子と食事をする機会なんて滅多にないという下心があったことは否定できない。
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