第11話
拓郎が俺を待っていたのは、国道の高架下にある
隅にはビニールシートが被せてあるパイプやカラーコーンなどがあり、資材置き場として使われているのかもしれない。
彼はそこで、闇夜に紛れながらじっと身を潜めていた。
幸いだったのは、拓郎がまだカニマンの姿を保ったままで、恥部は露わになっていなかったことだ。
俺が服を渡すと、拓郎はようやく変身を解いて着替えることができた。
「遅かったじゃないか、島村」
拓郎はそう言いながらも、嬉しそうに笑った。
「無理言うなよ。お前がどこで待ってるかもわからなかったんだぞ」
「ちゃんと場所も伝えただろ?」
「え?」
「ほら。こう、頭つるつるって」
拓郎は、さっきカメラの中で見せた、頭をさするような仕草をまたやってみせた。
そこでようやく拓郎が言いたかったことを理解する。
「ああ、あいつらか」
今いる国道の高架下は、先週の金曜に俺があのスキンヘッドたちに襲われた場所のすぐ近くだった。
「ちょうどこの場所なんだ。あの時俺がカニマンに変身したの」
「そうだったのか」
そんなこと言われたって、あの仕草だけで場所がわかるわけないじゃないか。
肩の力が一気に抜けるのを感じる。
「島村、マジで来てくんないのかと思ったよ」
拓郎は心細そうに言う。
「そうか。遅刻は、マネージャーとしてあるまじき失態か?」
俺が言うと、拓郎は驚いた顔をして、その後笑った。
「研修期間だからな。今回は大目に見てやるよ」
「そいつはどうも」
「島村」
拓郎がまっすぐ見つめてくる。
「来てくれてありがとうな」
そんなストレートに言われても。何と答えたらいいかわからず、苦笑いを浮かべることしかできない。
「じゃあ帰りますか。凱旋凱旋」
拓郎は意気揚々と言った。
自転車で国道沿いを走りながら浴びる夜風は、やはり生暖かく感じられた。
近くでは、依然として消火活動が行われているのだろう。人々の喧騒やサイレンの音がかすかに耳に届く。
鬱屈とした気持ちは心の中でくすぶり続けているが、それでもやれることはやったという思いもあった。
「それにしても、お前あんな呼び出し方で本当に俺が来ると思ったのかよ」
「いいアイデアだったろ?」
拓郎は歯を見せ笑う。
「やっぱりサイン決めておいたのは正解だったな」
「俺がテレビ見てなかったらどうするつもりだったんだ」
「先週の政治学で西山先生が言ってただろ。大学生たるもの常に社会情勢には目を光らせておけって」
「は? だから俺がニュース見てると思ったっていうのか?」
「まあな」
「根拠が薄すぎるだろ。というか、俺その話聞いてないんだが」
「島村、もしかしてお前またサボったのかよ」
「まあ、な」
耳の痛い指摘に、返事が弱々しくなる。
「卒業できなくなるぞ」
「まあいいじゃないか、結局ちゃんと来てやったわけだしさ」
「それもそうだな」
人の痛いところを深く追求してこないのは、拓郎の数少ない良いところであった。
「それにしても、島村が来てくれて本当によかったよ」
そんな直截的に感謝されても反応に困る。
「まあ、なんだ、その。あんなに必死なお前を見てたら、俺も何かしなきゃって思ったんだよ」
そんな台詞が、ぼそっと口からこぼれてしまった。思わず恥ずかしいことを言ってしまったなと焦ったが、車輪の滑走音がうるさかったのか、拓郎は「何か言ったか?」と首を傾げた。
「どうでもいいけど、お前ちょっと顔黒いぞ」
「マジで?」
拓郎が自分の顔を擦る。
「めっちゃ煤ついてるな」
焼きガニになっちまうと言って、拓郎は笑った。
「帰ったら、島村の家で祝勝会やろうぜ」
「勝手に決めるなよ」
「いいじゃないか。今日の俺、結構頑張ったと思うぜ」
「それはまあ」
「決まりな。コンビニでお菓子とか買い込んでいこう。島村の奢りで」
「なんでだよ」
「そうケチ臭いこと言うなよ、島村。今日のバイト代でぱーっとやろうぜ、ぱーっと」
呆れるとともに、この自分本位さにほんの少しだけ安心してしまう。
やっぱり拓郎は拓郎だな、そう思った。
「お前に呼ばれたせいでバックレてきたから、バイト代出るかわからんけどな」
そこで拓郎が「あ」と声を上げる。
「やべえ、リュック忘れた」
「お前何やってんだよ」
「さっきの場所だ。急げ」
拓郎は『マシンダークサイクロン』を反回転させ、不格好な漕ぎ方で来た道を引き返していく。
その後ろ姿が、子供を助けようと必死に排水管をよじ登るカニマンの姿と、重なって見えた。
「リュックの中って、財布とかも入ってんだろ? どうすんだよ、あんな火事現場近くで落ちてんの見られたら、学生証とかでカニマンの正体勘付かれるぞ」
自己管理が杜撰なのは、拓郎の数多ある悪いところであった。
そういう拓郎のズボラさを管理いていくのも、これからのマネージャーとしての仕事ということになるのだろう。
拓郎は「大丈夫だって」と笑う。
「財布落としたくらいで、俺がカニマンだってバレるわけがないんだから。そんな大したことにはなりゃしないって」
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