第45話
「まったく、早く処分したまえ……」
「守られているだけのオジーが偉そうに!」
「この程度の連中を倒したからと、つけあがってもらっては困る」
状況は劣勢になりつつある。
人工異能者は所詮ただの使い捨ての消耗品に過ぎない。
アキラ……飯塚楼の作った戦闘ドローンはアメリカや中国、ロシアなどが開発しているものともまた違っている。
ボディの部分は蜘蛛の形で4つの足と4つの砲門がついており、それぞれ麻酔針、銃弾、粘性弾、釣り針と4種類を吐き出せる仕様になっている。
麻酔針と銃弾は部位強化のお陰でほとんどの人工異能者は問題ないが、粘性弾と釣り針が厄介だった。
まずは粘性弾。
着弾と同時に急速膨張を起こしつつ、接触した人や物を捕らえる性質を持っている。パチンコ玉程度の大きさの弾がバケツ1杯分くらいまで膨らむので1発ならそこまで脅威ではないが、何発も当てられると身動きが取れなくなっていく。
次に釣り針。
針はトレブルフックという3本の針が1本にまとまった多点掛けの形状をしている。また糸の部分は多少の伸縮性があるため、引っかかった後に鋭く腕や足に巻き付きやすくなっている。
そして戦闘用ドローンについている4本の足。これは釣り針で捕まえた対象を引っ張って相手を拘束するためのもので浮いている間はたいした力ではなさそうだが、着地して足で踏ん張っているところを見ると、尖った足先がコンクリート部分にめり込むほどのパワーを見せているので、いかに人工異能者といえどもドローン数体にこれをやられたらひとたまりもない。
それに田中一郎以外にも、なかなか手強い連中もいるようだ。黒人の巨漢の方はそこまで脅威ではない。道具に頼った戦闘で、距離をうまく把握しており無理をせずにうまく立ち回っている印象。それに対して身長150センチもないような少女の方は、どんどん前に出てくる。手に持った中国武術の武器に似た得物で人工異能者たちを圧倒している。こちらは戦闘のプロらしく部位破壊から入り、動きを封じてから異能者を気絶させている。
「取引はどうだね?」
パーヴェルは、2人組の手練れに交渉を始めた。
戦闘用ドローンだけなら、今ならなんとかなる。だが、この目の前の少女は手強い。彼らにとっても悪い話ではないはず。
「……というわけで、世界は滅んでしまう。私と一緒に真時代へ……」
「──2時間半」
「何を言っているのだね?」
「
以前、ジャマルが沖縄でアメリカ軍ホワイトビーチの基地を視察に行った際、彼を追って田中一郎が沖縄入りしたことはジャマルから聞いていた。その時に一緒に行動したと話している。
「だけど、あの人は
少女が射すくめるような目でパーヴェルをにらむ。
「うゎーびちゅらーが うちくんじょー」
「なにを言っているのだね?」
「『口のうまい奴は性根が悪い』と言っています」
黒人が少女の言葉を訳した。
沖縄地方では
「真時代? たまいみじや くさりゆん」
「えーと『水たまりの水は、いずれ腐ってしまう』です。つまり……」
「ははっ、おもしろい。時の権力者たちを説教するとはな」
非時香菓、エリクサー、肉霊芝、賢者の石……。それらは不老不死という何千年と人類が追い求めてきた究極の願いの現れ。
「交渉は決裂した。ではそろそろ本気を出させてもらうとしよう」
パーヴェルは他の人工異能者のように注射器を首に打つのではなく、前髪で隠されていた額に埋め込まれた金属を捻った。
「ストライーク!?」
「ぐぅっ、アキラ、貴様!」
変身が始まる前に戦闘ドローンで銃弾を胸に撃ち込まれた。
だが、もう遅い。
パーヴェルの身体は見る見るうちに膨張していき、3メートルを超える巨人へと変身した。同時に背中から翼が生えて全身が真っ黒な肌へと変わった。信心深い連中はこう思うかもしれない。
悪魔、だと……。
以前、研究所で実験体が、戦車の装甲に使われる防弾鋼板を10倍の厚みにした金属壁に無数のくぼみを作っていた。ようやく運用できる程度に安定したので自らの身体に保険をかけておいた。
この身体なら戦車を潰し、戦闘機を墜とせる自信がある。
「君たちはもう終わりだ」
「オッサンがな?」
実子、アキラ・パーヴロヴィチ・ザイツェフ。亡き日本人の妻、郁美に似てなんと強情なことか。あの女は子どもを産むために利用しただけにすぎない。
──そのはずなのに今になって、妻と双子の子どもと一緒に外食に出かけたことを思い出す。
そうか、私は家族を……。
化け物に変身したパーヴェルは、内側から上半身が跡形もなくなるほど派手に爆発した。
変身直前に楼が撃ち込んだ爆弾がうまく起爆した。
「なに最期に悟ったような顔してんだよ、クズが……」
楼にはなんの後悔も未練もない。あの男との思い出なんて、民間研究所の側にあった冷たいゴルボエ湖の底にとっくに沈めてきたのだから……。
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