第46話


「亜理紗、起きろ!」

「……ふぇ? オガ君?」

「はあ? 鬨人だよ、なに寝ぼけてんだよ」

「……ごめん」

「誰だよオガ君って……まあいいや。それよりここはどこだと思う?」

「うーん、やっぱりあのバカでかいダンジョンの中……なのかな?」


 亜理紗が目を覚ますとオガ君の姿をした鬨人がいた。なぜオガ君の姿をしているのか鬨人も知らないらしい。それより今は自分たちの状況を把握する必要がある。


 薄暗い円形の部屋。壁面にはいろいろと操作盤のようなものがあるが、そのほとんどは光っておらず機能していなさそう。部屋の広さは、学校の体育館より若干広いくらいだと思う。


「退屈なようだな」

「──ッ!?」


 上から不意に声がしたので見上げると、高さが20メートル以上はある天井に四角いカゴがぶら下がっていた。そのカゴから人間の皮を剥がしたような不気味な姿の男がこちらを見下ろしていた。


「俺たちをどうするつもりだ!」

「あと10分もしたら家に帰してやってもいい」

「なんだと?」


 不気味な男は鬨人の質問に次々と答えていった。


「あと少しで世界は完全に接続される」

「意味わかんねえけど、それが俺たちと何の関係がある?」

「保険だ。亜理紗、お前の父親が実に厄介でな」


 父親はダンジョン庁の陰の組織の一員。そしてこの計画を実行するにあたり最も厄介な相手だと語る。


「それでアンタの目的はいったい何だ?」

真時代リオ・エイジへの移住、ではなく・・・・


 不気味な男の話では、真時代という永遠の命を約束された場所への扉だと騙して地球側から扉を開けさせるのが目的だったという。


「月の民というお前たち・・・・の先祖・・・はとっくに滅んでいる」


 にわかには信じがたいが、月にはかつて別の星系からやってきた宇宙人が住んでいたそうだ。彼らは元いた惑星での失敗を繰り返さないよう、地球へ送り込んだ者のすべての知識と記憶を消去し、原始文明レベルから再スタートさせたそうだ。


「ちょっと待て! ってことは、お前はいったい何者なんだ?」


 まるで人間ではないかのような物の言いよう。もしかして……。


「ネイサムと呼ばれている。日本語なら星喰者と翻訳するのが妥当だろう」


 彼ら星喰者ネイサムは宇宙空間を渡れないそうだ。だが、転移装置を使って色々な知的生命体のいる星々の資源を喰い荒らす惑星捕食者プラネットイーター。月の民は彼ら星喰者によって滅ぼされたが、地球への侵攻を防ぐべく、月の民が地球へ星喰者が転移できないようロックを掛けてくれた。そのため千年以上の時をかけて地球側へ不老不死の情報をばら撒き、扉を繋げるよう仕向けたという。


「パーヴェル・ニコラエヴィチ・ザイツェフ……実に扱いやすい男だった」


 思想や宗教は、後世に生まれてくる人間を権力者の「我」に従わせるために使う悪しき人間が多くの歴史の中で存在した。その手法でパーヴェルを思い通りに操り、ここまで一気に事が運んだそうだ。


「じゃあ、『ダンジョン』って何だよ?」

「ダンジョンは月の民が遺した仮想世界だ」


 鬨人の疑問は亜理紗の頭の中にも浮かんでいた。月とダンジョン、異星からやってきた侵略者。頭の中は依然、霧に包まれているように感じている。


 月の民の仮想世界技術に対して星喰者ネイサムが新たに提供した物質化技術マテリアライズで、より偽の情報に真実味を持たせた。その技術もまた他の惑星を乗っ取った時に手に入れたものだという。


「説明は終わりだ。招かれざる客が来たようだ」


 不気味な男がそう告げると同時に亜理紗たちの近くで空間が歪みゲートが現れ、知らない男性が出てきた。


「亜理紗! 無事でよかった」

「お父さん?」


 また顔が変わっている。

 諜報員というのは本当に大変なんだなって思ってしまう。


「パーヴェルはどうした?」

「あなたは……ジャマルですね? 心強い同僚たちに任せてきました」

「応援が? こちらの想定より到着が数分早いが?」

「まあ、それだけ頼りになる仲間だってことです」


 一郎にジャマルと呼ばれた不気味な男は、カゴから飛び降りて一郎と向かい合った。


「やはり最後は田中一郎、お前が立ちはだかるか……」

「ゲートを一刻も早く閉じたいので、会話をすべて省略してください」

「そうか、なら決着をつけよう」


 ジャマルが両手を横に伸ばすと、身体に異変が起きた。人体模型のような筋組織が見えていた身体から、芽が出て急速に幹と枝葉に変わり、5メートルを超える樹の化け物に変身した。


 【肆雷スー・レイ】という雷系の黎力を使った。樹の化け物なら一郎の持ち技の中では赭光怪雨ファフロ・マダーがもっとも効果がありそうだが、溜め時間が長すぎる。そのため、速射が可能なものにした。肆雷というのは赤い雷とも呼ばれ、他の雷よりも熱含量が高いため、見た目が火に弱そうなので使ってみた。


「無駄、だぁ!」


 雷撃が効いていない。枝をしならせて打ち付けてきたが後ろにさがってこれをかわした。

 

 小技で削っても倒せそうだが、とにかく時間がかかる。

 大技で叩かないと時間切れになりそう。

 だが、大技を放つにはどうしても時間がかかってしまう。


「俺が食い止めます!」

「鬨人! わ、私も」

「わかった。12秒耐えてくれ」


 来馬 鬨人と亜理紗。

 鬨人は現在、AI人格『オメガQ7213』のアバターを使っている。そのため、素人の動きではあるが、余りあるスペックのお陰で大樹の怪物と化したジャマルに接近戦を挑む権利を持っている。亜理紗はソーブレードを手に父親のそばで守る姿勢を見せている。


 平時なら12秒なんてあっという間である。だが、接近戦の12秒間は、素人である鬨人には果てしなく長い時間に感じているはず。


「ぐぅっ!」

「お父さん」


 鬨人は何度も背中や肩、横腹を叩かれるが、それでも剣を振るって善戦している。しかし、踏ん張れていない分、枝や根が一郎の元へ伸びてくるが、片っ端から娘の亜理紗がソーブレードで切断してくれた。


「鬨人くん」

「はい!」


 準備ができた。

 彼の名前を呼んだだけで察してくれた。

 後ろに下がったのを確認して、最大出力の雷を放つ。


「招請【建御雷たけみかづち】ッ!?」


 立法八面体の結界壁に大樹を丸ごと閉じ込めると、止まない雷撃の嵐と焼かれた樹皮の黒い煙が結界の中を充満していく。


 きっかり30秒間の雷を浴びせた後、結界壁が自動で解けると、中には黒炭だけが残されていた……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る