第41話 僕達はニュース速報で知った。
「ゼタバースクラブ」速水コーディネーターと朽木エリカ=「マミコ」の攻防は続く。速水コーディネーターはマミコに五ツ星男性会員のプロ野球選手をマッチングしてあげ、さらにプレミアム料金を設定して大きく稼がせてやったにも関わらず、マミコは「本当にもうパパは必要ないんです」と言い、せっかく相手方のスター選手の方からリクエストをしてくれても、渋々OKするような態度だった。速水コーディネーターはさらに、彼氏である若狭コウジにも既に接近している事を伝えてプレッシャーをかけるが、マミコは速水コーディネーターも恩義がある芸能事務所マネージャー室崎ユリエを通じて再度クラブ退会の意向を伝えてきた。
極めつけは4月の出来事だ。マミコと速水コーディネーターの電話口での交渉でマミコは「仕事関係や家族・彼氏にクラブの事をバラされたら、私も「ゼタバースクラブ」で売春を強要されていた事を警察に通報します」と啖呵を切った。マミコこと朽木エリカは念願だったファッション誌「MOST」上で先輩モデルのサーシャとの共演を果たし、ファッションショー「ガールズプライズ」でもサーシャと同じステージに立ち、気が大きくなっていたのかもしれない。
速水コーディネーターは「何なのよあの態度。金づるだと思って甘やかしてやったら調子に乗りやがって」と苛立ちが募り、「警察に駆け込むって、恩を仇で返すつもりなの?誰のおかげで4年間東京で生活が出来て、大学の学費が払えたと思っているの」と怒りがたぎる。さらに信也が元旅館社長の有明杏実がマミコに復讐しようと東京に来ている事を報告すると「もう知らない!」と速水コーディネーターはマミコを切る決断をした。
「「クレイジータートル」さんにもう一つ依頼したい事ができたんだけど、良いかしら?」
「またマミコ絡みですか?」信也が話を聞く。
「ええそうよ。マミコはクラブを辞める決意が固いみたい。」
「そんなに「ゼタバースクラブ」を辞めたいんだったら退会させてあげたら良いじゃないですか。もう十分に稼げたでしょう。」
「そうなんだけど、普通に「お疲れさま」って送り出すつもりはないわ。」
「どうしてですか?」信也が問いかける。
「マミコが警察に駆け込んだり、法的な手段を使うかもしれない。」
「そんなことしたら朽木エリカだって仕事やプライベートで大ダメージを受けますよ。」
「ええ、それで思い止まってくれたら良いんだけど、もしエリカが芸能界を引退して、結婚した後だったらどうかしら?これなら仕事での成功も彼氏も手に入れたままでダメージを小さくできるし、世間も彼女に同情して応援さえするかもしれない。」
「なるほど。」
「あの子は賢い子だからね。伊達にエイガク卒じゃない。でも、そうなると「ゼタバースクラブ」は大損害なの。」
「では依頼内容は…。」
「マミコ、朽木エリカを消してほしい。相手は現役の人気モデルだし、大変な依頼をしていると理解しているつもりよ。だから報酬という形でしっかりと報いるわ。」
「ありがとうございます。でも、今回はそんなに苦労しないかもしれませんね。」
「どうして?」今度は速水コーディネーターの方が不思議そうに問いかける。
「先程報告したとおり、小早川探偵の報告を聞いた有明杏実がマミコに復讐しようと東京で探し回っています。このおばさんに朽木エリカを殺してもらったら私達の手は汚れない。」
「ふふふ、なるほどね。クラブにとっては口封じができて、おばさんは復讐ができて一石二鳥と。」
「そうです。私達はあのおばさんの背中をポンっと押してあげるだけです。」
「良いアイデアね。「クレイジータートル」さんとは長い付き合いになりそうだわ。」
「ぜひ御贔屓に。」
「ねえ信也くん。私はね、お金持ちの次に賢い男が好きなの。あなたには「グランドハイマウント東京」の時みたいに個人的なお礼もしてあげるわ。」
「ははは、多見子には内緒ですよ。」
信也は多見子さんと八田叔父さんに「ゼタバースクラブ」からの依頼を伝え、自分の腹案も示した。多見子さんも八田叔父さんも同意し、有明杏実の動きと朽木エリカの動きを把握することから始めた。
有明杏実の動きはすぐにつかめた。熱海から東京に出てきたこのおばさんは、新宿の安ホテルに連泊し、朽木エリカの目撃情報が比較的多い新宿区や港区の主要駅周辺を偶然に任せて当ても無く探し回っているようだ。
朽木エリカの方は困難だった。公表されているのは出演情報だけで収録や撮影がいつどこで行われるかは分からない。多見子さんが芸能事務所のパソコンにハッキングすることも考えたが、万が一あとでバレてこちらに累が及ぶと面倒なので、エリカの彼氏、若狭コウジの動きから探ることにした。エリカとコウジは不定期ではあるがコウジの部屋やビジネスホテルでデートしているので、コウジに「bug」を再度仕掛けておけばデートの時にエリカが現れるはずだ。案の定、コウジに仕掛けた「bug」から二人が会う日時と場所を特定することができた。エリカはコスメメーカー「スラフコフ」のイベント終了後に休暇をもらい、5月xx日に「ホテル パレススプリング新宿」で一泊することが分かった。
小早川探偵のスマホに残っていた有明杏実の番号へ八田叔父さんが電話する。
「もしもし、どなたですか?」おばさんはすぐに電話に出た。
「こんばんは。私、小早川さんの探偵仲間で吉川小五郎と言います。短時間で終わりますので、お話ししても大丈夫ですか?」
「は、はい。何でしょう?」
「小早川さんからの伝言で、朽木エリカが明日現れる場所が分かったとのことです。」
「どうして私があの女を探しているって…」
「小早川さんは、中途半端な形で仕事を切り上げてしまったのを気にしているみたいでしたよ。で、私から伝えて欲しいと。」
「そうですか。有明は怒っていないと小早川さんにお伝えください。それで、現れるのはいつ、どこですか?」
「明日の早朝から11時までの間で、xx通りの新宿駅前通りから東新宿駅までの間のどこかです。」
「そうですか、だいぶ絞ってくださったんですね。」
「ええ。ただ、これは外泊なので明日だけになります。」
「闇雲に探し回って疲れ果てたところですから、明日だけで十分です。」
「小早川さんから聞きましたが、曾祖父の時代から守ってきた老舗旅館を訳が分からない小娘に潰されて、さぞ無念でしょう。これが千載一遇のチャンスだと思って、躊躇せずに本懐を遂げてください。」
「小早川さんは私の覚悟までお見通しなんですね。」
「ええ。だからこそのお手伝いです。ただ…。」
「ただ何でしょう?」
「もし警察沙汰になっても、どうやって朽木エリカの居場所を知ったかは秘密にしていただきたい。あくまで偶然見つけたと…。」
「そうですね。小早川さん吉川さんのお二人にご迷惑をおかけするつもりはありません。」
「では、私はこれで失礼します。ご武運を。」
明朝10時頃のニュース速報でおばさんが成功したことを知った。信也達だけではなく、僕を含めて日本国内の大勢の人間も同時に知った。
「モデルの朽木エリカさん22歳が、今日午前9時30分頃、新宿区の路上で腹部など複数個所を刺されて死亡。容疑者はその場にいた女性。有明杏実、無職。」
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