第40話 僕達は同業者の一人を消した。

 朽木エリカが退会の意向を示す少し前の12月。姉の由梨香が本格的にクラブ活動をする1月より前、まだエリカの身辺調査をいていた同時期に事件が起きた。速水コーディネーターの説明を要約すると以下のとおりだ。

 会社が破産してクラブを退会した元男性会員の名は有明日和。三ツ星女性会員マミコを『独占』し大人の交際を楽しんでいたが、マミコとのセックスが余程良かったのか毎週のように頻繁に会うようになり、会社のお金に手を付けてまでマミコとの関係にのめり込んだ。このような関係が長続きするはずも無く、有明日和は3ヶ月程で資金的に行き詰まり、元々旅館の改装等で大きな借り入れをしていた会社を破産させてしまった。これだけなら有明日和にクラブの秘密を守るようにクギを刺せばよいだけだが、やっかいなのが有明氏の妻で会社社長が探偵を雇って「ゼタバースクラブ」や交際相手の女性会員を嗅ぎまわっている事だ。秘密さえ守るなら刑務所に入る有明日和がどうなろうと今さらクラブとしてはどうでも良いが、マミコの方は特別な人材であり、この女性会員の存在や秘密を絶対に守りたい。そこで、速水コーディネーターから「クレイジータートル」への依頼は、有明氏の妻から依頼を受けた探偵を特定し、その調査業務を妨害・中止させてほしいという内容だった。


 「クレイジータートル」が追いかけるように調査を開始したのが2月。有明日和が専務を務めていた熱海の温泉旅館「日の出旅館」の社長で妻の有明杏実は探偵を雇い、既に調査を開始していた。八田叔父さんの聞き込み等により有明杏実から依頼を受けたのが熱海に昔からある「小早川探偵事務所」で、小早川という中年男性が代表を務める個人事務所という事が分かった。あとはいつものように「finder」で本人を見つけて「bug」を小早川探偵に仕込み、その活動を監視した。

 小早川探偵は、有明日和が宿泊業組合の旦那衆に誘われてデートクラブに入会し、東京でデートや交際をしていた事を突き止め、東京に移って調査を進めているところだった。さらに1ヶ月程かけて調査を進めていく内に、有明氏が主に使っていたホテルが「ルックミールトン東京」という高級ホテルで、そこで「マミコ」という20代前半くらいの美女と食事や宿泊をしていた事まで調べ上げた。小早川探偵は「ゼタバースクラブ」が守ろうとしているマミコまで魔の手を伸ばして来ており、こちらとしても調査を妨害したり中止させなければならない。

 近頃、小早川探偵はマミコの姿を確認するため、写真や画像を入手できないかと当該ホテルや最寄駅、近隣のコンビニ等に監視カメラを見せて欲しいと聞き回っている。警察ならともかく胡散臭い個人探偵に高級ホテルや大手コンビニ等が協力することは無く、一旦は難を逃れたが、おしゃべりな個人タクシーの運転手が「すごい美人を何度か乗せたことがある」という話を聞きつけ、小早川探偵は「人探しに協力してほしい」とタクシー運転手にお金を掴ませて、後日車載カメラの映像を見せてもらうようにお願いをしていた。信也達はこのタクシー運転手が言っている事が本当か?映像の美人が例のマミコなのか?確証が無いが、女性会員の顔を小早川探偵に押さえられるのはマズイので、探偵と運転手が再接触する日までにタクシー運転手が広い駐車場付きの飲食店で食事している時を狙って車載カメラごと映像をいただいた。

 これで調査はしばらく遅延するはずだったが、義理高いタクシー運転手は「お金をもらったのに申し訳ないから」と「車載カメラから家のパソコンに映像の一部をコピーしているから、それでも良ければ見ていくと良い」、「朽木なんたらに似た美人だったので、車載カメラの映像を自宅のパソコンにも保存した」と小早川探偵をタクシーで自宅に連れて行き、映像を見せたようだ。信也達も奪取した車載カメラの映像を確認したところ、フロントやリアの映像の他に後部座席を映した映像が有り、延べ数百人の映像のうち明らかに美人と呼べる女性はごく少数だった。後日、速水コーディネーターにも同席してもらい、その美人達の映像を順に確認してもらうと、全身ブランド物で身を包み派手な恰好をしているが、上品であどけなさの残る美女こそが例の三ツ星会員村野マミコで、その女性は変装をした朽木エリカだった。速水コーディネーターは「朽木エリカが「ゼタバースクラブ」でパパ活をしていると知られるわけにはいかない」、「これ以上調査が進まないように、この探偵と証拠を始末してほしい」と言っていた。


 小早川探偵が東京で連泊しているビジネスホテルは既に把握している。探偵がタクシー運転手から見せてもらった映像にマミコが写っていたかは確認できないが、運転手が「朽木なんたらに似た美人の映像をパソコンに保存した」と言っていたのだから、小早川探偵にマミコの正体を知られたと思った方が良い。小早川探偵がホテルを出て調査している間に信也が探偵の客室に忍び込み、証拠品を押収しようとしたが、あちらも探偵の端くれで、厳重にロックしたスーツケース内に私物をすべて仕舞っており、かつ、そのスーツケースを部屋の固定机とワイヤーで繋いでスーツケースごと持ち出せないようにしていた。特別な工具があればワイヤーを切断したり、スーツケースをこじ開けたりも可能だが、生憎持ち合わせておらず、善後策として客室に「bug」をいくつか仕掛けるだけで一旦引き下がった。

 探偵の客室に仕掛けた「bug」の映像から、小早川探偵は夜間に調査日報を事務所のパソコンにメールで送信している事が分かった。紛失や強奪で調査資料や証拠を一気に失う事が無いように注意しているのだろう。おまけにスーツケース内にICレコーダーを忍ばせていたようで、物音だけしか分からないはずだが清掃員以外の誰かが自分の客室に入った事に勘づいたようだ。用心深く面倒な相手だ。小早川探偵は「長居は無用」と翌日ホテルをチェックアウトして熱海へ帰ってしまった。


 熱海に帰った小早川探偵はすぐに有明社長と面会し、調査報告をしたようだ。1月中頃から調査を始めて、もう4月になっている。信也達は熱海に帰る途中や熱海に着いてからでも口封じが可能だったが、速水コーディネーターは「マミコの周辺で派手に目立つ事件を起こすのは都合が悪い。探偵と有明社長が面会することはやむを得ないから、後日内密かつ確実に探偵を消してほしい」とのことだった。

 小早川探偵から有明社長への報告はまとめるとこんな感じだった。

 「申し上げにくいが、ご主人は東京の「ゼタバースクラブ」というデートクラブでマミコという20代女性と交際するために会社のお金を使い込みしていたようだ。」

 「月2回程度から多い時は毎週でも会うことがあり、「ルックミールトン東京」という高級ホテルで飲食や宿泊をしていた。」

 「お相手のマミコという女性の写真はコレで、変装をしているので自信が無いが恐らくモデルの朽木エリカだ。」

 「ご主人とマミコにどんなお金のやりとりがあったのか?本当にマミコ=朽木エリカなのか?もっと調べたかったが危険が迫っている。情報提供者の物品が窃盗にあったり、私が泊っているホテルの客室に何者かが忍び込む等、偶然とは思えない何かが動いている。」

 「有明さんも危険だからこれ以上首を突っ込まない方が良い。私もこの報告を最後に仕事を降りさせてもらう。」


 報告の後、小早川探偵が「ほとぼりが冷めるまで姿を消す」と熱海から脱出した際、速水コーディネーターとの約束通り小早川探偵に消えてもらった。信也特製のテーザーガンで探偵の動きを封じて車に拉致し、群馬の山奥で土に還ってもらったのだ。車での移動中、スマホ内や紙で手元にある調査資料や証拠以外にどこに資料等を隠し持っているか聞き出したが、事務所のパソコンだけだと分かり拍子抜けした。小早川探偵はひどく怯え、泣きながら命乞いをしていたので嘘は無いだろう。小早川探偵のスマホだけ預かり、探偵事務所のパソコンとサーバーを含め全ての調査資料等を処分した。

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