第37話 僕達は東京ミッションにとりかかった。

 「クレイジータートル」の活動も順調に続いている。「ビオール」のCMで朽木エリカの知名度が全国区になる前、3ヶ月ほど遡って僕が33歳の年の新年1月に「ゼタバースクラブ」関連で大きな仕事が入った。しかも大阪支店の大沢コーディネーターからではなく、我々の評判を聞きつけた東京本社からの依頼である。大沢コーディネーターから紹介された東京本社の速水ミナという上級コーディネーターと連絡を取り、信也と多見子さん、八田叔父さんの3人が東京へ出張した。僕も行きたかったが「兄さんは市役所の仕事を長期間休めないでしょ」と止められて、泣く泣く居残りすることになった。ここからしばらく書く朽木エリカ絡みの一連の東京ミッションは、後に信也から教えてもらった話である。


 「ゼタバースクラブ」東京本社、速水ミナ上級コーディネーターからの依頼は、三ツ星会員のクラブネーム「村野マミコ」こと朽木エリカの調査だ。あのエリカが、実はデートクラブを使ってパパ活をしていたのだ。

 速水コーディネーターの説明によると、エリカは「ゼタバースクラブ」のパパ活で稼いだお手当で既に大学の学費を完納し、ヒット曲のミュージックビデオ等で脚光を浴びてタレントとしての成功も得て、クラブで活動を続ける必要性を失いつつある。しかし「ゼタバースクラブ」にとってマミコは、現役モデルとしてネームバリューがある上、美貌と清純、親近感と透明感、さらに“名器”を兼ね備え、男性を確実に満足させる天才であり、また『独占』する権利(特別費用)をたった一人で100万円以上稼いでくれる金づるでもある。クラブとしては、仮にマミコがクラブを辞めたいと言っても易々と手放すつもりはなく、「マミコを引き留めるために弱みを探して、握っておきたい」とのことだ。特にエリカの恋人の若狭コウジと、エリカの姉の朽木由梨香を調べれば何か掴めるかもしれないので「この二人から重点的に調べるように」という指示だった。


 若狭コウジの調査では、すぐに面白い事が分かった。エリカとコウジは恋人関係にあり、コウジはどんなに疲れていてもエリカに毎日メールを送り、どんなに夜遅くてもエリカからの電話に出て、突然エリカが自分の部屋に遊びに来ても笑顔で扉を開けた。たまに二人で会えた時は一晩に3回、4回とセックスをするツワモノで、エリカにとってコウジは心の支えになっている。コウジの日々の生活は、大学に行くよりも伊予丹百貨店でのアルバイトに出ている方が多く、大学でもバイト先でもよくモテるが、これまでの大学生活で彼女にしたのは朽木エリカただ一人だ。

 しかし、この男は浮気をしている。しかも現在進行形であり、浮気相手が共通の友人である熊川ヤドリというから面白い。エリカもコウジに内緒でパパ活をしていて後ろめたい所があるが、コウジも月に一度くらいの頻度で熊川の部屋で浮気をしていて、早ければ約2時間、遅ければ夜明けまで、熊川の身体で性欲を満たしているようだ。「bug」を使って音声証拠も掴んでいる。

 「相変わらず早漏やな~。もうイったんかいな。エリカは何も言わへん?」

 「うっせー、エリカは男性経験があまり無いから「男はこんなもんだ」って思ってくれてるんだよ。」

 「ふ~ん。エリカってちゃんとイクの?」

 「たぶん…。気持ち良さそうだし…。」

 「へえ~、なんか“お人形さん”みたいに無表情で寝転がってるだけなんちゃうかって勝手に想像してた。」

 「まあ基本的に受け身だけど、ごく稀に大胆になるんだ。」

 「大人しそうな顔して、ただのムッツリってことやん。」

 「それだけなら良いんだけどさ、妙に余裕があるっていうか、経験が少ないはずなのに順応が早いんだよなー。」

 「他に男がいたりして~。」

 「冗談やめてくれよ。今のエリカにそんな暇は無いはずだし。」

 「まあゴチャゴチャ考えてもしゃーないやん。コウジは早くてもすぐにまた起つから回数でカバーすればいいんちゃう?」

 「クマに言われなくてもそうしてるし。」

 「じゃあ私も満足させてよ。まだイってないんだから。」

 「分かったよ。」


 朽木エリカの姉、由梨香。実物の由梨香を見て、速水コーディネーターがなぜ姉に目を付けたのかすぐに分かった。顔も体型も、声も表情も似ている。もちろん4つ年が離れているので双子のように瓜二つとは言えないが、仮に姉の由梨香が「ゼタバースクラブ」の会員であっても、男性会員は喜んで多額のお手当を提示するだろう。

 速水コーディネーターがエリカから聞いた話のヒアリングや、八田叔父さんがわざわざ地元愛媛や広島まで遠征して由梨香の情報を集めた。由梨香はエリカ同様、学生時代から美少女と評判で実際にモテた。エリカと違ったのは、男を毛嫌いすること無く普通に同級生と付き合っていた点だ。島の他の女性とは異なりお洒落でセンスが良い由梨香は普通に彼氏を作り、ダサい男に言い寄られてもバッサリと振り、より良い男が現れたら躊躇なく乗り換えた。男と手を繋いで下校したり休日はデートに出かけることもあったし、高校生になってからは体の関係もあった。少し話がズレるが、だからこそ妹のエリカは島中の男からねっとりと気持ち悪い視線で見られていたのだ。姉の由梨香は島や田舎には似つかわしくない“敷居が高い”存在で、良い意味で浮いていた。気軽に声をかけ難いし、彼氏がいる時もあって男達は手が出しにくかった。その点、エリカは同じく美少女だが控えめで、上品かつ清純であり、年齢に関係なく誰もがエリカを自分の女にしようと狙っていた。しかも処女という噂(実際、東京に出るまでは処女だった。)もあり、男達は一番槍を欲する一方、互いに牽制し合って手を出せず、熱い視線を送るだけになっていた。エロ本とエリカの写真を回覧して妄想を膨らませていた男達の中には「いっそ押し倒してヤってしまおう」と考える危険な奴もいたが、男同士で抜け駆けをしたり、出し抜かれないように相互監視していたおかげで実行されず事なきを得た。

 高校卒業後の由梨香は広島に本社がある銀行に就職して働いている。大学に行く学力はあったが家計を慮り遠慮したようだ。エリカのように明確な夢が無かったのも理由の一つかもしれない。由梨香にとっては、自分を不自由なく養ってくれる男と結婚して玉の輿に乗る事が人生目標らしく、大学生になっても意味がない。近県の最も都会で人口が多い広島で就職して、社内や取引先、何ならナンパでも良い、とにかく1日でも早くいい男を見つけて、あるいは見つけてもらって経済的な自由を得たかったようだ。そんな由梨香は就職してからも「私なんて…」と謙遜していたが、周りの男が放っておかず、社内や客など色々な男からアプローチを受けた。雑魚モテを避けるために同じ支店内で彼氏(仮)を作るものの、さらに良い“物件”が見つかればいつでも平気で乗り換えてきた。エリカは賢い女性だが、由梨香も賢いと言うか狡猾な女性のようである。


 由梨香の行動に変化が現れたのは、エリカが「ビオール」のCMに起用され、全国デビューした頃である。「田舎で美人姉妹ともてはやされても、都会に出れば“中の上”。モデルなんてほんの一握りしかなれない」と妹の世間知らずを馬鹿にしていたのに、エリカは夢に近づいている。「私の考えが甘かったです。諦めて島に戻って働きます」と妹が泣きながら謝罪するのを待っていたのに、エリカは今まさに大手日用品メーカーのテレビCMで出ているのだ。エリカが東京でも通用するのならば私だって評価されるはずだ。もちろん今さらモデルやアイドルになりたいとは思わないが、東京の華やかな職場で堂々と金持ちイケメンの王子様を探そうと由梨香は考えたようだ。野心的で行動力があるのもエリカと由梨香は似ていた。由梨香は東京での働き口をネットで調べるだけではなく、フェリーや新幹線を乗り継いで東京に足を運ぶことさえした。

 信也達がこの事を速水コーディネーターに報告すると「よし!」と拳を握って喜んだ。速水コーディネーターは、エリカの“スペア”として朽木由梨香を「ゼタバースクラブ」の会員にするつもりだ。

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