第34話 僕達は不正行為を暴いた。

 僕は32歳。大和中央市役所住民課からやっと異動で来た。10年間住民課にいたが、仕事に慣れるより終始仕事に追われてしんどかったし、僕がミスをしたり手が遅くて周りに迷惑をかけるせいか人間関係もずっと良くなかったから面談の度に「早く異動させてください」と何年もお願いしてきたが、既に無能の噂が広まっている僕を引き取ってくれる部署が他に無いらしく、ずっと残留のままだった。しかし、さすがに10年目ともなると住民課にいる他の職員が可哀想で、他の部署でも有尾イクヤという“お荷物”を背負ってもらうという話になって僕の異動が叶ったらしい。

 異動先は市のクリーンセンターで、本庁舎から遠く離れた山あいの建物である。ゴミ収集車で市内を回る現業職員が多いが、庶務や経理等をする事務職員も僕のように配置されるのだ。ここにはゴミの持ち込み以外にはめったに市民の方が来ることは無いので、窓口対応で悩まされる事は無いはずだ。異世界転生の漫画やアニメのように異動先でヒーローになりたいとは思わないが、心機一転、女性関係は改善したいものだ。出入り業者の美人さんや職場の可愛い後輩からデートや食事に誘われ、その女性達の中から自分好みの女を選び僕の子孫を残すパートナーにするのだ。新しい職場環境への期待に胸と股間が膨らむ。


 「クレイジータートル」の活動は順調に続いている。「クレイジータートル」で信也や多見子さんが製作し改良を加えてきた「bug」や「finder」等を活用することで人探し系や素行調査系の調査能力が大幅に上がり、その速さと正確さが「関西圏で一番」と一般社会でも裏社会でも評判になった。

 この評判を聞きつけてか「クレイジータートル」は大口の長期契約が取れた。相手は「ゼタバースクラブ」という高級デートクラブで、東京を中心に大都市圏を拠点として展開しているが、大阪にも拠点があり、その大阪支店との業務契約である。業務内容は所属する会員の素行調査で、デートクラブ入会時に会員プロフィール作成で聞き取りや面接をしているが、その内容に嘘が無いか、会員の家庭環境や人間関係、交際成立後の行動等を運営側が把握するための調査業務だ。ちなみに、このような調査を別途している事は会員に知らせていないらしい。だから「クレイジータートル」のような探偵と言うか調査会社との連携が必要なのだ。


 八田叔父さんと多見子さんが梅田にある「ゼタバースクラブ大阪」のオフィスに行くと大沢マホという上級コーディネーターが迎え入れてくれて、打ち合わせの後、早速業務に取りかかった。まずは秘密保持契約を別途締結した上で「ゼタバースクラブ」の会員データを預かり、それを「finder」に読み込ませた。会員データには身長体重、住所や勤務先、顔写真と全身写真等もあるので調査対象である会員を見つけるのは簡単だ。あとは「bug」を使って素行調査するだけだが、大阪支店の会員数が千人近くいるので優先順位を付けて調査することにした。クラブによると会員には三ツ星から一ツ星までランクがあり、交際実績の多さや交際時の評判等でランクアップするらしく三ツ星会員の方がクラブにとって大事らしいので、三ツ星会員から順に調査を進めていった。

 当面はプロフィールの内容に嘘偽りがないか一通り調べ上げた。在籍期間が長く評判も良い三ツ星会員はほぼ問題なかったが、二ツ星会員や一ツ星の中には、男性だと年収詐称や持病の未申告、女性だと同業他社との多重登録や風俗店での副業を未申告等が有り、判明次第クラブ運営側に逐次報告した。この他、並行して行っている素行調査では、とある男性会員が新興宗教の信者でデート相手に入信を勧誘していたり、とある女性会員がデート相手を宝飾店に連れて行き高価な貴金属を買わせるデート商法の手先だった等の案件が発覚し、これらもすぐにクラブ運営側に報告した。

 大沢コーディネーターは、

 「ルールを守って良いお相手を探してくれたらいいのに、会員規則違反や目的外利用は困りますね。」

 「真面目に出会いを求めている会員を守るためにも“不良品”は排除しなきゃ。」

 「不良品ですか?男も女もキッチリと違反金を払ってもらってから追放ですよ。」

 「クラブ運営側は「クレイジータートル」さんの調査能力に大いに満足しています。これからもお願いしますね。」と褒めてくれて、炙り出された不正会員を排除していった。


 調査は継続して続けていくが、僕が実際に素行調査を手伝った中にはこんな不正案件があった。

 「ゼタバースクラブ」で出会った会員で、男女共に交際を順調に続け、お互いに余程相性が良かったのか『独占』(男女共に特定の会員以外とは会わないシステム)までしていたが、ある時突然、関係を解消したとコーディネーターに申し出があった。コーディネーターは破局を残念に思い、それぞれ新しい相手を斡旋したが、破局の1~2ヶ月後に微妙に時期をずらして男女ともクラブを退会してしまった。

 この話を聞いた八田叔父さんは、探偵のカンが働いたのか「追跡調査をした方が良い」と大沢コーディネーターに提案し、実際に調査を行った。クラブの会員データによると、男性会員は綿貫謙哉という妻子持ちの49歳サラリーマンで、女性会員の方は児玉鈴という独身一人暮らしの27歳OLだった。両方とも一ツ星会員でマッチングし、交際中に女の方から『独占』を希望したようだ。

 「クレイジータートル」でこの男女それぞれに「bug」を忍ばせ調査をしたところ、八田叔父さんの予感が的中し偽装退会だった事が分かった。この二人の関係はまだ続いているにも関わらず、破局したと嘘をついてクラブを退会していたのだ。理由は、クラブの年会費と『独占』に必要な特別手数料(追加料金)をケチるためである。その女へ支払われるお手当は一晩3~4万円程度だったので追加料金も大した金額にはならないのだが、『独占』でお互いとしか会わないのであればクラブに在籍し続けて年会費等を支払う必要が無いと考えたようだ。「bug」で収集した二人で密会している音声や、尾行して撮った高級ホテルのレストランで食事をしている二人の写真を大沢コーディネーターに示して説明すると、当然激怒した。言い逃れできない証拠を既に握っているが、大沢コーディネーターは「できれば現行犯の現場に踏み込みたい」と言い、「クレイジータートル」が協力することになった。

 

 「bug」でこの二人が今週の金曜日夜21時にも「皇帝ホテル大阪」で会う約束をしたことが分かり、僕、信也、八田叔父さん、大沢コーディネーターも客室を一つ押さえてホテルで待機した。「bug」で二人が入室した部屋を特定し、1回目の行為を終えるのを待つ間に信也が二人の部屋の電子キーを複製し、行為終了後に女がシャワーを浴びに浴室へ入ったタイミングで僕達は二人の部屋へ踏み込んだ。

 「綿貫さんお久しぶり。元気そうですね。」信也が扉を開けて、大沢コーディネーターを先頭に部屋へ入る。

 「どうして大沢さんがここへ?…どうやって入ってきた?」全裸だった綿貫さんが急いでバスローブを羽織る。

 「そんな事どうでもいいじゃない。それより綿貫さんこそ、ここで誰と何をしているの?」

 「いい訳がないだろ。警察を呼ぶぞ。」

 「どうぞご勝手に。何なら私が呼んであげましょうか。」

 「いや…、それは…。」

 「で、私の質問のへの答えはどうなの。」大沢コーディネーターの方が綿貫さんよりも絶対に年下だと思うが、綿貫さんは先生に叱られている生徒のように小さく見える。

 「違うんだ。…たまたま鈴ちゃんと出くわして、その…、「久しぶり~」みたいな感じになっただけで、…何もしていない。」

 「どうしてゴミ箱を見るだけでも分かるような嘘をつくかなぁ。」大沢コーディネーターが使用済みのコンドームと丸められたティッシュが入ったゴミ箱を覗き込む。ちょうどこの頃に女が浴室から出てきて、僕達を見て驚いている。

 「鈴さん、こんばんは。「ゼタバースクラブ」の大沢と言います。大事な用があってお邪魔しているんですけど、お二人がお揃いになったので早速話を進めますね。鈴さんもよく聞いておいてください。綿貫謙哉さんは540万円の違反金、児玉鈴さんは300万円の違反金をそれぞれクラブへお支払いください。」口頭での通告後、綿貫さんと鈴さんそれぞれに書面でも通告書を渡した。

 「ちょっと待ってくれ、そんなお金ある訳ないだろう。それに俺達はもうクラブを退会しているんだ。」

 「入会の際、会員規約に同意してサインいただきましたよね。不正行為があった場合、年会費の100倍の違反金、定期や独占等の権利料金の10倍の違反金を支払うって。そもそも交際を続けたまま偽って退会している事が問題ですし、百歩譲って退会しているとしても、規約は退会後も順守してもらう内容になっています。」

 「そんな…、本当に偶然で今回1回キリなんだ。見逃してくれ。」

 「まだ嘘を続けますか?「ルックミールトン大阪」でx月xx日、「インターソイルホテル大阪」でy月yy日、「セイントハウスホテル大阪」でz月zz日。調べはついていますよ。」

 「なんで?…。」鈴さんが茫然とし、

 「お前達、俺達の事を尾行していたのか?プライバシーの侵害だ。」綿貫さんが動揺している。

 「そんな事言われてもね~。あなた達の方が悪いんですけど。」大沢コーディネーターは呆れている。

 「俺はこの女に「バレっこ無い」って誑かされただけなんだ。」

 「ちょっと、何を言っているのよ。綿貫さんが「年会費も独占権も負担が馬鹿にならない」って言ったからでしょ。」鈴さんが慌てて言い訳する。

 「次は仲間割れですか…。とにかく、クラブに来て現金で支払うか、通告書の口座への銀行振込で違反金を期日までにお支払いください。それでは私達はこれで。」

 「頼む、待ってくれ。今日を最後に別れる。もうしないから許してくれ。」

 「「もうしません」じゃなくてさ、こんな事が一度でもあったらクラブは困るんですよ。」

 「くそ!『ない袖は振れない』からな。違反金なんて払わないぞ。」綿貫さんが“やけくそ”で開き直る。

 「それはあり得ませんよ。きっちり耳を揃えて支払ってもらいます。」大沢コーディネーターが綿貫さんを睨みつける。

 「どうやって支払えって言うんだ。こっちが教えて欲しいくらいだよ。なあ?鈴ちゃんもそう思うだろ?」

 「例えば貯蓄型生命保険の解約はどうでしょう?」

 「フン!嫁がやってるから俺だってログインIDやパスワードが分からないんだ。そんな事あんた達に出来るわけが無い。やれるもんならやってみろよ。」

 「では、こちらで手続きさせていただきますね。」

綿貫さんが「カストディアン生命」で貯蓄型生命保険を現在約400万円貯めているのは調べがついている。僕はスマホで「カストディアン生命」のホームページのログイン画面へ行き、「figure」を使ってIDとパスワードを入力して綿貫さんの「マイページ」を開くことができた。信也に僕のスマホを渡すとすぐに保険解約手続きをネット上で行い、「週明けに保険会社から確認の電話があると思いますので、対応をお願いします」と言って手続き済みの画面を綿貫さんへ見せた。

 「うそだろ…。」と綿貫さんは愕然としていた。

 「これで400万円は調達できたし、残り140万円は消費者金融からでも借りてください。」大沢コーディネーターは勝ち誇っている。

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