第29話 僕達は大金を寄付した。
時間は進み、墓野くんへの制裁から3年後、僕達は29歳になっている。僕は弾地咲良さんへ復讐をする。時間の流れが速いと戸惑う読者がいるかもしれないが、それだけ起伏が無い薄っぺらい人生ということだ。実家暮らしで生活の世話は親がしてくれて、平日は市役所で働き、土日祝日は風俗店で遊ぶ。
弾地さんは高校卒業後、大阪の専門学校へ通いながらコンビニバイトをしていた。専門学校へは一応毎日通ってはいるものの勉強する気などなく、適当に学校の友達とおしゃべりして過ごし、バイトも親に言われて仕方なくやっている感じだった。「人生何とかなるだろう」となめていたと言っても良い。
弾地さんにとってラッキーだったのは、同じコンビニのバイトに大阪にある京阪奈先端技術大学博士課程の学生が入って来たことだった。物知りで優しく、穏やかな年上男性で、弾地さんは今まで付き合ってきた勢いと体力だけの粗雑なガキとは違う大人の魅力に魅かれた。弾地さんは学校帰りから21時まで、年上修士学生は21時から朝6時までのシフトだったが、引き継ぎを理由に21時以降も仕事を手伝って仲良くなり、さらに、弾地さんのバイトが終わって家に帰った後、深夜にバイト先のコンビニに戻って休憩室で二人お喋りする等のアピールを続けた。最初は弾地さんからのさりげないボディタッチやチラ見せから始まり、日が進むにつれて甘えて抱き着いたり、どさくさに紛れて軽いキス、最後は弾地さんが何人もの男を喜ばせた必殺のフェラをすれば修士学生は落ちた。学生時代に同じ学校の男子生徒や教師のチンチンをセックスだけではなく、口や手を駆使して何本も抜いたのは伊達ではない。水産業の研究一筋で女性に全く免疫が無い童貞26歳はあっと言う間に弾地さんの性技の餌食となり、売り物のコンドームやウエットティッシュ等を自分で買い取ってまで休憩室で何度もセックスをするようになった。
そして修士学生は当時18歳の弾地さんとのセックスに歯止めが利かなくなり、ついに生でのセックスにも及んで妊娠させてしまう。決して美人でも高学歴でもない弾地さんは、本来会話するチャンスすら無いような高学歴エリートを捕まえ、結婚と出産まで持ち込んだのだ。もちろん弾地さんの思惑通りだ。
現在、僕や弾地さんは29歳。大手海鮮料理グループの商品開発部で働く年上夫のおかげで、旧姓弾地さんは大阪の賃貸マンションで専業主婦としてのんびりと生活している。弾地さんは、サッカー部のバカ達の中では一番まともな人生を歩んでいるので今まで手が出しにくかったし、高校卒業後、僕との接触は全く無くイジメやゆすりをしてくる事もない。だから復讐と言ってもあまり残酷なダメージを与える事は考えていなかった。そこで弾地さんを苦しめるネタを考えてくれたのは、信也と多見子さんだ。働いて稼ぎ、お金の管理をしているのも夫の方だが、旧姓弾地さん夫婦は、二人の子供が大きくなり手狭になった現在の賃貸マンションから一戸建て住宅への転居を検討しているらしい。夫婦は一戸建て住宅の購入のため頭金をコツコツ貯めているようで、そのお金を取り上げてはどうか?という案だ。僕は同意し、「クレイジータートル」で夫婦が貯金用に使っている金融機関や貯金額等を調べたところ、夫婦は生活費の銀行口座とは別に、近畿アーバン銀行に約700万円の貯金があると分かった。
では、この700万円を取り上げてどうするか?信也は「どこか外国に寄付しちゃおうよ」と言い、多見子さんも「私達が貰うと足がつくし、それが良い」と同意した。折しもゴールデンウイークが近いのでその時まで待って、連休開始前日の午後に作業を行った。近畿アーバン銀行のインターネットバンキングで夫名義の口座に「figure」を使ってログインし、インドxx開発機構、インドネシアyy福祉団体、マレーシアzzインフラ協会の3団体に700万円を分割して振替送金した。取引パスワードを聞かれる等セキュリティがしっかりしていたが、逆に言えばそれが分かる人間なら関係者と非接触で全て手続きを終えることができる。難なく即時取引が成立した。
旧姓弾地さん達二人はこんな事が起こるなんて考えておらず、預金の入出金をしたらメールが届くようなサービスに登録していなかったから夫婦が貯金用口座からお金が無くなっていることに気が付いたのは5月の給料日に残高確認をした時だった。ゴールデンウイークで銀行が閉まって窓口やネット上で取消手続きがやりにくいようにと日を選んで作業したが、5月25日の給料日まで気づかれる事が無く、杞憂だった。夫婦、特に夫は残高に驚いてすぐに最寄りの近畿アーバン銀行へ駆け込んだが、4月28日にインターネットバンキングで実際に適切に手続きが行われた履歴が有り、銀行としてはどうしようもなかった。
夫は次の手として「誤送金だから返済してくれ」とインドの機構等へ英語でメールを作成して送信したが、「入金から既に約1ヶ月経過しており、寄付いただいた資金は有効に使わせていただいた」と返信があっただけだった。こうなっては夫婦としては八方塞がりで、一戸建て購入は延期して、また一からお金を貯めるしかなかった。旧姓弾地さんへの復讐に夫を巻き込んだ形になったが、諦めてもらおう。
また月日が進んで僕は30歳の大台に乗る。住民課で8年目になるが市役所での仕事は相変わらず苦難続きだ。市内の全住人が示し合わせて何度も順番に窓口に並んでいるのではないかと思うくらい、いつも混雑している。急かされて混乱し、間違えて怒られ、周りも忙しいから助けてくれないし、何故か僕が使っている時に限って証書のプリンターは紙詰まりを起こし、おつり用の小銭が無くなる等の不運も重なり、益々クズっぷりを内外に見せつけることになった。
さらに、僕は仕事が出来ないだけではなく人間関係も良くない。席に座って報告資料を作成している時は貧乏ゆすりがガタガタうるさいし目障りといわれ、窓口受付時間が終わってやっと席に座れた時、油断して大きな屁をこいてしまい不快な音と悪臭で同僚から睨みつけられたりもした。また、女性の係長に手続きの相談している時、僕が目の前で大きなくしゃみをしてしまい、係長の顔面に僕の唾を噴霧して激怒された事もあった。女性に嫌われた極めつけは、同じ課の女性職員が結婚した際に結婚式や二次会に僕だけが招待されないどころか、結婚した事さえ新婚旅行で長期休暇を取るまで知らされない事もあった。
僕の同期の中には人事異動をして新しい仕事に就いている人もいるのに僕は住民課のままで、8年目ともなると後から新人が入って来て僕にも後輩ができたが、既にその後輩の方が職場にとっては戦力になっている。僕は仕事が出来ないのと人間関係の悪化で職場ではストレスが溜まるばかりだ。しかし、仕事でミスしても仕事が遅くても公務員はクビにならない。同僚に馬鹿にされても女性職員から避けられたとしてもクビにならない。だから開き直って平日は適当に窓口に立ち、休日に風俗店の可愛い女の子と遊ぶことで人生を楽しむことにした。公務員ほど静かな退職に相応しい職業は無い。
でも困った事もある。30歳になっても僕に彼女ができる気配が全くない。大学時代はイジメられると嫌だから敢えて目立たないようにしていたし、周りも僕に無関心だった。就職したら男女共に結婚を意識するから出会いがあって、自然と彼女が出来て、時間が経てば結婚できるものと思っていたのに変化が全く無い。しかも僕は公務員だ。同じ職場内やあるいは民間企業の女性からも引く手数多だろうと思っていたし、実際他の同僚は次々結婚していくのに8年経っても女性と付き合うどころかデートや食事に誘われることさえ、一人も、一度たりとも無かった。
ちなみに、信也と多見子さんの関係はずっと続いていて、二人で京都で同棲し、約2年後(僕が32歳の時)に結婚して一人目の子供を授かる。青くんも白くんも既に結婚して子供がいるので、「クレイジータートル」のメンバーの中で恋人や配偶者がいないのは僕だけだ。
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