第18話 僕は奴らにゆすられた。

 21歳、大学3年生の夏のとある日曜日の夜。もう無いものと思っていた悪夢が蘇る。

 「もしもし有尾?」僕の携帯電話に女の人の声で電話がかかってきた。電話番号が液晶画面に出ているという事は連絡先一覧に入れていない誰かである。

 「はい。…どなたですか?」

 「もうウチの声忘れたんか?私や、苦道や。オマエどうせ暇やろ、墓野や酷本と「ジャオンモール」にいるからオマエも来いよ。」

 「バイトがあるから無理です。」嫌な予感がしたので嘘をついた。

 「オマエ相変わらず嘘が下手やな。日曜の夜7時にバイトってどんな仕事やねん。ええから30分以内に来い。」そう言うと一方的に電話を切られた。一緒にリビングでご飯を食べていた信也に「大丈夫?」と聞かれたが、「ちょっと「ジャオンモール」に行ってくる」と作り笑いをして、自転車で家を出た。


 「ジャオンモール」大和中央店。県の中南部地域には貴重な大規模小売店で、この辺りの人が日々の買い物や、休日に遊びやデートをするとなると「ジャオンモール」に集まる。休日には周辺道路が渋滞し、店内のレジ列は長く伸び、昼時になればフードコートは満席だが、分かっていても他に行くところが無いからみんなここに集まり、お互いにストレスがたまる。僕が「店に着いた」と電話すると苦道さん達はフードコートにいるとのことだ。

 「おい、大学生様が来たぞ。」と苦道さん達が僕に手招きをしている。

 「どうしたの?」

 「大学生様はつれないなあ。そう急ぐなよ。」

 「オマエが成人式や同窓会に来へんかったから、誘ったたんや。」イジメられていた被害者がそんな所に好き好んで行くと思うのか?バカ達はやはり頭がおかしい。

 「そうそう、どんな手を使って大学に入ったんか知らんけど、同じ高校のクラスメイトやんか。」

 「遅くなると親が心配するから。」

 「おもんないなあ。いつまで親、親、言うとんねん。」

 「ママにお尻叩かれるんか?ははははは。」バカ達が放課後の教室のようにフードコートの椅子に足をかけたり、だらしなく座ってつまらない話で笑っているが、僕は全く面白くない。冷静な僕を見て苦道さんは「これ、覚えてるか?」とコンパクトデジカメの液晶画面を僕に見せてくる。僕が高校3年生の時にイジメられていた姿を酷本さんが撮っていた画像だ。

 「このメモリーカードを単三に売ったるわ。」

 「売る?」僕は理解が出来ずに聞き直した。

 「そうや。こんなんバラ撒かれたらオマエも困るやろ?ウチらもいつまでもこんな気持ち悪い画像を持っててもしゃあないし、オマエに売ったる言うとんねん。」

 「消せばいいじゃないですか。」

 「なんでやねん。そんなんオマエが得するだけやろが。俺らにもエエ思いさせてくれや。」

 「ちなみに、いくらなんですか?」

 「100万円。」苦道さんがキッパリと答える。

 「無理です。そんなお金ありません。」

 「無理ちゃうねん。親におねだりしてでも持ってこいや。」

 「オマエ、一時期駅前の「KAZURAYA」でバイトしとったやろ?私も見たで。ほんで今も大阪の方で別のバイトしてるらしいやん。その金で何とかしろや。」

 「さすがは大学生様やで、ウチらはそんなバイトに応募しても採用してもらえへんしな。時給もええんやろ?」

 「俺達、運転免許取ろう思っててな、3人で自動車学校に通おうと思ったら100万くらいかかんねん。専門学校出ても免許無かったら就職も出来ひんくてなぁ。助けてくれや。」

 「自分達の親に頼めばいいでしょ。」

 「単三は呑気に大学生やってて知らんかもしれんけど、今、不況なんやぞ。そんな簡単に出してもらえるかボケ。」

 「オマエはバイトもしてるし、大学出た後も「大卒や」言うて働き口あるんやろ?オマエばっかり良い思いして、俺達に悪いと思わんのか?」

 「高校時代の恥ずかしい写真を大学や近所にバラ撒かれたくなかったら、何をしたらええか分かるやろ?」

 「それは…。」

 「ほんなら、お金できたら電話してな。それまで酷本が楽しい思い出が入ったメモリーカードを大事に仕舞っておくし。」バカ達は言いたい事だけ勝手に言って、席を立ち帰って行った。

 バカ達は高校生の時から何も変わっていない。何か欲しい物があると、自分で努力して稼ぐなどして手に入れようとするのではなく、それを持っている弱い者から奪い取る、あるいは盗み取ることをまず考える。例えば突然夕立が降った日の店先に無防備に置いてある傘から、老夫婦が営む本屋に並んでいる本の万引き、クラスメイトが持っていたロックバンドのCDの借りパク、駐輪場の自転車・バイク泥棒など、他人が困るという発想もなしに「欲しいから」という単純な理由で勝手に自分の物にする。そして、自分達の思い通りにならないと怒り出し、暴れだすのだ。今回も自分達でお金を貯めたり親に言うのが面倒くさい、あるいはカッコ悪いので僕から取り上げたら良いと考えたのだろう。


 次の日、僕が沈んだ顔をしていたからだろう「何か困ってるんでしょ?話してよ」信也が声をかけてくれたので、高校3年生の時にイジメられていた事をかいつまんで話し、そのイジメられていた時の恥ずかしい写真をネタに昨日“ゆすられた”と状況を説明した。信也は「そのメモリーカードを返して貰えばいいじゃん」とあっさりと言うので、「あいつらにお願いしても無駄だよ」と言うと、「違うよ。僕たちが勝手に貰って帰るのさ」と笑っている。信也に言われて青くんにも手助けを頼むことになったが、青くんは手伝いを快諾してくれた。


 「お兄ちゃんは来ない方がいい」と信也に言われたので、終わった後で報告を聞いた。

 信也と青くんは平日の昼過ぎに青くんが2本の針金のような道具でカチャカチャと酷本さんの家の玄関の鍵を開けて入り、酷本さんの部屋から例のデジカメを取ってきたというのだ。さらに信也が言うには、酷本さんは姑息にも家のパソコンにメモリーカードの画像をコピーして保存していたらしく、信也はそれも削除してくれた。酷本さんの家は町の小さな電気店で、日中は200m位離れた店に全員出ていて、家は留守だったようだ。しかも住居の方だから監視カメラ等のホームセキュリティーが無くあっさり入れたし、パソコンの方もパスワードが必要なロックがかかっていなかったので短時間で仕事を終えたようだ。


 デジカメに挿入されていたメモリーカードの内容を信也の部屋のパソコンで確かめる。僕が土下座したり、裸で四つん這いになったり、自慰行為をさせられている画像がモニターに次々と映し出されると、信也も青くんも「こりゃあ酷いなぁ」と呆れ、同情してくれた。

 「復讐しようぜ。」と言ってくれたのは青くんだ。

 「サッカー部の連中全員を一度にやると兄ちゃんが疑われるから程々にしてね。」と信也も青くんを止めない。

 「こんな事をされて、怒ったりやり返しても良いんだぞイクヤ。俺が手伝ってやる。」

 「高校生の時に怒ったし先生にも言ったし、それでも誰も助けてくれなかったんだ。」

 「じゃあ、これからやり返そう。まずこいつらのリーダーは誰だよ?」

 「この背が高くて色黒のキツネ目女」

 「名前とか住んでる場所とか分かるか?」

 「名前は苦道祥子、住んでる家までは分からないけど最寄駅はxxだよ。」

 「ちなみに、こいつ殺しちゃってもいいよな?」と青くん

 「え?」僕はさすがに少し躊躇した。

 「だって、放っておくとこの先も絡まれるぞ。」

 「いいじゃん、やっちゃおう。でも派手で目立つのは困るよ。」と信也が僕の代わりに答えた。信也は時々ドライで冷徹な一面を見せる。


 今度は青くんに「イクヤは知らない方が良い」と言われ、数日後、青くんから「もういなくなったから安心しろ」とおおよその話だけ聞かされた。

 僕が聞いた話の内容はこうだ。青くんは白くんに手伝ってもらい、バイト帰りの苦道さんを車で拉致し、県南部の山奥にある林業の作業小屋に生き埋めにした。生き埋めと言っても、一から穴を掘って埋め戻したのではなく、作業小屋の床下に予めあった何かの保管用の竪穴に、気を失っている苦道さんをドラム缶に入れて埋めてきたのだ。苦道さんの手足を荷造り紐で縛り、体を丸めるような姿勢でドラム缶に押し込み、地上との通気穴だけ確保してドラム缶の蓋を閉めた。折り畳み式の携帯電話だけは電源を切って真っ二つに折った後に踏みつぶし、それ以外の持ち物は壊したり盗んだりせずドラム缶の中に一緒に入れてあげたし、着衣の乱れも暴行の跡もない。

 苦道さんは突然気を失い、気が付いたらどこか分からない窮屈な場所に閉じ込められていて、きっと驚いただろう。そして数日間かけてゆっくり死んだのだ。飢えや乾き、暗闇の恐怖と身動きが取れないストレスで少しずつ、少しずつ。死んだ後も、誰かに死体を見つけてもらったり、改めて埋葬されたりすることもたぶん無いだろう。

青くん白くんも、苦道さんの気を失わせて車に拉致する時だけ気を付ければ後は安全だった。凶器は無いし特殊な道具も使っていない。苦道さんの持ち物も一緒に埋めているから証拠になるような物も出ないし、二人の内どちらかが言わない限り死体も出てこない。ちなみに、この作業小屋は信也がネットで探してくれたようだ。5年以上前に使われなくなり、放置されていた小屋には扉の留め金に南京錠が掛かっているだけで、鍵ごと壊せば簡単に中に入ることができた。


 苦道さんがいなくなった事に対して、最初家族や周りは冷ややかな反応で真剣に探している感じは無かった。友達の所を渡り歩いて遊んでいる程度に思われたのだろう。しかし1週間全く電話が通じないあたりから親が高校時代の友達に聞いて回るようになり、3週間くらいしてやっと警察に行方不明届を出したようだった。僕の所にも汚黒くんから「苦道を知らないか?」と電話があったが、「知らない」と答えた。

一人、顔面蒼白で僕の家を訪ねてきたのは酷本さんだ。玄関先で声を小さめに二人だけで話す。

 「私のデジカメが無くなったり、苦道さんがいなくなったり、あんたじゃないでしょうね?」

 「僕は何も知らないよ。って言うか、カメラも無くなったんだ。」

 「とにかく、カメラもメモリーカードも無くなって、私はもう関係ないから私に近づかないでよね。」

 「ちょっと待ってよ。誰かがカメラを見つけて中身を見たらどうするの。」

 「知らないわよ。自分で探せば。」と一方的に言って、酷本さんは帰って行った。僕の復讐には続きがあるが、信也が「全員を一度にやると兄ちゃんが疑われる」と言ってくれたように、慎重に事を進めたからこの時点では書けない。

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