第11話 僕はアルバイトを始めた。

 僕が高校を卒業して19歳になる年。奈良観光産業大学、通称「ナラカン」に入学した。知名度は低い大学だが、知っている人にとっては、バカ大学、Fランク大学、ギリギリ大学生など頭が悪いと評判だ。とは言え一応四年制大学であり、卒業すれば大卒となる。奈良県北西部にあり、僕が住んでいる所からは関鉄電車で八木、西大寺と電車で2回乗り換える必要がある。

 今の僕はイジメられた高校3年生のような地獄ではなく、1~2年生の時の様な周りからは無関心で幽霊のような存在だ。僕はまた変な奴に目をつけられてイジメられるのが嫌なので、必要最小限しか周りと関わりを持たないようにした。この結果、僕の名前を知っている、覚えている学生などほとんどおらず、入学式や授業で友達ができたり、サークルや合コンで彼女ができるなんて事も無い。通学電車や教室の中では、周りの学生が友達や彼氏彼女と楽しそうにしているのを横目にずっと一人で、「あ、あの子可愛いな。何学部だろう」、「この前も食堂で見かけた元気な子だ」、「いつも同じ車両に乗る人だ。綺麗だな~」等、ブツブツ独り言を言いながらお気に入りの女子を見つけては遠くから眺めているだけだった。


 電車の車内で僕の隣の座席が一人分ポツンと空いたり、僕が立っている前に空間が出来たりするのだが、これには少し心当たりがある。僕も悪いのだ。中学高校とずっと自転車で通学してきた僕が電車通学を始めてすぐの頃、制服姿の女子高生が僕の座席の隣に座ってきた。その時は混んでいて座席が窮屈なくらいだったので僕と女子高生の太ももと太ももが長時間触れ合うラッキースケベを経験することができた。衣服越しとは言え、温かくて柔らかい女性の感触を感じて顔がずっとニヤケしまい、わざと密着面が広がるように膝を少しずつ開いたりもした。

 電車内が混んでいて立っている時も、他の乗客に押されて僕の正面に立っている若い女性に後ろから密着し、その若い女性からシャンプーかコンディショナーか知らないがとても良い匂いがして、鼻を大きく広げて何度か匂いを吸い込んだ。僕のチンチンは“控え目”サイズだがピンと前方向に立ち、ズボンがモッコリなって勃起している事が分かりやすい。しかも我慢汁が多いのでブリーフが濡れるのはもちろん、激しく興奮している時はオシッコを漏らしたようにズボンまで染みている時もある。不必要に大きな鼻呼吸を不審に思った女性がこちらを振り返り、睨みつけられたことがあった。このようなスケベな悪戯を毎朝繰り返していると、女子高生に限らず若い女性が僕に近づかなくなり、距離を取られるようになってしまったのだ。


 授業だって他にやることが無く出席点がもらえるから出ているだけであって、面白いわけでも理解できているわけでもない。ただ何となく一人で板書をノートに書き写しているだけだ。従って定期試験では苦労した。虫食いの空欄に回答を記入するような試験もあるが、大学では論述試験が多いのも原因の一つだ。内容が分からないのに「xxを説明せよ」、「見解を論述せよ」と言われても書きようがない。さらに言えば僕は人と話したり説明するのが苦手だから、とりあえず小学生の読書感想文のような稚拙な文章で回答欄を埋めて提出することになった。結果、受講していた講義の2/3程度しか単位が取れなかったが、自分の中では御の字だった。僕だけじゃなくて周りもバカだから採点基準が甘いのだろう。この先も真面目に講義に出席して地道に点数を稼いだこともあり、留年することなく4年間で卒業に必要な単位を取ることが出来た。


 大学生になって少し変わった事と言えば、アルバイトをしたことだ。通学に使っている駅近くにある「KAZURAYA」という全国チェーンの大手レンタルビデオ店に応募し、簡単な面接だけで採用された。ナラカンとは言え大学生という肩書が役立ったのだが、他の大学生と僕ではやはり能力が違うようだ。他の学生バイトは業務をそつなくこなすが、僕の場合レジを担当したらおつりを間違い、貸出カウンターを担当したら渡すビデオを間違い、店内整理を担当したら返却されたビデオを違う棚に戻すなどのトラブルを招き、店長や他のバイトから非難轟々だった。それでも人が足りないからと店長が店内整理をやらせてくれたが、「新作パッケージの中に旧作が入っていた」、「ヤクザ映画がキッズコーナーの棚にあった」、「アダルトビデオコーナーでニヤニヤしていて気持ち悪い」など週に1回は客からもクレームが入った。僕は次第にシフトを減らされ、最後には店長から「有尾君もここでは人間関係が辛いだろう。違うアルバイトを探したらどうかな?」と遠回しに辞めるように言われて、不本意ながら半年もたずに辞めることになった。

 アルバイトをすることで孤独な僕でも社会参加している、(迷惑をかけている方が大きいかもしれないが)社会の役に立っているという感覚が得られたし、時給800円程だが自分で稼げるというのが楽しかった。だから「KAZURAYA」を辞めた後も他のアルバイトを探したが、面接で落とされたり、採用されても1週間程度で辞めさせられる事になってしまった。


 こんな僕を助けてくれたのは親戚の岩室叔父さんさんだ。「信秀書店」という本屋というよりはアダルトビデオや大人のおもちゃ等を主に販売しているお店のフランチャイズオーナーで、自分の息子達にも時々店を手伝わせているが、もう一人ぐらいアルバイト店員が欲しいと思っていたらしい。僕の母親から僕がレンタルビデオ店のバイトを辞めたと聞いて、僕に「手伝わないか?」と手を差し伸べてくれた。

 大阪ミナミの繁華街にある小さなお店。僕の家からは鶴橋方面の電車で約1時間の場所になる。裏路地にある店に入ると入口付近こそ一般的な映画やドラマのビデオ、DVD等が売っているが、陳列棚とカーテンで区切られた奥は全てアダルトビデオやDVD、その他アダルトグッズだ。売場面積の約2/3~3/4はアダルトコーナーで、これ目当ての客が結構来て何かと売れるらしく、バイトの業務内容としては商品の補充、整理、レジ、清掃等だ。12時から23時までお店を開けているが、夜までは1人で店番をして、客が多い20時位から叔父さんと2人体制になると説明を受けた。「店番が一人で窃盗や強盗とかの心配はないか」と聞いてみたが、叔父さん曰く「うちの店を襲おうなんて馬鹿はいないと思うが、もしもの時イクヤ君は逃げ出して良い。金や商品を取られても後で10倍取り返す」とのことだ。見た目も名前も勇ましい息子の岩室青龍くんと白虎くんにも挨拶をしたが、中学高校と“やんちゃ”して地元では有名だったらしく、今でも工場仕事の帰りや休日に格闘技を習っているようだ。耳たぶが大きく垂れ耳が特徴のこの親子なら確かにエグイ報復ができるだろうと思った。

 仕事を覚えるため最初は昼から叔父さんと一緒に仕事をして色々と教えてもらった。お客は成人男性だけで来店者数はレンタルビデオ店より少ないし、販売したら在庫から補充や、まとめて商品発注するだけだから業務も簡単だ。それでも僕は色々とミスをしてしまったが、親戚のよしみなのか辛抱強く教えてくれた。このバイトが良いところは時給が約1,000円と他よりも高い点だ。業務内容がアダルト商品の販売なので嫌厭されて中々アルバイトへの応募が無く、少しずつ時給を引き上げていった結果だ。もう一つ良いところは、アダルトビデオが見放題という点だ。叔父さんは「お客さんがいない時は商品を見ながら適当に時間を潰してもいい」、「店内のデモで流す商品をイクヤ君が選んでくれてもいいよ」と言ってくれた。あと、僕が大学で午後に授業がある等の用事がある時は、叔父さんが店に立ったり、青龍くんか白虎くんのどちらかが店番を代わってくれる配慮もありがたかった。


 僕は頭が悪いなりに業務に慣れて、昼から夜にかけて一人で店番をする。家からでも大学からでも電車で「信秀書店」に来るのだが、難波にある「粉もの屋ベア」でたこ焼きかお好み焼きを食べて腹ごしらえしてからバイトに行くようにした。たまたま入ったお店だが美味しくて気に入っている。

 来客はたまにあるが多くはないため暇な時間がほとんどだ。叔父さんのお言葉に甘えて店内のビデオやDVD等を見漁る。「KAZURAYA」の時はアダルトコーナーの整理が楽しみで、パッケージの女性の裸を見るだけでも勃起したが、今では堂々と商品を見ることが出来る。このバイトを始めるまで自分の家ではエロ本を見ることは出来てもビデオは見られなかったので、ここに来て一気にセックスのイメージが広がった。もちろんモザイクがあるが、男が腰を動かす激しさや体位の転換、女性の喘ぎ声など映像ならではのリアリティがあり、自分にもこんなに集中力があったのかと思うくらい夢中になってビデオを見ていった。「リュクべっぴん」で見たような女優物から手を付けて、女子高生物、職業物、企画物など次々と見ていったが、大体が女性を脱がせ、女性の胸やアソコを触ったり舐めたりして、フェラをさせて最後にアソコへチンチンを入れる流れだ。後はこの女優が変わったり、男優が変わったり、設定やコスチューム、プレイヤーの数が変わる程度で、それぞれ工夫はされているが、やることは大体決まっていた。数百ある商品の中からデモで流す好みの商品を見つけるというよりは、自分好みの顔や体型の女優探しになっていった。

 バイトを続けていく中で好みの女優数人を選んだ頃には、ある程度の数の女優名と顔も覚えて、可愛い系の新人女優が単体でデビュー作品に出て、次はナンパされる企画物に出て、同じ女優が別商品で部活のマネージャーになり、また違う商品ではエステ嬢になる等、設定を変えて使い回しされているのも分かってきた。僕をイジメた女子サッカー部のメスゴリラ共とは違い、「こんな綺麗な女性がどうして?」、「こんなに可愛い女の子がなぜ?」とは思うが、僕もこの子に一度お手合わせ願いたいと興奮するのも事実だ。僕は大学卒業までここでアルバイトを楽しく続けることが出来た。

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