第14話 人生最悪の一日⑭

 八橋英才はカップラーメンを啜りながら、机の上に置かれた四つのモニターを交互に眺めていた。

「あっ! 株価が急に下落してるじゃーないのぉ! にゃにが起こったんでゴワすか!? ……あー、中東情勢が不安定だからこうなったのか……」

「いやー、しかしこのアニメ面白いわー。全くのノーマークだったけど、見て正解ザンしたな! ヒロイン役の声優がかわいくねーのが難点だけど」

「よっしゃ! データの吸い上げ完了したな! これだけ確たる情報がありゃあ、あの野郎も失脚するに違いねぇぜ! ちょっと危ない橋だったけど、ハックして正解ザンしたな~」

「え? 何々? 祝與の白石風夏が襲われた!? えーマジで!? ……でも夜警団に救出された……なんだ、つまんんねーの。あのメスガキムカつくから、ムフフな目に遭ってほしかったのに」

 麺をクチャクチャ嚙みながら画面をじっと見つめている八橋だったが、バイクのエンジン音が聞こえ、箸を動かすのを止めた。

「……なんだ? ひょっとして、オイラの家の前に停まったのか?」

 八橋はブラインドの隙間から外を眺めた。外にはバイクに乗っているスタンがいた。

「あれ? スタン? 一体何の用……ちゅーか、あいつ夜警団止めたんじゃなかったっけ?」

 その直後、赤いスポーツカーが八橋の家の前に停まった。八橋は大袈裟に仰け反った。

「げっ!? あの車は夜行の……! な、何の用だよ!? ひょっとしてまたオイラの事虐めに……あぁん?」

 英才は車から出てきた桜の事をじっと見つめた。

「……良い! ベエエェェェリィィィィグーな美少女じゃないですかー! やだー! なになにあいつ、夜行の彼女なの? ……あ、そう考えると途端にムカついてきた。……っていうかそうだよ! 夜行が来てるんだよ! 早く逃げなくちゃあ! ではさらば! また来週!」

 英才はぶつくさ言いながら別の窓を開けた。そしてまた動きが止まり、笑い出した。

「ってここ三階じゃないですかー! こんなところから飛び降るなんて出来ませんよー! やだなー! あっはっは!」

「なに一人で喋ってるんだよアホ」

 いつの間にか部屋の中に入ってきた夜行を一目見た瞬間、英才は幽霊に出くわしたような大声を出し、顔芸をした。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「うるせぇんだよ馬鹿! 近所迷惑だろうが!」

「い、いやあ夜行クン! よく来てくれたねぇ! 汚いところですがどうかごゆっくりしていって下さいまし!」

 夜行はアニメのフィギュアやら薄気味悪い人形やら、エナジードリンクの缶やらカップラーメンの食べかすやらが転がっているお部屋をじろりと見まわした。

「こんなところでゆっくりするくらいなら、終身刑くらって刑務所に入る方が余程マシだ」

「あ、あはは。相変わらず手厳しいなぁ夜行クンは……ね、ねぇところで……」

「なんだ……」

「あ、あのボンキュッボーンの美少女は、夜行クンの彼女なのでござるか!?」

「……あいつは夜警団の新入り……になる予定の一般人の女だ」

「マジでござるか!? あんな美少女が足の臭い野蛮人だらけの夜警団に入るなんて、そんな殺生な! およよよよ……オイラ悲しくて泣いてしまいまするぅ!」

「おい」

「しくしく……なんでごわすか?」

「黙れ。次口開いたら殺すぞ」

「……!」英才は口にチャックをする仕草をして押し黙った。

「お邪魔しまーす。うわぁ……相変わらずきったねぇ家だねぇ」

「うわっ! なんだこれ!? ……スナックバーだ。足で踏んずけてしまった。くそ……」 

 部屋の中にスタンと桜が続いて入ってきた。英才は桜……主に胸元を中心にがん見し始めた。

「……なんだ?」

「……」

「何とか言ったらどうだ?」

「……」

「おい夜行! こいつなんなんだ!? 目線が気持ち悪いぞ!」

「気持ち悪いのは目線じゃなくて、こいつの存在そのものだ」

「むっ! その言いぐさは心外ですなぁ……」

「……」

「わ、分かっておる分かっておる。黙ってるでござるよ……」 

 夜行は溜息混じりで、ものすごく嫌そうに桜に英才の説明をしてやった。

「こいつは八橋英才。こう見えて凄腕のハッカーだ。夜警団の団員じゃないが、たまに仕事を手伝ってもらってる」

「何故ハッカーなんかが夜警団に……?」

「以前この馬鹿が夜警団のデータベースにハックしたせいでとんでもない騒ぎになってな。それでこいつを捕まえたんだが……」

 この場にいる者全員が英才を見た。英才は決めポーズをとった。

「敵にするより味方につけた方がいいっていう理由で、団長がこいつを無罪放免にしやがった」

「まあ、実際役にたってるんだしよぉ……いい加減仲良くしろよお前等」

「絶対嫌だ」

「あ、そう……まあ俺もこいつと仲良くする気なんかねーけど」 

 夜行とスタンに辛辣な言葉をかけられ、英才は涙目になった。

「という訳だから、お前も必要以上にこのゴミに近付くなよ」

「そ、そこまで言う事ないだろ! いくらなんでも、かわいそうだぞ!」

 桜に擁護されて、英才は満面の笑顔になった、

「友達いない同士だからって、こんな底辺にシンパシー抱くな」

「いや、でも昔同級生に仲間外れにされてた時の記憶が蘇って……って! なんで貴様僕に友達いない事知ってるんだ!?」

「自明の理だ。お前みたいな面倒な性格の奴に、友達が出来る筈がない」

「ひ、酷い事言うな! 今の結構傷ついたぞ!」

「なあ夜行~」

 傍にいるスタン口を挟んだ。

「それ、お前がどうこう言えた事じゃないだろ」

「……」 

「なんだ……貴様も友達いないのか……だったらいい。さっきの無礼な発言は許してやる」

「……おっと、こんなクソどうでもいい話してる場合じゃなかった」

「話逸らしたな貴様……」

「今日俺達がこの肥溜めに来たのは、このパソコンをお前に調べてほしいからだ」

 英才はえ、俺? とでも言いたそうに自分の事を指さした。

「……」

「なんとか言え」

「いや、だって夜行クンが喋るなって……」

「うるせぇんだよカス。いちいち逆らうんじゃねぇ」

「カスってあんた……」

「で、出来るのか出来ないのか」

 スタンはノートパソコンを英才に渡した。英才はパソコンを開き、鼻で笑った。

「あたりまえざんしょ? むしろなんでオイラがこんな低スペックのパソコンを調べきれないと思ったのか、聞かせてほしいですな。……で、具体的に何を知りたいんでゴワスか?」

「真央って女の居場所だ。そのパソコンの中に何か手掛かりがないか、調べてほしい」

「オーケー」

 英才の目の色が変わった。彼は机の上にノートパソコンを置くと、全集中してデータを調べ始めた。

 スタンは壁に寄りかかりながら夜行に言った。

「でもよぉ、もしそのパソコンに手掛かり無かったらどうするんだ?」

「そりゃあ決まってるだろ。最初からやり直しだ」

「かったりぃな……」

「こんなんだから慢性的に人材不足なんだろうな。夜警団って」

 夜行は腕時計を眺めた。時刻は既に22時を回っている。

「一般的に、誘拐事件の被害者が生き延びられる猶予期間は96時間と言われている」

「急に説明口調になってどうした? そんな初歩的な事くらい覚えてるよ」

「そりゃあ悪かったな。……まだ猶予は三日以上ある。だが早くアリスを救出したい。よくない事がおこる予感がするんだ」

「……本当にそれだけか?」

「なんだと?」

「俺が気付かないとでも思ってたのか? お前、なんか俺に隠してるだろ」

「……何のことだか」

「相変わらず嘘が下手だな。本当の事を言えよ、俺達の間に隠し事は無しだぜ」

 夜行は低い声で話し出した。

「……アリスを攫った犯人は、俺とそっくりの女だった。恐らくは俺の近親者……腹違いの妹だ」

 スタンは重苦しいうめき声を発した。

「成程ね……遂に実の父親に繋がるかもしれない手掛かりを掴んだ訳か」

「ああ」

「そりゃあ必死になるわな……なあ」

「なんだよ」

「仮に……仮にアリスの命と復讐の機会の、どれか一つを選ばなきゃならなくなったとしたら、お前どっちを選ぶつもりなんだ?」

「決まってるだろ。復讐だ」

「……そうか」

 夜行もスタンも黙りこくってしまい、重苦しい沈黙が訪れた。だがその沈黙も十秒ほどで終わった。

「終わったよ~ん。夜行クン」

「終わった……? まだ一分程度しか経ってないぞ」

「それだけあれば十分よ~ん。ほいこれ、真央って女はここにいると思われますぜ旦那」   

 夜行はパソコンを見つめた。画面には数字だけがずらっと並んでいた。

「なんだこりゃあ……なんて書いてある?」

「この程度なら簡単に解読出来た。今日本語に訳すから待っててちょ」

 そう言って、英才は恐ろしい速さでブラインドタッチをして、またパソコンの画面を夜行に見せた。

「これでいいざんしょ? この場所で黎明の幹部が集まる資金集めのパーティーがあるみたいでゴワス。ここから車ですっ飛ばせば、24時に始まるパーティーに間に合うんじゃなーい?」

「……ありがとよ」

「いいって事よ。それと、会場に来る筈の黎明のメンバーの名簿も入ってたから、それもついでにファイル作っといた。それも参考にしてちょ。あと依頼料は……」

「それは俺じゃなく、レオに請求しろ。……おい何やってんだよ桜。行くぞ」

「……え? あ、ああすまん。好きなアニメのフィギュアが陳列されてたからつい魅入ってしまってた」

「Au revoir!」

 夜行が乱暴に部屋のドアを閉め、三人はいなくなった。

「……良い子だったなぁ……あの桜って子……それにちょっとオイラに気があったみたいだし……ひょっとして口説けばワンちゃんある?」

 盛大に勘違いしながら、英才は心底気持ち悪い笑い声を放った。

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