第13話 人生最悪の一日⑬

 桜を連れて、夜行とスタンは高見の居たレストランに戻った。高見は相変わらずレストランにいたが、彼に加えて武装した高見の警備係らしいガタイの良い男達が、十人程追加でレストラン内に配備されていた。夜行は数秒で彼らの配置場所と人数を確認した。

「ほら、連れてきたぞ」

 レストランの中に入った夜行は、鎖で雁字搦めに拘束した桜を机の上に押し倒した。

 高見は呻きながら高見を睨む桜を冷ややかな目で見下げ、また夜行と目線を合わせた。

「驚いたな……あれだけ難儀していた厄介者をたった二時間足らずで捕まえてくるとは……」

「世辞はいい。それよりも約束を果たせ。あんたのボスに俺達を紹介しろ」

 高見はワイングラスに入れた血を飲んだ。

「どうした?」

「あまりにもすべてが上手くいきすぎている。はっきり言うと、私は君達の事を疑っている」

「おいおい、俺達の裏はとったんだろう?」

 スタンがそう言うと、高見はノートパソコンを開いた。

「ああ。言われた通りに各所にハッキングして、君達の経歴を調べた。君達が札付きの犯罪者である事は明白だ」

「それじゃあ何が不満なんだ?」

「君達は靴磨きの少年の話を知っているかね?」

「えーっと……? 茉莉、知ってる?」

「……投資家達の間で語り継がれてる伝説だ。ジョセフ・P・ケネディが町の靴磨きの少年に靴を磨いてもらった際に、少年から何々の株は買った方がいいと勧められたらしい。その話を聞いたケネディは近い将来に株の大暴落が起きる事を予測して、持ち株の全てを売却した。ケネディの予想通り、1929年に大恐慌がおこった」

「へ~。でもなんでケネディは大恐慌が起こるって分かったんだ?」

「それは専門家に解説してもらおうか」

 高見はもう一度グラスに口をつけた。今度は、高見は血を全て飲み干した。

「簡単に説明すると、トレンドは三つの段階から形成される。その中でも、利食い期と呼ばれる第三段階は、傍から見れば株価が急上昇する絶好の投資期間だ。だが実のところ、その時期が最も危ない。何故株価が急上昇しているかというと、投資の素人が積極的に株を買っているからだ。つまり、何かの拍子に株が大暴落する可能性が極めて高い」

「ご教授ありがとよ。で、何が言いたいんだ?」

「つまりだ。傍から見れば順調に物事が進んでいる時こそが、その実最も危ない時期だという事だ」

「要するに、あんたは俺達にあんた等のリーダーの居場所を教えるつもりはないって事だろ?」

 夜行が確認すると、高見は抑揚のない声で手短に、

「そういう事だ」

 と言った。

 高見の返事を聞いた瞬間に、スタンはノートパソコンをひったくり、夜行は桜を抑えていた手を離した。桜は体勢を立て直し、高見の喉にナイフを押し当てた。

「なっ……!?」

 警備の男達が動揺している刹那、夜行はポケットから銃弾を何発か取り出し、それを男達めがけて、電撃を使って投げた。銃弾は全て男達にあたり、男達は呻く間もなく息絶えた。

「……やはり君達はグルだったか」

「そういう事だ。……おいなにやってるんだ桜! さっさとそいつの首を掻き切れ!」

 桜は改めて高見の首元にナイフを押し当てたが、どうしても首を抉る事が出来なかった。

 桜が嫌な汗をかいているのを見て、高見はせせら笑った。

「軟弱者が。人を殺す度胸すら持ち合わせていない癖に、私達に戦いを挑んでいたとはな。笑わせてくれる」

「う、うるさい! 動くな! 本当に殺すぞ!」

 桜が動揺しているのを見て取った高見は、腕から伸びている管から、自分の血液を桜に流し込もうとした。

 が、高見よりも早く夜行が動いた。夜行は事前に拾っていたナイフに、電撃を纏わせて高見めがけて投げた。ナイフは高見の腕にあたり、鋭い痛みによって高見は苦悶の叫びをあげた。

「こうなるんじゃないか薄々思ってたが、案の定だったな」

 桜は高見を警戒し続けながらも、ちらりと夜行を見やった。

「貴様……ひょっとして僕を試したのか!?」

「そういう事だ。さっき言った筈だぞ、油断するなと」

「ゆ、油断した訳じゃない! 僕はただ……」

「相手の命を奪う事を躊躇ったじゃないか。それが油断でなくてなんだ?」

「……く……!」

「どけ。そいつのとどめは俺がさす。スタン、お前はさっさとパソコン持って、奴のところに行け」

「お、おう……お前等も早くこいよ!」

 スタンが店の外に出たのを確認すると、夜行は高見の近くに歩いて行った。

「クックック……」

 高見は僅かに、笑い声を漏らした。夜行は不審に思った。

「死を前にして気でも触れたか?」

「クックック……ハハハハハハハ!」

 ――いや、違う! 夜行は直ぐに異変に気付いた。高見の笑いは勝利を確信した笑いだった。

「桜! こっちに来い! そいつから離れろ!」

「え……」

 高見は今一度、恐ろしい速さで桜に拳を突き出した。桜は間一髪攻撃を躱したが、一瞬でも気付くのが遅ければ、間違いなく神経毒を流す管が桜の脳に突き刺さっていた。

「い、今こいつ……! 一瞬遅かったら……!」

「それよりも、こいつの変わりように目を向けろ」

「え……? あ……!」

 高見はいつの間にか、一回り体つきが大きくなっていた。筋肉が膨張し、全身に血管が浮き出ている。

「ど、どうなってるんだ……!?」

「烙印の力を限界を超えて引き出したんだ。俺達はああなった忌躯の事を『慟哭』と呼んでる」

「……貴様も出来るのか?」

「ああ」

「だったらさっさとあれになって奴を倒してくれ!」

「断る」

「なんでだ!?」

「見た目がキモくなるから嫌いなんだ」

「ふざけてるのか!? そんな事言ってる場合じゃないだろ!」

「冗談だ。……慟哭状態になると大きなデメリットが発生するんだ。だから極力使いたくない」

「デメリット?」

「理性が半分くらい吹き飛ぶ。場合によっては完全に」

 夜行がそう言った瞬間、高見は獣のように叫んだ。

「な、成程……慟哭と名付けられた理由が分かったよ……」

「安心しろ。この程度の相手なら、このままで十分だ。頼りになる相棒もいる事だしな」

「それ、僕の事か?」

「他に誰がいるんだ?」

 桜はほんの少し笑って構えた。夜行も臨戦態勢を作った。

「今ここで一番マズイのは、こいつに殺されて死ぬ事だ。そして二番目にマズイ事は、騒ぎになってお巡りを呼ばれる事だ。当局に捕まったら事情聴取が始まっちまう。そうならないようにさっさとこいつを倒してこの場から退くぞ」

「分かった。こいつを秒殺すればいいんだな!」

 桜は烙印の力を解放させ、再び一直線に高見に向かっていった。

「あの馬鹿……!」

 仕方なく、夜行も電撃を纏って高見に突進した。

「オラオラオラっ!」

 桜はラッシュを高見に叩き込んだ。高見は攻撃を受けて吹っ飛んだ。

 夜行は倒れた高見に電撃を放ち、追い打ちした。高見の身体が痙攣した。

「やったか!?」

「いや……」

 しかし、高見は何事もなかったかのように起き上がった。

「この程度じゃ死なない。慟哭状態になると、身体能力が飛躍的にアップするんだ。こうなった忌躯を倒すには、強力な一撃をお見舞いするしかない。持久戦じゃこっちが不利だ」

 高見はゲラゲラと笑い、耳障りな声で言った。

「お前等じゃ俺には勝てん! 大人しく死を受け入れろ!」

「死など受け入れるものか! ……だがどうやってこの化け物を倒せば……」

「俺が高火力の電撃をこの醜い化け物に浴びせてやる。ただし、こいつを倒せる威力の電撃をチャージしようとしたらそれなりに時間がかかる」

「具体的にどれくらいだ?」

「多めに見積もって、一分ってところか」

「一分……その間僕がこいつを足止めするのか……」

「そういう事だ。管に気をつけろ。神経毒を食らったら終わりだ」

 桜は大型のナイフを二つ取り出し、両手で持った。

「一分……正直きついが、なんとかしてやる」

「何をぶつぶつ言ってる!? どうあがいでも貴様等では私には勝てんぞ!」

 高見は夜行に攻撃をくわえようとしてきたが、桜は高見にタックルをかまし、夜行の身を守った。

「目障りなクソガキがあああ! まずお前から始末してやる!」

 高見は怒り狂い、口を大きく開けた。

 すると、高見の口から管が大量に飛び出し、桜に向かってきた。

「うわあああっ!? きもちわるっ!」

 桜は四方八方から押し寄せてくる管から逃れる為に、ジャンプして二階に飛び移った。が、それでも尚管は桜めがけて押し寄せて来た。

 遂に桜は逃げ場を失い、死角に追い詰められた。

「ヤ、ヤバい……どうすれば……!」

 管が一気に迫ってきた。桜は意を決して壁を壊し、勢いよく店の外に飛び出た。

「うわわわわっ!?」

 当然桜はそのままコンクリの地面に叩きつけられた。だが能力で身体能力を上げていたお陰で、軽度のケガで済んだ。

 問題があったのはその後だ。高見が悠々とレストランの二階から飛び降りてきて、桜の首を締めあげ、身体を持ち上げてきた。

「……!」

「散々手間取らせやがって……お前のせいで、組織内での私の評価が下がってしまった」

「……が……あ……」

「その損害分の清算をしてもらおう……死ね!」

 高見はもう片方の腕から出た管を、桜に突き刺そうとしてきた。

「……あ?」

 桜は自分の首を絞めつけている方の高見の腕を両手で掴むと、両足に力を込めて、思いきり高見の腕を蹴りあげた。

 絶叫と共に、高見の腕が千切れた。

「ギャアアアアアアア!」

 桜はその隙になんとか高見から距離をとった。高見の千切れた腕から流れる夥しい血に触れるのは危険と判断したのだ。

「ごほっ! ごほっ! な、なんとか拘束は解いたが、依然としてピンチは続いてる……どうすれば……!」

「このクソガキがああああああ! 許さん……許さんぞォォォ!」

 高見は怒りに任せて桜に突進してきた。

 桜は逃げようとしたが、地面に躓いてしまい、体勢を崩した。

 ――やられる! 桜が死を覚悟した瞬間に、夜行がレストランの二階から飛び降り、桜の前に立った。

「くたばれ!」

 そして、夜行は片手を前に突き出した。夜行の掌から圧縮した電撃が飛び、高見を直撃した。

 電撃には強烈な閃光と轟音が伴い、高見の身体を消滅させた。

 桜は目の前でおこった光景を咀嚼しきれず、暫く呆然としていたが、夜行に肩を叩かれ我に返った。

「退散するぞ。誰かに見られると面倒だ」

「……ハッ! お、終わったのか!? あいつは死んだのか!?」

「跡形もなくな」

「そ、そうかよかった……い、いや! 良くないぞ! どう考えたって一分以上経ってたじゃないか! さっさと助けに来い! 危うく死ぬところだったんだぞ!?」

「加勢するタイミングを伺ってたんだ。必ずあてる必要があったからな。それに……」

「それに?」

「お前ならそう簡単にはやられないと信じてた」

「……そ、そうか……」

「……」

「な、なんだ?」

「頬が赤くなってるぞ」

「え!?」

「……お前って、もしかしてチョロいのか?」

「ちょ、チョロくなどないわ! 人をチョロい女扱いするでない! 無礼者!」

 遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。このままこの場に長居するのは危険だと夜行は思った。

「分かった分かった。そういう事にしといてやる。それじゃあさっさと行くぞ」

「あ、待て! 置いてくなー!」

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