第15話 人生最悪の一日⑮

「ん~! やっぱり納得いかないぞ夜行!」

 目的地のビルに向かう途中、助手席に乗っている桜がいきなり喚きだした。

「どうして僕のバイクを僕が運転してはいけないのだ!」

「だから言っただろ。お巡りに呼び止められて、お前が無免許運転してるのがバレたら足止めくらうからだよ。そうなったら任務どころじゃなくなるだろ?」

「その辺、どうにかならないのか? だって警察と夜警団って同じ公僕……じゃないや、公務員なのに」

「警察を管理してるのは総務省。夜警団は宮内省。同じ公務員でも管轄してるところが違う。それに警察の中には夜警団の事嫌ってる奴も大勢いるからな。……最もその逆もしかりだが」

「そうなのか? なんで?」

「手柄を横取りしたり、されたりっていう間柄だからだ。たまには協力する事もあるが……事実上利害関係になってる」

「面倒臭いな。大人の世界というのは」

「同感だ」

 やっと桜が黙ったと思い、ふと夜行が横目で彼女を見やると、夜行がギア操作するのをじっと見つめていた。

「……そんなに面白いか? これが?」

「ああ。カッコいい」

「そうか? さっきの話の続きじゃないが、これこそ面倒だよ……俺オートマ車が良かったな」

「なんだ? この車自分で買ったんじゃないのか?」

「いや。犯罪者から接収したのをそのまま流用させてもらってる」

「へー! そういうのありなんだな!」

「本当はダメだ。だけどクソ真面目に申告しても国庫行きになるだけだからな。それだったら俺達が使ってやった方が世の中の為だ。だろ?」

 夜行がそう言うと、桜はくすりと笑った。

「……なんだよ?」

「ひょっとして夜行って、問題児か?」

「人聞きの悪い事いいやがって……悪かったな、その通りだよ」

「あははははは!」

「笑うな。車から突き落とすぞ」

「ご、ごめんごめん! 悪かったよ! 怒るなって!」

「ったく……」

 苛立ちを感じた夜行は、気分直しに煙草を吸おうとポケットの中を探ったが、どこにもなかった。

「ひょっとして、探し物はこれか?」

 桜はそう言いながら、煙草のケースから煙草を一本取り出して口に咥えた。が、直後に夜行がそれをひったくった。

「あ! なにするんだ!」

「それはこっちの台詞だ。勝手に人のものとるな」

「夜行だって、人の車勝手に使ってるじゃないか!」

「俺はいいんだ。なんてったって国家権力の執行者だからな」

「僕だって夜警団に……」

「まだ正式な団員じゃない」

「む~!」

 桜はふくれっ面を作った。夜行は無視して口に咥えてた煙草をケースに戻した。その行動を桜は不審がった。

「……なにやってるんだ? 吸えよ。吸う気だったんだろ?」

「いや……」

「あ、ひょっとして……僕に気を使ってるのか?」

「……まあ……」

「意外といいところあるじゃないか。だが気にする事ないぞ」

「……」

 夜行は窓を開け、煙草を吸い始めた。そんな夜行の姿を見て、桜は出し抜けに言った。

「カッコいいな。夜行って」

 夜行は咳き込んだ。

「な、なんだよ急に……」

「あ、べ、別に深い意味とかないぞ! 今のは恋愛感情とかそういう意味じゃなくて! ただふと……」

「……一体俺のどこがカッコいいんだよ」

 女子高生らしい純朴な反応をする桜とは対照的に、夜行は暗い声で呟いた。

「友達もいなければ、将来に対する希望も夢もない。恋人には暴力をふるったせいで逃げられるし、抗うつ剤と睡眠薬の量は増える一方……こんな奴に誰がなりたがるっていうんだ」

「……夜警団に入った理由は、何かないのか?」

「……母さんの仇を討つ為だ。仇を討つには夜警団に入るのが一番手っ取り早いと思った」

「お母さんの?  ……そうか、夜行の母さんは……」

「いや、死んではいない。……最も、医者の話じゃ大分身体が衰弱してるらしいから、もってもあと一年らしいが……」

「……そんな……」

「その他の理由は……他に出来る事が無いからだな。俺みたいな才も学もなく、その上犯罪歴のある忌躯なんて、誰も必要としてない。夜警団以外には行き場がないんだ。……さもなければ、俺も凶悪犯の仲間入りする事になる」

 桜は夜行の横顔を見つめた。

「自分で分かるんだよ。自分自身の碌でもなさ加減が……俺は……俺は普通の人間とは違う。人を傷つける事をどうとも思ってない人間なんだ。いや、それ以上に性質が悪いか……俺は人を傷つけるのが好きなんだ。どうしようもなく……」

「……夜行……」

「……つまらない話を聞かせたな」

 赤信号で車が停まった。その時、桜が静かに言った。

「夜行は碌でもない人間なんかじゃない。僕は母さんの事が嫌いなんだ。だが夜行はお母さんの為に命をはってる」

「……」

「だからなんていうか……元気をだしてくれ」

「桜」

「え?」

「ありがとう」

「……そう面と向かってお礼を言われると照れるから、止めてくれ」

 夜行は僅かに微笑んだ。

 信号が青になると、夜行は左に曲がった。するとスタンから電話がかかってきた。

『おい、なにやってんだよ夜行。会場はそっちじゃないだろ?』

「ちょっと寄り道する。このまま真正面から出向いて行ったら、俺達が夜警団だってバレるかもしれないだろ。もしかしたら秘密の暗号か、或いは身分証明書が必要かもしれない」

『確かにな。そいつを先に奪おうって事か』

「そういう事だ」

『了解。ならお前の後を追ってくよ』

 電話が切れた。時間は既に11時20分になっている。夜行は車のスピードを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る