第11話 人生最悪の一日⑪

 風呂からあがった十六夜桜は、ため息をつきながらバスタオルで身体を拭き、髪をドライヤーで乾かした後、下着を身に着けた。

「……胸がきつい……」

 またサイズが大きくなったのか……桜は自分の豊満な胸を触り、忌々しく見下げながら憂鬱そうにそう言った。

 ――なにそれ? 自慢? 中学生の頃の同級生に、自分の悩みを打ち明けた時に言われた冷たい台詞が一瞬、桜の頭の中でフラッシュバックした。すると、桜の胸の内にもやもやした嫌な気持ちが溢れかえった。

 桜は服を着ると脱衣所を出て、狭いリビングに向かった。リビングでは桜の母が、テーブルの上に夕食を置いていた。

「桜、ご飯出来てるから食べちゃって」

「……」

「桜、聞いてるの?」

「聞こえてる……」

「もう。あなたってなんでそんなに反抗的なの? いっつも料理作ってくれないし……私は仕事で忙しいっていうのに……」

「うるさいなぁ……何度も言ったじゃないか。僕は料理作るの好きじゃないんだよ」

「別にそんな大した物作れって言ってる訳じゃないわ。ただ少しくらい……」

「大体、なんで僕ばっかり。お兄ちゃんに料理作って貰えばいいじゃないか。どうせ暇してるんだし」

「だ、だって蓮は……」

 母は一瞬怯えたような表情を見せた。その事が桜を苛立たせた。

「お願い桜、私の言う事聞いてよ。あなたまで言う事を聞いてくれないと私……」

「僕はあんたの奴隷じゃないぞ! だからあんたの言う事をきく義理は無い!」

 桜は苛立ちながら玄関に向かい、靴を履き始めた。

「ちょ、ちょっと桜!? どこに行くの!?」

「どこでもいいだろ! あんたのいないところだよ!」

「夕食は……?」

「いらない!」

 桜は制止しようとする母の声を無視して家の外に出た。


 見張っていた小汚いアパートの二階から十六夜桜が降りてきたのを、夜行とスタンは確認した。

「で? どうするんだ夜行? あいつをここで捕まえるのか?」

「いや、それは辞めておこう」

 夜行は車の窓越しに辺りをざっと見回した。19時を過ぎているこの辺りは、酔っぱらいや帰宅に着く会社員を中心に歩行者が多く、とても暴れられるような場所ではなかった。

「こんなところでごたついたらお巡り呼ばれちまう。職質されたら面倒だ」

「それもそうだな。じゃあ尾行か」

 助手席に座っているスタンは、外に出ようとドアを開けた。

「いや待て、尾行は俺がする」

「お前一人に任せて大丈夫かなぁ」

「どういう意味だよ?」

「いやぁ、あの子にセクハラしたり、必要以上に痛めつけたりしないかなぁって」

「そうしたいのは山々だが、それ以上に一刻も早くアリスを助けたい。遊んでる暇なんてない」

「いやそこは否定しろよ……」

「それに……」

「それに……なんだ?」

「あいつの事を量りたい。ガキの遊びとはいえ、あいつは忌躯を何人も戦闘不能にするほどの腕の持ち主だ。それに一人で徒党を組んだ悪党に立ち向かう度胸も持ってる。……もしかしたら逸材かもしれない」

「え? 何? お前ひょっとして、あの子を夜警団に入れるつもりか?」

「悪いか?」

「いやでもそれは……うーん……未成年者だし、女の子だしなぁ……」

「俺が夜警団に入ったのは13の時だ。それにこの前死んだ梨絵を始め、夜警団にだって女はいる」

「そうだけどさぁ……」

「それじゃあ留守番頼んだぞ」

「おい待てよ! 話はまだ……」

 夜行は強引に話を打ち切って外に出て、距離をとって桜を尾行しだした。


「……」

 桜は真っ暗な道を振り返った。だが誰もいない。

「……気のせいか……」

 先ほどから誰かにつけられているような感覚がどうしても拭えない。が、神経過敏になっているせいだと思い直し、結局桜はその感覚を無視する事にした。

 それから歩き続ける事十分、桜は誰もいない廃屋に辿り着いた。

 桜はポケットから鍵を取り出し、シャッターを開けると、中に入ってスマホのライトをつけた。明かりがバイクと大型のナイフを照らし出す。

「こんなところに隠してやがったのか」

 桜はハッとして後ろを振り返った。すると、壁に寄りかかっている夜行がいた。

「どこかにバイクかなにかを隠してるんだろうとは思ってたが……30分も歩かせやがって。しかし俺の気配に勘づいていた事は褒めてやる」

「……真央!? いや、違う……よく似てるが別人だ……」

「真央?」

 夜行は僅かに眉を顰めた。

「誰だ真央って? ひょっとすると、黎明のリーダーの名前か? なんでお前が奴の名前を知っている?」

「貴様こそ僕の質問に答えろ! 貴様、一体何者なのだ!?」

「さあな。力尽くで聞き出してみたらどうだ?」

 桜は大型のナイフを二つ、両手にもって構えた。

「そうさせてもらおうか。……闇に紛れて私欲を貪る奸物共よ! 天に代わって、我が正義の鉄槌を……」

 夜行は手に持っていた小石を桜に投げた。小石は桜の額にあたった。

「いたっ!? な、なにするんだ!? ヒーローが名乗りを上げている時は攻撃しないのが礼儀というものだぞ!?」

「馬鹿かお前は?」 

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ! バーカバーカ!」

 聞いてるこちらが頭が痛くなってくるような事を言ってきたので、夜行は大きなため息をついた。

「現実と妄想の区別がついてないのか……こりゃ重症だな」

「なんだと!? あまり僕を舐めていると後悔……」

「遅い」

 いつの間にか夜行は桜の真後ろに立っており、桜の喉笛に日本刀をつきつけていた。

 桜は身体中に汗をかいた。

「ど、どうやったんだ今……!?」

「対峙する相手から目を逸らすな。忌躯同士の戦いでは、一瞬の隙が命とりになる」

「い、忌躯……!? 貴様、忌躯なのか!?」

 夜行は日本刀を桜の喉笛からどかし、桜の身体をどついた。桜は体勢を崩しつつも、再び戦闘態勢を作った。

「そうか! 今のは能力を使ったのだな! 答えろ! 貴様はどんな能力を持ってるんだ!」

「なんでそんな事喋らなきゃいけないんだ。足りない頭をフル回転させて、自分で推理しろ」

 桜は夜行に言われた通り、夜行の能力を割り出そうと必死に考えた。が、まるで見当もつかなかった。

「……ああもう分からん! こうなったらあたって砕けろだ!」

 桜は考えるのを放棄して、一直線に夜行に向かってきた。夜行はなんなく桜の攻撃を受け止めようとした。

 が……。

「うっ!?」

 ガードしたにも関わらず、夜行は壁を突き抜けて吹っ飛んだ。  

「どうだ! ざまぁ見ろ! 僕を舐めるからだ!」

 夜行は自分の身体中に微量な電流を流し、なんとか態勢を立て直した。

「今貴様の身体に……そうか……分かったぞ。貴様の能力が」

 すぐさま追い付いてきた桜は、夜行に自分の推理を披露した。

「電気だな。身体に微妙な電気を流して、反射神経と運動能力を高めているのだ」

「ご名答……」

「しかしそんな使い方が出来るなんて……第一、その微妙に自分の身体に電気を流すという事自体が難しい筈だ。加減を間違えれば、自分がダメージを受けてしまう」

「よく分かってるじゃないか。その通りだ」

 夜行は身体中に電気を帯電させた。夜行の身体にスパークが走り、桜は一層警戒した。

「前言撤回してやる。お前は馬鹿じゃない」

「……ありがとう」

「能力は肉体攻撃型の『強化』だな。純粋な戦闘能力のアップ……まあよくある能力だし、俺の能力と違って応用も利かないが、鍛えれば際限なく強くなる可能性のある能力の一つ……」

「肉体攻撃型……? それに貴様、僕以外にこの能力を持っている人間を知っているのか!?」

「お喋りはここまでだ。今は戦闘の真っ最中だって事忘れてないか?」

「……!」

「行くぞ」

 夜行は先ほどのように恐るべき速さで桜に近付き、パンチを繰り出した。

「ぐっ!」

 桜は攻撃を受け止めたが、ただでさえ夜行の攻撃が重い上、電撃が走っている為に余計にダメージを受けた。

「ぐああっ!?」

「まだまだ! 更に行くぞ!」

 夜行は更に、鋭い攻撃を加えた。一、二、三……三撃目に桜は体勢を崩した。

 その瞬間を夜行は逃さなかった。

「終わりだ」

 夜行は桜の首に廻し蹴りをたたき込んだ。重い音が辺りに響く。

「……あ……」

たまらず、桜は気絶した。

「点数をつけるのなら……」

 夜行は気絶した桜の身体を抱きながら呟いた。

「40点ってところか。まあ、16歳の小娘にしちゃ上出来だ」

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