第10話 人生最悪の一日⑩

 三人は再びレストランの中に戻った。高見は早速机の上にノートパソコンを置き、映像を再生した。スマホで撮ったようで、上下に激しくぶれる為に、直視し続けていると酔いそうになる。

『はあ……はあ……! ど、どうだ!? いなくなったか!?』

『ああ! これでなんとか逃げおおせた……」

 二人の男が息も絶え絶えになりながら会話をしている。走るのを止めたらしく、ぶれが止まっている。

『う……うわあああっ!』

『な、なんだよ……あぁ……!?』 

 カメラが建物の上を移す。そこには黒いマントと妙な仮面を被り、大型のナイフを手に持った不審者が立っていた。

「なんだこいつ? ハロウィンにはまだはえーぞ?」

「黙ってろギルマン」

 男達の動悸が聞こえる中、不審者がエフェクトのかかった声で言った。

『闇に紛れて私欲を貪る奸物共よ! 天に代わって、我が正義の鉄槌を下してやろう!』

「いたたたたたたっ! こいつ中二病か? 聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるぞ!」

「だから黙ってろって」

 呆れた様子のスタンと夜行だったが、画面の中の男達にとっては、死刑宣告と同じくらいの衝撃だったようで、情けない悲鳴を上げた。

 不審者が大きくジャンプして、建物から降り立った。男達の絶叫が聞こえ、カメラがあさっての方向をとんでいき、地面に落ちた。

 高見はそこで映像を止め、ノートパソコンを閉じた。

「君達に探してほしいのはこいつだ。こいつは黎明のメンバーを何人も病人送りにし、その上我々が攫ってきた女共を勝手に解放した」

 夜行は両手の拳を強く握った。

「こいつをなんとかして捕らえて、私の元に連れてきてほしい」

「めんどくせぇなぁ。なんで俺達がそんな事しなきゃいけねぇんだよ」

「全くだ。こんな中二病の小娘一人、お前等でなんとかしろ」

 高見は夜行を怪訝そうに見つめた。

「なんだよ?」

「何故こいつが小娘だと分かった?」

「誰がどう見たって明らかだろう? ……なんだよ、お前分からなかったのか?」

「残念ながらね。良ければその根拠をご教授願えないだろうか?」

「……」

 夜行は煙草を咥え、火をつけてから説明してやった。

「お前、こんなふざけた格好して外出歩きたいか?」

「そんな趣味は無い」

「それじゃあこんな中二病全開の台詞を吐いてみたいか?」

「冗談だろう? 死んでもごめんだ」

「だろ? だがこいつはこんなふざけた言動をノリノリで行ってるんだ。精神が未発達な思春期のガキに決まってる」

「……なるほど。だが何故女だと分かった?」

「こいつの格好と、声にエフェクトをかけている点が根拠だ。多分、こいつは体形が分からなくなるようにする為にマントなんかつけてるんだろう。女だと知られたら、お前等に舐められると考えている。こいつにとってそれは耐えられない屈辱なんだ」

「成程。だが身分を隠す、という目的でこんな恰好をしているという可能性はないか?」

「こんな馬鹿な言動をしている奴が、そこまで考えて行動しているとは思えないな。それよりも、自分を必要以上に強く見せたいと考えていると推察する方が妥当だ。こいつには変身願望がある。別の人間に生まれ変わりたいという欲求がな。十代のガキにはよくある願望だ」

「ふむ」

「こいつは自分の事を大きく見せたいが為にあんな仰々しい名乗りを上げて、ヒーローごっこに現を抜かしてる。そうする事によって、自分が強くなったような気がしてるんだろう」

「それじゃあ何か? 私達黎明の事を、子供向け番組に出てくる悪の組織か何かだと思っているという事か?」

「だろうな」

「ふざけやがって……」

 高見は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

「なあ高見さん、俺達と取引をしないか?」

 今この瞬間が交渉の時だとスタンは判断し、夜行に代わって口を開いた。

「取引だと?」

「ああ。早い話が、俺達の事をあんた等のボスに紹介してほしい」

「何を馬鹿な……」

「紹介してくれるだけでいいんだ。そうすりゃ、俺達がすぐにでもこいつを捕らえてやる。悪い話じゃないだろ? 俺達の実力はまだまだこんなものじゃねぇ。もっともっと組織に貢献してやるぜ」

「……」

「駆け引きうってる場合か? 紹介してくれなきゃあ、俺達はこいつを捕まえになんか行かないぜ? そうなったら困んのはあんただよなぁ」

 スタンが最後に放った台詞が突破口になった。

「……分かった。紹介するだけしてやる」

「交渉成立だな」

 スタンはニヤリと笑った。

「しかしどうやって、小娘の場所を割り当てるつもりだ?」

「探すのはあんた等だ。俺がヒントをやるから、必死こいて探してこい」

 再び夜行が高見と会話しだした。

「ヒント?」

「このクソガキが育った家庭環境と、大まかな性格をあててやる」

「そんな事が本当に出来るのか?」

 夜行は変わらぬ口調で続けた。

「この小娘が何故、自分を大きく見せたいと考えるようになったのか? 何故正義の味方ごっこをしようと考え出したのか? そこに至るまでの過程を考察すれば、自ずと答えは導きだせる」

「……聞かせてもらおうか」

「さっき言った通り、こいつは自分の女性的な体型を恥じてる。多分こいつの外見は、胸がデカくて尻もデカい。ウエストも細いだろう。身長もこうしてみる限り、160センチ中頃くらいに見えるし、モデル体型と言っても全く過言じゃない。まあ思春期だからな。自分の体型を恥ずかしがるのはそれ程おかしい話ではないが、だとしてもそれだけ恵まれた体つきをしてたら、普通は自慢に思うもんじゃないか? それなのにこいつはそうおもってないどころか、むしろ嫌悪してる」

「何故だ?」

「原因はこいつの家庭環境にある。そしてその家庭環境が、こいつを女嫌いの性格にした。自分自身が女であるにも関わらず、だ。……女であるにも関わらず女嫌いな奴は、大体似たような家庭環境の元で育ってる。こいつの母親は家庭において、著しく地位が低かった。夫から日常的にDVを受けてたり、そうでなくても精神的に軽んじられていた。そしてこいつは物心がついた頃からずっとその様子を眺め続けていた。いつしか、こいつは母親のようにはなりたくないと考えるようになった。弱い母親を反面教師にするようになったんだ」

 淡々と、だが淀みなく分析結果を述べる夜行の言葉を、いつの間にか高見は聞き入っていた。

「以上の理由から、こいつは自分の母親を嫌ってる。だが父親に関してはそうではなかった。傍から見ればこいつの父親は、自分の妻に手をあげるクソ野郎だ。だがこいつにとっては、この世に一人しかいない頼りになる肉親……そう簡単に嫌いにはなれないだろう。だから、なんとかして彼に好かれたいと考えてる筈だ。早い話がこいつはファザコンだ。少なくともその気がある」

 夜行は煙草の火をもみ消し、また別の煙草を吸いだした。

「しかし、最近になった大きな問題が起こった。父親が自分の目の前から消えたんだ。蒸発したか、死んだか、離婚したか、正確な事は分からんが、とにかくいなくなった。……親が離婚すると、子供は精神的に大きなダメージを受ける、一生引きずる程のな。そしてこいつは精神に変調をきたし、家庭には自分の居場所がないと考えるようになった。では学校にはこいつの居場所があっただろうか? 無いと考えるのが自然だろう。特に親しい友人もおらず、教師の事も信用してない。当然恋人もいないだろうな。部活にも入っていない可能性が極めて高い。非行に走る十代のガキは皆そうだ。家庭にも学校にも居場所がないと感じている。だから、他の場所に自分の居場所を求める。こいつの場合はこの一連のヒーローごっこに居場所を感じた。……まあ大体こんなところか。まだ聞きたいか?」

「……いや、もう十分だ」

「ふーん。つまりこの子って、どっかの誰かさんと同じような境遇で育ったって事か」

 スタンの軽口を無視して、夜行は結論を口にした。

「まとめると、こいつの外見は身長160センチ中ごろの、胸と尻がでかくて、ウエストも細いモデル体型。身長と体型から、年齢は高校生程……15歳から18歳と考えられる。そんな女性らしい見た目の反面、こいつの性格は男勝りで、勝気。だがその一方自分に自信が無く、そんな自分に苛立っている。付け加えるなら、こいつには多分兄貴がいる。その兄貴は黎明のグループで、少なくとも黎明の団員の居場所を知ってる程度には地位の高い人物だ。こいつは兄貴から情報を聞き出してるか、さもなくば兄貴が持ってる資料かなにかを盗み見て、襲撃を企ててるんだろう」

「……成程。興味深い考察だったよ。だが一つケチをつけていいかな?」

「なんだ?」

「今君が言ったのは全て推論だろう? 具体的な証拠は何一つない。全て君の妄想だ」

「まあそうだな。流石に俺自信も、今俺が言った話が全部当てはまってるとは考えてない。だがそれほど間違ってもいない筈だ。大体お前、俺の考察の他に手掛かりがあるのか?」

「……いや」

「なら俺の推理をあてにして捜索するしか他にしようがないだろうが。もし俺の考察した人物像に当てはまる人間がいなければ、徐々に捜索範囲を伸ばしておけばいい。違うか?」

「……いいや、君の言う通りだ。すまないが少し席を外させてもらうよ」

 高見はスマホを取り出し、おそらくは自分の部下であろう人間に電話をかけながら、店の奥に引っ込んでいった。

 それから一時間後、夜行が言った条件にピタリと合う少女が見つかった。

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