第5話 辰(たつ)辰の涙

鯉は流れを遡って天に登り、辰になる。辰は大きく力強く空駆けるというイメージがあるけれど、今の私は彼の家にある池の恋。日々慎ましく過ごしています。ときどき彼が池の傍を通るのを胸ときめかせながら待っています。でも彼は、池の中の魚が自分に恋してるなんて知りません。


このまま悲しく彼を待ち続けて一生を終わるのかしら。私は恋だからどうにもならないわ。でも、ある夏の日、大嵐が起きました。池の水はあふれ、暴風雨の嵐の中で竜巻が起きました。私は大きな竜巻に乗って天に登っていきました。


気がつくと赤い恋は辰になっていました。彼の気配を空から慕う日々。また彼のそばに行きたいわ。という強い思いで身を焦がす。私の強い思いはついに奇跡を起こしました。


ある静かな夜更け、そっと彼の部屋へ・・・

「こんばんは、お会いしたかったわ」


彼は、どこから声が聞こえるのかわからなくて、きょろきょろ周りを見回していました。でも、もともと辰は空想上の動物だから、人間の目には見えません。

「私はあなたのことがずっと前から大好きでした。だからこうして、お話ししにきたのよ。」

私にも彼の姿ははっきり見えない。気配と温かさを感じるだけです。でもそばにいるということだけで、お話しできるということだけで幸せです。


彼はとても優しかったわ。誰だかわからない私に、日々の出来事や悩みや、自分のこといろいろ話してくれた。私はそれを聞くのが何よりも幸せでした。私も空から見える地上の風景について、自分が天空に登って学んだことなどお話ししました。


そんな時間を、たまに過ごすことで月日が過ぎていきました。天の神様はそれをご覧になっていたみたい。年に数回だけ、私を人間の姿にして、彼のそばに行くことを許してくれました。


真夜中のほんの短い時間、気配を感じるだけでなく、彼の姿が見られます。そばで話しができることは幸せでした。でも、彼はどう思っていたのかわからないわ。不思議な出来事を楽しんでいたみたいだけど。


でも、幸せすぎると悲しくなるのね。人間と辰はけっして結ばれることはありません。どれほど好きでも、空想上の生き物は現実の世界に留まることはできません。なんで私は辰なのかしら。人間に生まれたかった。そう思っても願いは叶えられません。



だから、今夜を最後に、そっとお別れすることにしました。さよならは言いません。天から彼の幸せを祈ります。でも、彼は今とても幸せに充実した日々を過ごしているから、私の祈りはいらないわね。


彼の読む本の上に、一滴のしずくが落ちて紙面を濡らしました。



 



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