第6話 巳(み)からまる

今日はちょっと飲みすぎた。久しぶりにあった彼女と話が弾んだ。


彼女が何者なのか、どんな人生を送ってきたのか、実は何も知らない。彼女とのほんのひと時のやり取り以外何も知らないのだ。知らないけれど知っている。俺は彼女の魂の美しさを知っている。


彼女の目の中に青い炎が見える。美しい魂のゆらめきのようだ。筋の通った鼻、薄く引き締まった唇、柔らかく揺れる髪、たまにかき上げる仕草が俺は好きだ。首筋には生きてきた年輪が刻まれている。俺たちはもう若くはない。


柔らかい指の仕草が好きだ。グラスを持つ細い指先を俺の目は追っている。なんとなく自分の手の表情に似ている気もする。胸元に揺れるネックレスは俺からのプレゼント。会うときにはいつもつけてきてくれる、彼女の気遣いなのだろう。


彼女は白が好きだ。たいがい白い服を着ている。俺の色に染めてみたい。彼女はそれを望むだろうか。けして贅沢ではない。シンプルで清楚な雰囲気で佇む姿は、花に例えるとなんだろう。


少し高く、透き通るような声には、やさしさと温かさ、俺に対する愛がこもっていると感じるのは考えすぎかもしれない。でも彼女の声は、柔らかく俺を包む。


彼女を誰にも渡したくない。俺だけのものにしたい。俺だけが見て、触れられる部屋の中に閉じ込めておければいいのに。


俺のことをもっと知ってほしい。今まで誰も本気で知ろうとしてくれた人はいない。しかし、彼女は俺のことを理解しようとしてくれているように感じる。俺の話をうなづきながら真剣な表情で聞いている。俺の喜びも悲しみも、全てを理解してほしい。


しかし、俺はそんな彼女にふさわしい男だろうか。彼女は俺を幸せにしてくれるが、俺は彼女を幸せにすることができるだろうか。彼女にとって俺は何なんだろう。不安は悲しみに、悲しみは絶望に変わっていく。


彼女と会える貴重な時間はあっという間に過ぎていく。並んで歩く。俺は彼女にはけっして触れないと決めている。指先にさえ触れたことはない。


こうしてたまに会い、たまにやり取りする関係を続けて、いつの間にか5年経った。このままでいいとは思わない。しかしどうしたらいいのかもわからない。


暗い木の影に2匹の蛇が絡み合っている。一匹は白っぽい細い蛇。もう一匹は黒い。明らかに種類の違う蛇たちだ。それが、苦しそうに長い身体を絡み合わせ、見つめ合っている。


可愛そうだな、ほどいてやろうか・・・尻尾をさぐってさがし、ほどこうとしてみる。しかしとても強い力で絡み合っていて、とてもほどけそうにはない。お互いの力で相手を絞り、苦しげに悶えながらさらに相手を締め上げていく。


幸せだな。と俺は呻く。触れ合い、絡み合い、締め付け合う、お互いを独占する喜びを感じつつ、自分の身体は苦しみで歪んでいく。しかし、愛することにはそいういう残酷さがある。柔らかく相手を包みたいというのは精神的な愛の姿、相手を絞り上げたいという欲望は肉体的な愛の一面ではないだろうか。裏表があるんだと思うよ。


俺は、蛇たちを引き離すことをあきらめた。彼らは今、幸せなんだろうと思えたからだ。それで死んでも本望なのだろう。みちゆき、そんな言葉が浮かんできた。


見ているうちに、蛇たちは虚ろになっていき、やがて2匹は静かに目を閉じた。


 




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