失った記憶その二。
彼は住居を研究所、もとい馬小屋に移動し、歴史研究のまねごとをしだした。少ない蔵書を読み直し、書き写し、独自の解釈。低層の洞窟を荒らす冒険者業と並行して行う歴史研究ごっこは楽しいものだった。しかし、彼は飽き性である。その生活も五日程度で飽きが来た。三日と言う峠を越えたことだけは評価してあげてほしい。しかし、頑張って作った小屋を五日で手放すのも、手伝わせた友人たちにしのびない。「仲間ができたらもっと面白いよね!」という安直な考えにより、彼は研究員を募集し始めた。ちなみに研究所は創始者だからという理由で彼の名を冠している。名前の由来も安直である。
仲間は続々と集ま……ったわけでもないが、ちょびちょびとやってきて、研究所の活動はひっそりと静かに、それでもささやかな喜びを秘めて行われていった。
その共同生活の中で、当然と言うべきか、次第に彼の記憶能力の件については問題視されつつあった。特に研究熱心な後輩に関しては、「所長とあろうお人が!」と言ってその忘れっぽさを矯正しようと計画を立てた。機械工学、解剖学、人体学等に長けていたこの後輩は、その類まれなる技術によって矯正を試みていた。度重ねた研究によってやっとの思いで開発されたのは、頭に装着することで自動的に異常部位を探し出し、適切な治療を行うことのできる装置、名付けて「海馬正常化装置」。それほどの技術があるならナチュラルに直接手術でも行えばいいと思うのだが、野暮なことは言わないでおこう。
彼は特に乗り気でもなかったが、否定的でもなかった。期待はしていないが、それでこの厄介な性質が治れば儲けものだと思っている程度だった。呑気なものである。
その画期的でうさんくさ……少々確実性に欠けるように見える方法も、優秀な後輩の綿密なる計画と精緻な装置の構造により成功を勝ち取ったのである。
人の名前を覚えられるようになり、歴史人物のやったことを覚えられるようになり、今日やることも、昨日したやりとりも、覚えられるようになった。研究員たちにとっては感動ものであり、彼も、言葉に言い表せない妙な喜びを携えて毎日を送るようになった。
しかし、その記憶能力の蘇生は、徐々に彼を苦しめることとなる。
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