第13話 特別テスト『五異霧中』④
4月3日(水) 14時30分
カフェの前に佇む有名人に声をかける。
「桜橋さんだよな?俺は築山行幸だ」
「私は蓬莱若菜。メールの送り主だよ」
俺たち2人の挨拶を受けて桜橋は
「初めまして〜、私は桜橋姫乃さくらばしひめのだよ。よろしくね♪」
『桜橋姫乃さくらばしひめの』
Eクラス所属。
オレンジ色の髪で短めの髪をくくっている。
現役有名アイドル。
学園ランキング5位。
さすがはアイドルだ。
挨拶1つで心を持っていかれそうになる。
「立ち話もなんだしとりあえず中に入ろうか♪」
「そうさせてもらうか」
カフェに入った俺たちはテーブル席に座り注文を済ます。
俺はポケットに手を突っ込んだまま桜橋に尋ねる。
「早速本題に入るけどいいか?」
「その前に1つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「2人とも、スマホをテーブルの上に置いてくれるかな? もちろん私も置くからさ!」
そういって桜橋はテーブルにスマホを置く。
「わかった」
俺と蓬莱も桜橋の言うことに従う。
「ありがとう! それで話したいことって?」
「単刀直入に言う。今回のテストで協力関係を結んで欲しい」
「いいよ♪」
えっ……いいの?
そんな簡単に受けちゃって。
「桜橋さん、そんな簡単に受けちゃっていいの? 話を持ちかけた私たちが言うのも変な話だけれど」
「姫乃でいいよ! 実は他の人からも協力して欲しいとは言われてるんだけどね!」
桜橋はEクラスで1位だ。
協力関係を持ちたい人間は少なからずいるだろう。
「じゃあ、なんで俺たちと組んでくれるんだ?」
「理由は2つあるよ♪ 1つは君たちが2人組なところ! 他の人たちはあくまで個人的な協力関係の申し出だっからさ……今回のテストは人数が多いほうが有利になるし! もう1つは若菜ちゃんが可愛いからだよ♪」
「ふぇっ」
蓬莱から聞いたこと無い声が聞こえた。
「お世辞に決まってるだろ。本気で照れるなよ」
「……築山くんとの協力関係はここで解消しようかな」
失言だったようだ。
「可愛いのはホントだよ♪ でも理由としては女の子だからかな。男の人からのお誘いしか来なかったから」
アイドルということもありお近づきになりたい男子は多いだろうからな。
「協力してくれるというのなら助かる」
少し間が空いてから桜橋はこちらの目をじっとみつめる。
「それで2人は私に何をして欲しいのかな?」
俺は確信する。
桜橋はこの質問で俺たちの力量を試そうとしているのだと。
回答次第じゃ今後の協力は期待できないだろう。
俺は少し溜めてから答える。
「俺たちのHPを桜橋に渡す。その代わりにMPをくれるか?」
桜橋は少し考える素振りを見せる
「う〜ん、君たち色々考えて来てそうだね♪ 良かったらこれまでに話したこと、教えてくれないかな?」
そう言われ俺と蓬莱は今までの考察を話すことにする。
偽造システムがある限り互いに投票は難しいこと。
ヒントは被らないであろうこと。
互いにヒントを公開する意味がないこと。
他人のグループを当てるのはほぼ不可能だということ。
「だから俺たちは1人を持ち上げて100万MPを得ようと考えた。桜橋にはその役になって欲しい」
「なるほどね〜、じゃあ1つ質問するよ?どうして私がその役なの?」
もちろんそれには理由がある。
クラス首位だから、というだけではない理由が。
「俺や蓬莱にとって進級に必要なのはHPじゃなくてMP、それくらいは俺たちにも理解できている」
進級するには500万MPが必要なのだ。
それには追加で200万MPほど必要になる。
「だがクラスで首位の桜橋なら、比較的簡単に500万MPが手に入る。だから求めているのはMPではなく、2年時に役に立つであろうリーダー権だ。そのためにはHPが必要、だから桜橋に声をかけた」
リーダー権を得るには所持HPで上位4名に入る必要がある。
だからクラスで桜橋だけは、MPでなくHPを求めている。
これが桜橋に話を持ちかけた理由だ。
「そこまでわかってて声をかけたんだね!」
どうやらお気に召す回答だったようだ。
「君たちとは今後も協力してもいいかなって思ったよ♪」
「それはこちらとしてはありがたい」
「それで具体的にはどうするつもりなの? 私に投票するのはいいけど会ったばかりの人を信用できる?」
「それについては問題ない。1つ案がある」
「へ〜! 聞かせて欲しいな!」
「じゃあ俺の考えた作戦を発表する」
桜橋が俺に注目する。
「作戦は簡単だ。俺と蓬莱は桜橋に投票する。そして外す、それだけだ」
「確かに簡単だね〜」
この方法のいい所は相手のグループを詮索する必要がないところだ。
単にHPとMPの交換という作業を行うことになる。
「でもどうやって外すの? 適当に投票したら当たるかも知れないよ?」
蓬莱が尋ねてくる。
「自分のグループに投票したらいいだろう。禁止されているのは自分のチームメイトへの投票でグループではないはずだ」
俺と蓬莱と桜橋はそれぞれ違うチームだ。
ペナルティは受けない。
「あぁ、確かに」
「なるほどね〜! それで2人が求めるMPって言うのはどのくらいなの?」
「こっちが求める対価は2つ。1つは俺と蓬莱にそれぞれ1000MPずつの定期送金をする。これは失うHPへの補完だと考えてくれ」
俺と蓬莱は投票に失敗することで1000HPを失う。
その代わりのMPだ。
「わかったよ!もう1つは?」
「この試験を終えたときのボーナスポイントを俺と蓬莱に全額渡して欲しい」
「収支が1位じゃなかったら0MPだけどそれでもいいの?」
「そのときは20万MPずつ俺たちに渡して欲しい。期限は1学期中でどうだ?」
「20万MPか……絶妙なとこをついてくるね♪」
桜橋が得るであろうMPは15000×365日で547万と5000。
この内の47万5000は端数だから、失っても進級はできる。
よって2人合わせて40万MPまでなら支払えるという訳だ。
「わかったよ♪ 期限もMPもそれでOK!」
「今からでも問題ないか?」
「大丈夫だよ! 時間あるからさ♪」
俺たちは取引を行うことになった。
ここで1つ問題が生まれる。
「どっちが先にする?」
定期送金と投票。
2つを完全に同時に行うことはできないため、どちらかが後から行うことになる。
それは裏切られる可能性が生まれるということだ。
「私が先に定期送金の手続きをするよ!」
ありがたい申し出だ。
デメリットを分かっていない訳でもあるまい。
「でも、1つお願いがあるの♪」
「お願い?なんだ?」
「それは取引が終わった後に話すよ♪」
そういって、桜橋は俺と蓬莱への定期送金を設定する。
「これで設定完了! 次は2人の番だよ♪」
俺と蓬莱は彼女の目の前で投票を行う。
それぞれが自分の組へと投票し、桜橋に2000HPが渡ることになった。
「これで終わりだな。それでさっきの話だが、お願いっていうのは?」
桜橋はもったいぶる訳でもなく、端的に答える。
「君たちに投票してもいいかな?」
投票に成功した場合、指名された者は投票することができなくなる。
しかし投票に失敗した場合、指名した者に対しての投票は可能である。
つまり俺たちから桜橋へ投票が失敗した後、
桜橋から俺たちへの投票は可能なのだ。
「追加でMPをくれるというのなら構わないが、それは難しいと思うぞ」
「それについては考えがあるんだ!」
ここは大人しく桜橋の話を聞いておこう。
「私の考えっていうのは、500MPずつ追加で定期送金する代わりに、君たちのヒントを教えて欲しいんだ〜」
俺と蓬莱からのヒントに自分やチームメイトが書かれていれば、あとの2人は必然的にもう1つのチームに所属していることが判り追加で2人分の投票ができるということか。
「運が良ければ4人分のチームが判るというわけか」
「実はそれだけじゃないんだ! ちょうど今、自分に与えられたヒントを見たんだけど、ヒントに載ってるチームからその人のチームを割り出せちゃうみたいなんだよね」
現在の時刻は15時00分。
いつの間にかヒントが公開される時間になっていたようだ。
桜橋の言っていることが真実ならば、俺たちが嘘をついている可能性をなくし、ポイントを確実に稼ぐことが出来るという訳か。
「先に俺たちの投票を終わらせたのは俺たちの投票権をなくすためか?」
「投票権さえなくしちゃえば、ヒントを教えるデメリットは消えるでしょ? ヒントからチームまで割り出せるとは思わなかったけど」
俺たちが互いにヒントを教え合うことは、ヒントからチームを割り出せてしまうため、お互いのチームを暴露することになり出来ない。
だが俺と蓬莱の投票権をなくしてしまえば、ヒントを公開する際に生じる問題が解決する。
つまり桜橋は3チーム分のヒントを少額のMPで得ることができる。
最低でも俺と蓬莱を当てることができ、ヒント次第ではさらに当てることが出来る。
「わかった。だがそれなら500MPから1000MPの定期送金に増やしてほしい」
500MPでは教えるメリットが少ない。
「期待値的には悪くないんだけどね〜。じゃあ条件をもう1つ加えてもいいかな?」
「なんだ?」
「君たちのチームメイトを教えて欲しい。全員分教えてくれたら、さっきの500MPに追加で3000MPずつ定期送金するよ。初めの取引も合わせると全部で4500MPだね♪」
もしそうなれば俺と蓬莱は1500HPを失い8500HPになるが、MPは1日あたり13000MPを手にする。
メリットは十分だ。
「俺たちが嘘をついたらどうする?」
「そのときはさっきの取引で設定した定期送金を取り消してもらう。そのために君たちのスマホを預からせてもらうよ。どうかな?」
俺たちからしたら500HPを犠牲に、3500MPを得ることが出来る。
1年で考えれば100万MPを得ることができ、進級へと大きく近づくだろう。
桜橋からしたら俺たちのグループがどうであろうと16人全員のグループが判明する。
得られるHPは16人×500HP=8000HPだ。
俺と蓬莱の投票ミスも合わせれば、実に10000HPも手にすることになる。
俺たちに4500MPずつ払おうとお釣りが出る。
彼女はこのテストで10000HPを獲得し、おまけに追加で1000MPを得ることが出来る。
Win-Winというやつだ。
「その条件を飲むよ。蓬莱はどうだ?」
「私もそれで良いよ」
「決まりだね! じゃあ2人のチームについて教えてくれるかな?」
俺はグループ4だということとチームメイトの情報を売る。
「築山くんはグループ4だね。若菜ちゃんは?」
蓬莱も同様にグループ1ということ、そしてチームメイトの情報を開示する。
「若菜ちゃんはグループ1か! じゃあ早速だけど設定と投票しちゃうね」
16人分の投票だから時間もかかるだろう。
俺たちの送金への手続きは既に終わっているためのんびりと待つ。
「お待たせ! さすがに時間かかっちゃったよ♪」
これで俺と蓬莱は-1500HP。
桜橋は+10000HPとなったわけだ。
「桜橋、お互いに初対面なのに取引してくれてありがとう」
「いえいえこちらこそ! 次の特別テストでもよろしくね♪」
これで俺たちの属するEクラスは、これ以上の誰も投票をすることが出来なくなった。
最初の特別テストは俺と蓬莱と桜橋の3人の勝ちという結果に終わった。
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