第2話 入寮

3月29日(金) 10時00分




 東京ドーム20個分の広さを持つと言われる吹雪学園。


 全体は高い壁で覆われており、敷地内の写真は公開されていない。




「まさか家までタクシーが迎えにくるとは思わなかったな。これが日本の最高峰といわれる学園か」




 希望の日程を伝えると、無料のタクシーが手配されるとのこと。


 富裕層ではない俺からすればありがたい話だ。




 そのまま普段は使うことのないタクシーが物珍しく、未就学児のように堂々とはしゃいでいると、いつのまにか目的地に到着したようだ。


 俺の行動を訝しむ運転手にタクシーを降りるように言われ、そこから学園の入口までの短い距離を歩いていく。




 俺はその道中で少しの違和感を覚える。


 あの吹雪学園の新入生が登校する時期であるというのに、待ち受ける人が想像よりも少なかったのだ。


 言葉を付け加えるならば、見渡す限り人がほぼいなかった。




「そんなものか」




 毎年ニュースで大騒ぎするのだから大量に人が押し寄せているものだと思っていた。




 後に知った話だが、吹雪学園の周りはマスコミや野次馬が完全に禁止されているらしい。


 これは入学者に著名人が多いことが理由であり、プライバシー保護や誘拐などのトラブルを防止することが目的とのこと。




「インタビューでもされるのかと期待していたのにな」




 道なりに進んでいると校門の代わりだろうか、金属で作られた大きな門のようなものが見えてきた。


 門の横には電子機器のようなものがあり、よく見るとテンキーロックやカードキーを使うのであろう機械が付けられていた。


 数ある侵入者対策の一つだろう、他にも目視できるだけで監視カメラやレーザーセンサーらしきものがある。




「はじめまして。君は入学予定の子かな?」




 門の前に立っていたスーツ姿の女性が声を掛けてきた。




「はい!」




 俺は元気よく返事をする。


 女性の胸はかなり大きく、葵の2倍はあるだろう。




「これから中に入って寮まで案内するよ!と言いたいところなんだけど、一度この門をくぐったらしばらく出れなくなるのは知ってるよね?それでも大丈夫?」




「はい!」




 巨乳の前ではついつい声が大きくなってしまう。


 下手をすれば葵の3倍はあるかもしれない胸なのだから、大声になるのも仕方がないというものだ。




「いい返事だね!じゃあこっちに来てくれる?」




 女性は慣れた手つきで電子ロックを解錠し、金属製の門を開く。


 巨乳に吸い寄せられるように、俺は女性の後ろをついていく。




 門を通り抜け敷地内に入ると、そこは学園よりも街という言葉が似合う場所だった。


 見渡すと、学園にふさわしくない不自然なものが点々と見える。


 具体的にはスタバやマックだ。




 ここ一応教育機関だよな?


 キッザニアと間違えたかな。




 そんなことを考えていると小さい建物に案内され、その中の小部屋に通された。


 入場口のようなものだろうか。




 ますますキッザニアのようだな。




「今から持ち物検査をするね、不要な物とはここでお別れになります。ちゃんと君の家まで郵送するから安心してね」




 吹雪学園は全寮制の学園である。


 入寮の期間は3月23日から31日までの9日間であり、これは4月1日に行われる入学式に間に合わせるためだ。


 一度敷地に足を踏み入れてしまえば、自由に外を歩けるのは卒業したとき、あるいは退学となったときである。


 そのうえ学園にいる間は外部と連絡を取ることはできない。




「入学案内にも書いてあったと思うけど、持ち込めるのは衣類と小物くらい。スマホや財布はここで回収するからね」




 持ち込んだものによって進級を左右させないための措置である。


 あくまで能力が重視される学園ということだ。




 寮の部屋にはそれぞれ最新の家電や一人暮らしに必要な物資が揃っており、これらの他に必要だと思うものがあれば許可があれば持ち込み可能である。




 俺は目の前にいる女性に荷物を差し出す。




「これがスマホと財布です。鞄の中には衣服と本くらいです」




「確認するね。これが衣類でこれが……」




「本です」




「エ◯本だよね?」




「本です」




「本は本でも快◯天はダメよ。快◯天は」




「チッ」




「これは実家に郵送するね」




「それだけはご勘弁ください」




 実家の母親には知られたくない。




「……なら学園で処分するよ?」




「不本意ですが仕方がないですね」




 本の持ち込みに認可が降りなかったこと以外は問題なく荷物検査が行われた。




「これで荷物検査は終わり!じゃあ寮まで案内するよ」






 ---移動中--- 吹雪学園入口→寮






 新築と思ってしまうほどに真新しい寮に案内される。


 部屋に入ると外観だけでなく、内装も相応にキレイだと感じる。




「ここが3年間俺が住む部屋かぁ!」




 与えられた部屋は1DKで学生寮としては破格の大きさだ。


 前もって知らされていた通りに、部屋には家具や家電が揃えられており、初めての一人暮らしでも問題なく生活ができそうだった。




「1年で出払うと思うよ」




「縁起でもないこと言わないでくださいよ。僕のこと嫌いなんですか?」




「ここは1年生用の寮だから進級したら別の寮に移動するの。生徒数が減る関係で少し広い部屋に変わるんだよね」




「疑ってしまい申し訳ないです」




 疑惑の目を向けたことに謝る。




「とりあえずそこのソファに座ってくれるかな?」




 女性に言われた通り、部屋に備え付けられていたソファに座る。




「それじゃあこの学園について説明するよ」




 女性の説明によると、この学園は大きな街のようになっているらしい。


 大きく教育エリア・寄宿エリア・商業エリアの3つに分かれている。




 教育エリア


 一般的な学校と言われるものがここに当てはまる。


 校舎・グラウンド・体育館・プール・学生食堂などの施設が挙げられる。




 寄宿エリア


 各学年の寮とコンビニが1軒ある。


 また一部生徒のみが利用できる特別寮も存在する。




 商業エリア


 カラオケから映画館などの娯楽施設や、カフェなどの飲食店、コンビニや小売店などの街を形成する施設が揃っている。




 新入生は支払う手段を持っていないため、入学式まではコンビニや商業エリアを利用することはできない。




「なんというか……この学園ものすごくお金がかかってますね」




 全校生徒が200人にも満たない学園。


 その人数のためだけに、これだけの設備が整えられているのだ。




「そうだよね。でも、それを補う程の対価が得られるから運営が成り立っているんだよ!」




 この学園は税金により運営が行われており、他の財源として国を代表する企業や吹雪学園の卒業生たちからの寄付を得ている。


 その寄付額があまりにも膨大な金額であり、学園の運営費を上回っている。


 そのため実のところ税金は使われていない。




「ここまでの話で何か質問はあるかな?」




「1つ聞いてもいいですか?」




「何かな少年?」




「財布もスマホも当然持っていないのですが、入学式までの2日間食事はどうすればよいのでしょうか?」




「いい質問だね!入学式までの食料なら部屋に用意してあるし、それが嫌なら学生食堂を利用してくれたらいいよ!学食はしばらくタダで利用できるから安心してね!」




「学食はいずれ有料になるということですか?」




「んー……それについては入学式がある日に教室で詳しい説明をされるから、今はあんまり言えないんだけどね。簡単にいうと学園内には独自通貨があって、学食や商業エリアではそれで支払うことになるんだ。」




「なるほど。お答えいただきありがとうございます」




 吹雪学園は情報統制されており、学園内のルール等は非公開である。


 分かっている情報は全寮制であること、試験によって進級が左右することくらいである。


 一度入学した者や関係者に対しても箝口令かんこうれいが敷かれているため、入学者が事前にホームページに載っている以上のことを知る術は基本的にない。




 この学園で何が起こるのか、それは誰にも分からない。

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