カコの過去帳~暴虐女子高生と不愛想妖怪の喜劇的さまざま奮闘録~
F.ニコラス
第一章 雷鳴轟き地固まる
一話 はじめましての挨拶代わり
詳しく言うなれば、度重なる暴力沙汰、器物破損、無断遅刻無断欠席により、退学処分が検討され始めている女子高校生である。
更にこれら罪状の具体的な内容を見ると、校内外問わない他者との喧嘩、校内外問わない突発的な物品の破壊、入学してこの方一度も理由を述べたことの無い遅刻や欠席の数々、となる。
だが彼女の暴挙は、実のところ全てが彼女のせいなわけではない。
やむを得ない事情というやつがあるのだ。それは何か。
「妖怪」である。
荒井カコは妖怪が見える。
見える上に、よく絡まれる。
故に彼女は反撃をし、その流れ弾が周囲の物に当たる。
器物破損の発生だ。
また、故に彼女は登校の足を阻まれることがあるが、「見えない」人々に信じてもらえるはずがない。
無断遅刻無断欠席の発生だ。
荒井カコはその問題児っぷりから同級生からも敬遠されているが、反して「鎮静時」の彼女の雰囲気は淑やかな優等生そのものだ。
長い黒髪、緩やかに下がった目尻、ゆったりとした声色に丁寧な言葉遣い。
仮に問題行動が発生していなければ、彼女は良き友人と良き青春を送れていたかもしれない。
このように、荒井カコはある意味、妖怪のせいで退学寸前まで追い込まれていると言える。
彼女は被害者なのだ。
――と言いたいところだが、少し遡って見返してほしい。
複数ある問題行動のひとつ、「暴力沙汰」は「校内外問わない他者との喧嘩」だ。
これに妖怪は関係ない。
しかも何なら、これが3つの中で一番問題だ。
仮に器物破損と無断遅刻無断欠席が無くとも、常習的な暴力沙汰だけで十分退学は視野に入って来る。
付け加えると、先に「雰囲気が優等生」と書いたがあくまで雰囲気だけだ。
制服のスカートは校則で規定されている丈よりはるかに長く、髪で隠れた耳の片方を飾るイヤーカフは校則違反の物品にあたる。
不良が優等生の雰囲気を纏っている、というのが表現としては妥当なところだ。
つまるところ、荒井カコが退学処分の危機に瀕したり周囲から浮いたりしているのは、やはり自業自得である。
そして荒井カコとは、すなわちそういう感じの人間なのである。
***
12月某日、日曜日。
荒井カコは自宅の屋外にある倉庫の前にやって来ていた。
右手には人ひとり入りそうな大きさのビニール袋、左手には薄汚れた布切れ。
それらを地面の上に置き、彼女は長い黒髪をバレッタで留めた。
「カコちゃん」
と、背後から声が飛んで来る。
発したのは、彼女の叔母だった。
叔母はにこやかな笑みをカコに向ける。
カコもまた、振り返りざまに彼女へ微笑んで見せた。
一拍置いて、また叔母が口を開く。
「じゃあ、よろしくね。重いものとか危なそうなものがあったら呼んでちょうだい」
「はい」
頷き、カコは倉庫の扉を開けた。
四角い空間に所狭しと詰め込まれた物品たちが、彼女の前に現れる。
そう。
今日は12月某日――年末のとある日。
カコは義両親である叔父と叔母に頼まれて、大掃除の一環として物置の掃除をするところなのである。
普段は黒いセーラー服を着て学校に通ったり通わなかったりする彼女も、今は汚れても構わないジャージ姿。
髪をバレッタで留めるのはいつも通りだが、しっかり掃除をするスタイルになっている。
知らぬ間に足元に集まって来ていた毛玉のような妖怪を適当に足で払い除けつつ、カコは倉庫の中身をじっくり見回した。
半ば潰れたアルミ製の箱、無理に立てかけられた古い熊手、乾いた泥が付着したままの甕、虫食いが目立つ木彫りの置き物、等々。
まさしく雑多である。
家屋のもう三桁に及ぶ築年数に伴って、倉庫の中もかなりの年代物となっているようだ。
叔父と伯母からは、「たぶんゴミ」と「たぶん要るもの」に分けて、後者は軽く土などを払っておいてくれと言われている。
カコが倉庫から取り出し大まかに分別したそれらを、彼らが改めて必要か不必要か判断するという寸法だ。
そういうわけで、カコはとりあえず手前の物から順に外に出して確認していくことにした。
ひとつめ、ブリキのバケツ。底に穴が空いている。たぶんゴミ。ビニール袋に入れる。
ふたつめ、陶器の壺。汚いが大した破損は無し。たぶん要るもの。脇に置く。
みっつめ、竹箒。抜け毛という次元を超えている。たぶんゴミ。ビニール袋に入れる。
よっつめ、アルミの箱。中身は空っぽ。たぶんゴミ。ビニール袋に入れる。
……そんな調子でせっせと分別を進めて行き、一時間もしないうちに倉庫にある物は残り一つだけとなった。
カコは最後の一つ、伏せられた竹籠を取り出す。
まだ使えそうなことから脇に置き、空になったであろう倉庫の中に視線を戻した。
するとそこ――竹籠が置かれていた所に、平たい木箱が鎮座しているのが目に入る。
はて籠を取った時には何も無かったように見えたが、と怪訝に思いつつも彼女は箱を手に持つ。
黒っぽい材木でできたそれは見た目のわりに重さがあり、中に何か入っているようだった。
これまでと同じように、カコは躊躇いなく蓋を開ける。
収められていたのは縦長の古びた帳面だった。
箱の方はいったん脇に挟んでおき、帳面を手に取ってじっくり見る。
作りはしっかりしているが、年月の侵食は受けているようであちこちに綻びが見られた。
何も書かれていない木製の表紙を一瞥し、カコはぱらぱらとページをめくる。
帳面はいわゆる折本形式のもので、中にはつらつらと墨で文字が書かれていた。
「六、日……釋、梅文、清道、信士……弘安二年七月……」
どうやら帳面の正体は過去帳らしかった。
となると表紙に何も無かったのが疑問に思われるところだ。
が、カコはそれよりも、法名や没年などに続いて書かれた文字列に目を奪われた。
「……大百足?」
大百足、と言えば読んで字のごとく大きな百足の妖怪である。
藤原の武将が弓で討ち取ったとの伝説で有名な、あの。
なぜそんな妖怪の名前が過去帳に載っているのかと、カコは首を傾げた。
「海坊主……鵺……大百足……海坊主……ゐくち……」
試しに他のページも見てみると、どの故人の記録の傍にも漏れなく妖怪の名前があった。
何ともおかしなことである。
更に奇妙なのは、故人は当然1人1回ずつしか書かれていない一方で、妖怪の名は重複して登場していることだった。
カコは庭の植え込みの方に視線を向ける。
何かしらの妖怪が一瞬見えたが、カコに認識されたと気付くとすぐに引っ込んで姿を隠した。
妖怪、と一口に言っても様々だ。
こんなふうに人から隠れたがる者もいれば、先ほどの毛玉のようにじゃれつきに来る者もいる。
いたずらを仕掛けようとする者や、攻撃して来る者、人間の命を奪わんとする者もいることを、カコは身をもって知っていた。
「……なるほど」
カコは過去帳を閉じる。
つまるところ、ここに書かれた故人と妖怪の関係は。
「貴様、帳面を閉じるでない」
不意にどこからか、何者かの声がした。
男性とも女性ともつかない、しかし品のある声。
「開けよ」
もう一度、同じ声が聞こえ、カコは手の中の過去帳に目を落とす。
信じ難いことに、発生源はまさにここらしかった。
燃やそう。
ライターかマッチを取って来るべく駆け出そうとするカコだったが、ふと手の力が緩んだ隙に、過去帳はひとりでにその表紙を開けた。
かと思えば開いたページ――最初の白紙の部分である――が発光し始める。
カコはあまりの眩さに目を細め、瞼の隙間から眼前の様子を窺った。
光はどんどん膨張し、やがて球を成して過去帳から乖離する。
そして地面に着地するや否や、今度は縦長に膨張し、あれよあれよという間に人型に近付いて行く。
輪郭がはっきりして来たところで光はパチンと弾けるように消え、代わりにそこには1人の人間が立っていた。
いや、人間と表現するのは不適当だ。
彼もしくは彼女は男物の和装に身を包んだ細身の美人といったところだったが、特筆すべきは髪である。
腰くらいまで伸ばされ、先の方にウェーブのかかった髪。
その色は何色とも形容し難く煌めいており、強いて言うならば螺鈿のような不思議な見た目だった。
どう考えても、自然の摂理に反した色、あるいは柄だ。
そもそも過去帳から出て来たのだから、普通の人間ではないことは確実だろう。
「案ずるな。私は敵ではない」
暫定・彼はゆっくりとカコに歩み寄って来る。
敵ではないと主張しつつも彼の表情は硬く、好意は少しも感じられない。
「さて小娘よ、名を聞かせてもらおうか」
カコと半歩分の間を空け、彼は立ち止まった。
身の丈180センチメートルはあるだろうか、背の高い彼はカコを見下ろす形だ。
着物には不自然なほど汚れや皺が無い。
視線はどこまでも冷たく乾燥している。風が吹いているのに髪が少しもなびかない。
金色の瞳が早く答えろと暗に急かしている。
彼は高圧的な姿勢を隠そうともせず、目の前の少女と対峙していた。
荒井カコは少し考える。
それから、彼の脛を思い切り蹴った。
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